レイの限界
「なあ、レイ」
「何でしょうか?」
「話を聞いていて思ったんだけど、お前、鉄道学園に入っていないの?」
「……何故それを」
レイは珍しく目を見開き、驚きの表情を見せた。
「いや、お前昔からテルの執事をやっていたんだよな。なのに、お前が手伝ったとか、その場にいたとか、そもそもレイの鉄道学園の話を聞いたことが全くない。常にテルの近くにいるのに」
「常に、というわけではありません。今もそれぞれ別の仕事をしています」
「いや、そういう意味じゃなくて、少なくとも所属は同じか、近い場所だろ。士官学校の時も学年は勿論、クラスも寮の部屋も下宿も同じだったし、原隊も同じ、その後の所属も同じだった」
軍の人事の基本としてできる限り同僚や上官の意見が通りやすくしている。
しかし、あまりにも長い期間同じペアが続くと腐敗の温床になるため、数年のサイクルで他の部署へ配置転換される事が多い。
テルとレイ、そしてオスカーは様々な事情により例外的に同じ部隊に所属している事が多かった。
そして薄らとだが、レイが人事に介入して操作している気配があった。
テルと同じ部隊に居るために。
「どうして学園に入っていないのかなと思って」
なのに学園へ一緒に入学していないのが不思議で仕方なかった。
「……ふっ」
珍しくレイは自嘲気味に話し始めた。
「……まあ、学科試験とか履歴の改竄くらいは簡単にやって入ることは出来ますよ。ですが、学園生活は無理です」
「何でだ?」
「あんな鉄オタを煮詰めたような、ガチな連中、いや鉄道という神の狂信者みたいな連中の中に入ったら私は確実に浮きます。それも悪目立ちの方にです」
レイは更に珍しく体を大きく揺さぶって口を大きく開いて叫ぶように言った。
「テルの近くでお世話するために、生徒として入ったとしても確実に浮きます。話を合わせることは出来ますけど、数時間、いや数分も話せば確実にぼろが、鉄オタじゃないと分かってしまうレベルです。周りの鉄オタ度が異常すぎて確実に私は浮きます。テルの影として行動しないといけないのに、そんな目立つことは出来ません。そんなところに一緒に入る事なんて不可能です」
「お前にもできない事があったんだな」
士官学校や軍隊生活ではてるの近くに居ても軍人としての能力にいささかの疑問をオスカーは抱かなかったし、実戦でも不安に思った事はなかった。
「結構、上手く軍隊時代を過ごしていたと思うんだけど」
「一応私は領主の子供であり、領地は独自の軍隊も持っていますから軍隊の事は一通り分かります。しかし、鉄道は無理です」
レイは断言した。
「巨大な鉄の塊が動くのは分かりますし、仕組みも分かります。運転も出来ます。ですがテルをはじめとする連中が操るレベルが異常です。運転席に居ながらレールの状態や動輪のピンの位置が分かるとか、火室に石炭が落ちる音で石炭が積まれている状態を理解するとか、スピード計を見ずに速度を当てるとか超人ですか」
テルの運転を近くで見ていたレイは言う。
「運転だけでなく、検修も異常です。ネジの頭を叩いて緩んでいるかどうか分かるし、動きを滑らかにするため動輪のピンに六〇分の一の勾配を作ろうとして本当に達成する技量を持った奴、車内を三分以内に全て掃除し終える奴、とか異常すぎます。他にもモーターの音で電車の形式を当てるとか、何の表も見ずに切符の運賃が適正か判断する駅員とか異常です」
レイの言葉は徐々に熱を帯びていく。
「そんな濃い場所にいたら私はおかしくなってしまいます」
「さすがのお前も鉄オタと長時間一緒に居ることは無理か」
どんな場所であってもすぐに溶け込み、相手の懐に入って懐柔し操る術に長けているレイ。
その技のお陰で何度もテルは勿論オスカーも助かっていたが、その十倍はひどい目に合わされている。
命を助けて貰ったこともあるため、大っぴらに非難は出来ないが、腹に据えかねる出来事であるのは間違いなかった。
そのレイが一見しただけで決して入れないと悟る場所、シッポを巻いて逃げる場所が鉄道学園だったという事にオスカーは自然な驚きと、苦手な奴の弱点を見つけた優越感を味わった。
「しかし、鉄道大臣の側に行くとはな」
「私も成長しましたから、ある程度耐性は付きました。それに鉄道省は官庁の一つなのでお役所の論理が働きます。その論理は分かりやすいので居心地が良いのです」
「さすがラザフォード」
王国時代から皇帝であるユリアを支えてきただけの事はあった。
その後継者であるレイには鉄道よりこうしたお役所の方が合っているようだ。
狡猾な高級官僚が魑魅魍魎の如くが跋扈する伏魔殿あるいは万魔殿と呼ばれるような場所で、その一端を見ていたオスカーだが、レイには意外と水が合うようだ。
「いっそ鉄道学園に教官として赴きますか」
「何でだよ!」
「軍事輸送のための知識を与えるために軍事学があります。それに一部の辺境ではいまだに列車襲撃がありますから、車両および乗客防護のための戦闘術を教える教官が軍より学園に派遣されています。その教官として赴きませんか?」
「絶対嫌だよ。そんなテル以上の化け物じみた技量を持つ連中がわんさかいる場所なんてごめんだ。モンスターハウスでモンスターを撃破しまくった方がまだマシだ」
心の底からオスカーは叫んだ。
「それにもうすぐ、新しい事業も始まるのだからな。忙しくなるだろう」
テルの机の上にある書類を見てオスカーは呟いた。
テルからの話は未だにないが、いずれ実行されるであろう計画、リニア新幹線計画と書かれた表題を見て予想いや確信していた。




