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王国総力戦指導会議

 王城の一角に複数の人間が集まっていた。

 集まったのは、女王であり反乱に加わった宰相、外務大臣の代わりとしてユリア。軍務大臣であり、大本営幕僚総監として女王を補佐するハレック大将。経済界の巨人にして王立銀行総裁兼財務大臣のシャイロック。前線指揮官として王国軍を率いるラザフォード伯爵。そして鉄道大臣兼内務大臣兼王立鉄道会社社長の昭弥だ。

 また臨時の官房長官としてエリザベスがいた。

 軍の参謀として親衛隊長のマイヤーもいた。女王愛が激しい彼女だが軍人としても優秀でありそれは誰もが認めている。それが無ければエリザベスは簡単にクビにするのだが、今は猫の手も欲しいので彼女を除外する訳にはいかない。

 本来なら、兼任せず一つの大臣に一人を充てるのだが、貴族の多くが反乱に参加しているため後任を見つけることが出来ず、いたとしても能力が低いと見なされたため、兼任が多かった。

 今日彼らが集まったのは、王国総力戦指導会議、どのように戦争を進めるかについての会議だった。

 昭弥の発案で始まり、開催が決定した。


「では会議を開催します」


 自ら議長となったユリアの開会宣言によって始まった。


「一つお聞きしたいが、どうしてこのような会議を開いたのですか?」


 前線から戻ってきたばかりのラザフォード伯爵が尋ねた。

 マナッサスから北方への移動途中王都に立ち寄ったときに連れてこられたため、主旨を理解していなかった。


「簡単に言えば王国の力をどのように戦争に分配するかです」


 発案者の昭弥が答えた。


「一つの戦場に集めるのだろう。力を全て結集しなければ負ける」


 戦力の分散投入は各個撃破の標的になる。


「その通りです」


 昭弥はラザフォード伯爵の意見を肯定した。そのことは昭弥も分かっている。


「ですが、手足全てを相手に向けて繰り出してどうやって立つのですか。戦場に立つ人間に誰が銃を送り、食料を送るのですか。それを考えませんと戦争を遂行できません」


「なるほど、そういうことなら会議は必要だ」


 ラザフォード伯爵は前のめりになって会議に加わった。


「で、前線への兵力はどれくらいになりそうなのだ」


「現状では一〇〇万の大軍も鉄道の沿線にいれば物資だけは十分に送ることが出来ます」


 新型機関車を投入したため一〇〇〇ドリウ(千トン)の牽引能力のある列車を走らせる事が出来る。地盤も固いため、列車の重量に耐えることが出来る。

 兵士一人当たり必要な物資の量を五リブラ(五キロ)として一日の必要量は五〇〇〇トン。余裕をとったり予備や備蓄用を考えても一万トン。一日に十本も走らせれば事足りる。


「兵の輸送も一日当たり、本線のみなら八万人を送ることが出来ます」


「そんなにか!」


 ラザフォードは驚いた。


「それだけあれば勝てる。何処にでも兵を送れるのだから。しかし、どうやって送るんだね」


「列車を一箇所に集めておいて線路が空いたらすかさず、一本入れます。それを繰り返すだけですよ」


 浜の赤い電車がやっているいわゆる「逝っとけダイヤ」だ。いけるところまで行っとけ、逝っとけというのだが、種別や行き先がカオスになりやすいのが特徴で慣れていないと混乱する。兎に角、輸送力確保、お客様を運べれば良いという考え方なので、目的地に行きたい乗客からは絶対支持、めまぐるしく変わる行き先に嫌気の差した乗客からは死んでも乗らん、と両極端な評価が下る所以だ。

 今回は、特定の操車場まで送れば良いので簡単なので、そんな苦情は来ないだろう。

 だが、合間を縫って一般の列車を走らせているのだが、お客様方にご迷惑をかけることになっている。


「ただ、これは鉄道沿線の話です。問題なのはその先です」


「と言うと」


「今の数字は本線のみで支線は少ない本数しか使えません。そのため輸送力は落ちます。なにより問題なのは列車が線路の上しか行けないことです。線路から離れた戦場に物資を輸送する能力が小さければ、軍を養うことが出来ません」


