サイレンチウムコリス
リニア新幹線の工事が始まり国鉄内が活気を持ち始めてきたとき、その計画を阻むような事態が起こった。
「建設許可が下りないだって?」
「はい、沿線のサイレンチウムコリスがリニアの建設許可を出さないと言ってきました」
サイレンチウムコリスは大アルプス山脈の麓にある自治体でアルカディア~チェニスを結ぶ大幹線が通っている。
今回のリニア新幹線も一部区間を通ることになっている。
「理由は?」
「自然環境への影響が大きい、技術的に可能かどうか不安とのことです」
「ついでの話だろう。リニア停車駅ができない事が不満なのだろう」
鉄道は建設された時代の技術水準に応じて建設される。
テルの父親である昭弥は可能な限り直線に線路を建設したが、どうしても勾配やトンネル建設を考えると最短コースを取ることが出来ず、細かいところでクネクネと曲がってしまう。
しかし技術革新により今回、リニアはほぼ最短距離を通ることになっている。
「停車駅ぐらい作ってやれよ」
「山のど真ん中だよ」
だが最短距離を走ると、サイレンチウムコリスの端、それも辺境と言って良いほどの最果ての地を通ることになる。
「そんな場所に停車駅を作っても、あまつさえ連絡用の標準軌路線を作っても直接帝都に出た方が早い」
山岳観光に使えるかもしれないが、利用者が異常なくらい少ない駅ができあがってしまう。
「時速五〇〇キロ以上で走れるのだから一寸迂回くらいしてあげれば良いだろう」
「時間短縮と建設費を考えるとそんな事出来ない」
迂回と言えば簡単だが、当然キロ数が伸びると所要時間がかかる。
後々の接続などを考えると一分でも短い方が経営上有利だ。
また一キロ当たりの建設費用が二〇〇億リラもするリニア新幹線だ。建設費用はならべく抑えたいので総延長が伸びる迂回などは避けたい。
結局、最短距離を進めていくのが一番良いのだ。
「それを分かっていて首長はごねているんだよ」
直線だと許可が下りない、迂回すると費用が掛かる。
迂回費用より少ない額で解決するプランを出してから許可を下ろそう、という魂胆だ。
「あくどいな」
「まあ、そうなっても仕方ないけどね」
「どういうことだ」
「アルカディア~チェニス連絡線が通っているんだが、優等列車の殆どが停車しないんだよ。でもって二十四時間態勢で動かしているから昼夜を問わず交通量が激しく騒音が酷い。通過するだけで我々は耐えているんだ、と文句が昔から来ていたんだよ。停車しない車両に通過税をかけると脅してきたこともあった」
「確かにムカつくだろうな」
騒音だけまき散らして停車せずに走り去っていく鉄道を見たら腹も立つというものだ。
「父さんもそこは分かっていて、色々配慮していたよ。新型の車両を導入したり、新しい街を作ったり。ただ、ヨブ・ロビンやRRになったときそんな配慮、コストだと断言して切り捨てたんだよね」
旅客のフリークエント輸送に、地元に車両基地および製造工場建設、観光地整備とそこへの接続路線の開設。国鉄の不利益にならない範囲で出来る限りの事を行った。
しかし昭弥がのいた後、掌を返したようにそれらの事業は廃止あるいは縮小。
他にも合理化としてサイレンチウム内の路線の廃止、ダイヤ削減を敢行した。
結果、国鉄及びRRにへの心証が悪化。
サイレンチウムコリスは国鉄の大動脈が通っている自治体なのに対国鉄強硬派になってしまった。
「リニア新幹線の安全性に疑問があり、問題だと」
「安全性は証明しているよ」
「しかし、連絡トンネルでの事故が起こっており、同様の事故が起こらないか心配だと」
「そりゃ心配だろうなあ」
新幹線開通して初めての大事故のため大々的に報道された。
帝国の象徴にもなった新幹線の起こした事故のため衝撃も大きい。
「テルが気にする必要も無いだろう」
深刻に悩むテルにオスカーが声を掛ける。
テルが就任して間もなく起きた事故で防ぐ手立ては無かったと言って良い。
「責任者は僕だからね。たとえ前任者の過失でも対応しなければならない」
「やり過ぎだって」
士官学校の頃から変わらない。
帝国に任命された士官だからといって、帝国を背負っているような考え方だった。
普通の士官だったら、気追い込みすぎと言えるが、皇子としては得がたい素質だ。
本人が幸せかどうかは別だが。
「だが、台車の構造が根本から違うんだけどな」
新幹線は車体中央に取り付けと回転させるための軸があり、台車に接続されている。
そのため台車に異変があるとすぐに変形してしまう。
あの事故では構造体に亀裂が入ってそのまま変形し、車軸がおかしな方向へ曲がり脱線してしまった。
一方リニア新幹線は、車体に直接台車を取り付けるため車体も構造体となっているので掛かる力が少なく亀裂が入りにくい。万が一入ったとしても、車体全体で台車を受け止めかつ、支えるため、変形する恐れは少ない
「安全性に問題は無いと言って欲しいんだが」
「不安に思っている人が多いですよ」
「そうなんだよね」
新幹線とリニア新幹線は違う、と言っても同じ新幹線だろうと言ってくる人がいる。
明らかに知識不足なのだが、自分が正しいと信じているので間違いを認めようとしない。
「丁寧に説明するしかないね。それと反対派の皆様に新幹線と、リニアの実験線にご招待して試乗して貰おう」
「反対派を乗せるのか?」
「ああ、百聞は一見にしかず。百回説明するより、実際に一回乗るだけで安全快適と理解してくれる」
そうして反対派が賛成に回ってくれれば万々歳だ。
「担当部署に、実行するように伝えてくれ。実験線の担当者にも車両を融通して貰えるよう一筆書く」
「そこまでしないといけないか」
「鉄道は沿線の理解があってこそ運転できる。線路妨害とかされたら困る」
処罰する法律はあるが、不満が高まったら法律なんぞ視界に入らない。
妨害されてダイヤが大きく乱れ、困難な回復運転を行うのは苦労するし意外と損害が大きい。
これを防ぐには沿線の理解を得た方が手っ取り早い。
「少しでもサイレンチウムコリスとの関係を改善しよう」