「馬車で輸送は……だめか意味が無い」


 これまでは国内は軍需倉庫で腹を満たし、外国では現地調達と小さな馬車による補給が行われていた。

 だが、馬車は馬が飼い葉を大量に食べるため、その飼い葉を量に用意する必要があり、輸送にかかる日数が増えれば増えるほど輸送できる物資は少なくなる。

 これまで大規模な軍が編成できなかったのも、この補給能力の限界があるからだ。


「鉄道の末端から運ぶことは出来ます。また、会社が保有している馬車を大量に輸送する手立てもあります。問題なのはそれらに関わる人間です」


「というと」


「御者もそうですが、積み荷を馬車に乗せ替える作業員が膨大になります。下手をすれば総兵力の三分の一をそれらの業務に割り当てる必要が出てきます」


「まあ妥当だろうね」


 一般的に総兵力の三分の一が補給などの後方関係と言われている。現代ではより少なくなっている事が多い。


「あと、王都まで空の馬車を持ってきて貰えれば、人海戦術で馬車に詰め込んで戦場に送り返すことが出来ます。輸送量は減りますが、手間が省けてその分、戦場に出せる兵力が多くなります。勿論、戦場の後方で積み替えもしますが」


「それは素晴らしいね」


 兵力は多いに越したことはないが、直接戦闘に関わることの無い兵力は必要性は分かっていても、出来るだけ減らしたいとラザフォードは思っていた。

 多く抱えているとそれだけ食料が増えるし、動きにくくなるからだ。


「それだけの食料が来てくれると嬉しいよ。調理されていれば言うこと無いが」


「ああ、それも上手く行くと思いますよ。通販会社が売っているオーブンを馬車に載せて各部隊に送り込むんです。部隊で直接調理します。また、操車場にオーブンを複数載せた給食列車を送り込んで、周辺の部隊に配食することも考えています」


「何だって!」


 これにはラザフォードは驚いた。

 これまで軍隊は駐屯地はともかく、移動中、野営中はめいめいが、調理を行って食事を作っていた。それが部隊から送られてきて作られるというのは作業量が減り、戦闘力が増す。


「至れり尽くせりだね。是非お願いしたい」


「戦場に立つ事が出来ませんから」


「それ以上に問題なのは戦費です」


 発言したのはシャイロックだ。


「現在の戦費だけで金貨五〇万枚に及びます」


「? 少ないでは無いか」


 これまでの戦争では金貨一〇〇万枚以上を消費したことがある。それに比べれば少ない。


「いいえ、これは一日当たりの支出です」


「一日だと!」


「はい」


 シャイロックは落ち着いて話した。


「何しろ一〇〇万以上の軍勢を集め武装させ、訓練させますから。戦闘が無くても食事を与える必要があります。戦闘が起きれば弾薬を消費しますからそれ以上に消費します。なお兵力の増大に伴い、更に増えてゆくことをお忘れ無く。最高で一日当たり一〇〇万枚になっても不思議ではありません」


「……どれくらい戦えますか?」


「特に影響のない内というのであれば一月。回復可能な範囲であれば三ヶ月ほど。それ以上は経済に多大な影響を与えます。最悪、王国の破産も覚悟して下さい」


「三ヶ月か……」


 素人が話していたのであれば誇大妄想のように聞こえるが、王国経済を知り尽くしたシャイロックが言うのであれば間違いないだろう。


「分かりました。三ヶ月以内に終わらせられるよう指揮しましょう」


「練度に支障の無い範囲で訓練を簡素化し、効率を良くしましょう」


 ラザフォードとハレックが答えた。


「それと問題は戦費調達です。どこから持ってくるか」


「王立銀行にある金貨では?」


 ハレックが尋ねた。


「あれは兌換用です。それに手を付けたら、定額通貨の信用が下がって取り付け騒ぎになり戦争どころではありません」


「戦争国債しか無いでしょう」


 昭弥が話した。


「買い手がいるかね」


「王国の商家に強制的に買わせるようにしましょう。それと収入が一定上の人間にも」


「正直に申告する人間がいるかね」


「少なくとも正確に分かる相手がいます」


「そんな都合の良い相手が……いるか」


「ええ、銀行利用者です」


 銀行に口座を作って給料の振り込みを行っていた。こうすることで事務手続きと、貨幣を用意する手間を省いている。逆に言えば銀行の入金記録を調べれば収入が分かる。


「皆怒らないか?」


「一定額以上を戦時国債で支払うようにするんです。こうすれば回る貨幣の量も抑えることが出来ます」


 通貨の量が多くなりすぎると相対的に物価が上がるインフレになり貧困層が困窮する。

戦争の時は大量の物資が必要でその買い付けに大金が支払われ、その大金が回るのでインフレになりやすい。また、製品や武器を作る職人にも割増が払われたり、兵士にも手当が支払われるなどしてより増える。

 昭弥は、生活に必要な部分、基本給を除いて、増額された大部分を国債で支払い、通貨の量を制限しようとしたのだ。

 第二次大戦の日本も同じ事を行い戦時中の物価上昇を二倍から三倍に抑えている。配給で物資が少ないと言うことはあっても物価は内地に限り安定していた。

 戦後は、戦時国債で支払われていた分が換金されるなどして通貨が回ったため、凄まじいインフレになったが。


「後々大変だね」


「今インフレ、物価高になるよりマシでしょう」


「それもそうだ。早速、手配しよう」


 シャイロックは請け負った。


「しかし、戦場で戦っているだけではないようですね」


「ええ、戦争は戦場だけで無く様々な場所で戦いが行われています」


 ラザフォードが答えた。


「皆に兵士達に苦労をかけて申し訳ない」


 ユリアは悔しそうに呟いた。

 今度の戦争ではユリアは前線に出ない。

 勇者の力を使って滅ぼしても良いのだが、限界がある。

 相手は最大で三〇万の軍勢。ユリアは精々千人を瞬時に屠ることを百回ほど出来るだけだ。それだけで十分脅威だが、そこで力尽き、残った敵兵がR18なことするだろう。

 そのために支援の兵力がいるが、彼らも十分ではないし多方向から向かってくる。

 それに敵はユリアの事をよく分かっており、攻撃を受ければ直ぐに分散するだろう。

 千人を屠ると言っても、敵が密集していればの話で、散らばる敵を倒すのは時間がかかる。

 分散したら味方兵士達を使って各個撃破すれば良いのだが、広範囲に散らばるために時間がかかる。長期戦となると国が疲弊するから、この案を採用することは出来ない。

 敵の司令官を倒すなり降伏させれば良いかというとそうでも無い。大将を失った軍は簡単に瓦解して一部は野盗と化すだろう。

 ユリアが即位したときの内乱でも多数の敵兵が野盗となり、村々を襲った。

 先の無い人生、ただ殺されるくらいなら、最後に楽しく生きよう。村を襲って奪った食料を腹一杯食べ、酒を飲んで酔い、女性と寝てから死のう。

 捕まれば死が確実な敗残兵がそのような思考に陥っても仕方が無い。

 そのような事態を避けるため、ユリアが出撃することが出来ない。

 王都を守る最終決戦兵器という事もあるが、国内を不安定にする事は出来ない。

 鉄道を使った大量動員による包囲殲滅作戦。

 それが王国が取る手段だった。


「私が戦えれば」


「これが最善の手段です。どうかご理解を」


 ラザフォードが子供を諭すようにユリアを慰めた。


「大丈夫ですよ。これだけ多くの人がこの国を支えようとしているんだ。必ず勝てるよ」


 昭弥もユリアに声を掛けた。


「僕も頑張って支えるから」


「……ありがとう」


 最後にユリアは柔らかい笑顔で感謝の言葉を伝えた。


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