表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
674/763

試験と現実のズレ

「一寸待て」


 レイの言葉にオスカーは突っ込んだ。


「テルが運転で落ちたのか? あのテルが」


 正規の資格が無いのは知っているが、幼い頃から家で鉄道に触れていたので運転はお手の物だ。

 それも庭園鉄道のような五〇〇ミリではなく、フルスケールの標準軌である一四三五ミリ。

 さすがに三メートルゲージはあまりないと言っていたが、運転は上手い。

 蒸気機関車の扱いは特に優秀で他と隔絶している。

 運転席から釜に落ちる石炭の音で釜の石炭の分布が判る程だ。

 学園に通っていたときは住んでいた離宮から自家用機関車で通学していた。

 離宮に運び込む食料品や建築資材――勇者の力を暴走させやすい兄弟姉妹が週一で建物を壊すため、常に建築している状態だった。

 毎日資材を運び込む必要があり、その列車をテルが離宮専用の引き込み線で朝通学する時駅に向かい、帰りに資材を満載した列車を繋いで走らせていた。

 そのため毎日運転技術が磨かれ下手な運転士よりよほど上手い。


「直前に悪天候の中、フル編成の新幹線を停止線三センチ以内に止める腕を見せているんだぞ」


 なのにテルは落ちた、試験さえ受けられないほど下手だった、などという話はオスカーには信じられない。


「実はその頃、学園内のカリキュラムに変更があったのです」


「変更?」


「はい。テルが入る前は運転士の適性判定に実車による実技を使って判定していました」


「だろうな」


 実際に運転してみないと適性は判らない、というテルの父親である昭弥の考えの下に運転士の適性判断は全て実物の車両を使って行われている。

 勿論、人生で初めてという人が多いため、実際に動かす前にシミュレーターを使って運転動作をたたき込んでから乗せる。

 それでも実際に乗ってみないと判らないし技量も向上しないので実際に乗せている。何より、車両を運転することこそ鉄道マンの夢であり、全員一度はハンドルを握らせて動かしてやりたいという願いを昭弥は叶えてやりたかった。


「ですが、実車を使って行うのでは費用がかかりすぎる、という声が一部から上がっていました。そこで一部地方の鉄道学園で行われていた模型を使ったシミュレーターによる事前判定を導入しました」


 仕組みは簡単でカメラを仕込んだ実際の車両と同じ動作、加減速を行う大型模型車両を走らせ、対象者が運転できるか判定する方法だった。

 模型とはいえ、重量があり慣性や制動力も再現されており、実験では実物と同じ挙動であると判定されていた。


「その事前判定が導入されて初めて受けたのがテルでした。そしてテルはその判定に落ちました」


 事前判定でテルは急発進、急減速、オーバーランを連発させ、運転適性なし、と判定された。


「おいおい、嘘だろう。それおかしいぞ。あの超絶技巧の持ち主のテルが」


 俺の腕なんてまだまだ、と謙遜するが停止線からセンチ単位で車両を停車させる腕を士官学校に入る前から見せていたというのに信じられなかった。


「落ちたのは事実です。勿論本人のせいではありません」


「どういうことだ?」


「シミレーションであり、実際の運転ではありません」


「けど実際の車両を再現しているんだろう」


「どうしても再現できなかったものがあります。車両の加減速に伴う慣性の力や振動です」


「そんなに重要なのか?」


「テルが速度計を見ずに列車の速度を当てることができるのは知っていますか?」


「ああ」


 列車の移動で客車にいるのに列車のスピードを当て、到着予定時刻を秒単位でいえる特技を事も無く発揮していることに、オスカーは未だにたまげている。


「ベテランや熟練の運転士ほど速度計は見ません。せいぜい数秒に一度の確認だけで後は周囲の安全確認に費やします。テルはすでにその領域まで至っていました。そのため速度を知るための振動や加減速のショックのないシミュレーターはテルにとって目隠しをされているようなものです」


「まじか」


「はい、実際、技量優秀な運転士も同じ試験を受けて、同じような事が起きています」


 テルの父親である昭弥がいた世界で<電車でGO>というゲームが発売されたとき現役の運転士にゲームをプレイして貰うと成績が悪いという事があった。

 運転士は電車の加減速の衝撃やレールの隙間を車輪が通るときの振動とその間隔でスピードを当てる。ブレーキの効き具合の判断も加減速の衝撃を身体で感じることで調整している。

 それらが与えられないシミュレーターで成績が酷くなるのは仕方なかった。


「その事実が判明したのはテルが学園を出た後でした。何も知らない新人に加減速のタイミングを教えるには適していましたが、完全に再現する事ができないためテルとの相性は悪かったのです」


「なるほどね。しかし、試験の相性で合否が、その後の人生が決まるとは」


「世の中そんなものでしょう。いくら平等を謳ったところで、評価から逃れることはできません。評価方法のさじ加減一つでその人の評価が決まる、たとえ本当は真逆だということもあり得ます」


「世の中上手くいかない物だな」


 評価というのは大事だ。

 その人が活躍できる場所を探し、成果に対して正当な報償を与えるために必要だ。そして危険な人間を排除することに使う。

 組織は勿論一般の人間関係でも同じだ。

 素行の悪い人間と一緒に居ても自分がひどい目に遭うだけだし、最悪そいつの転落に巻き込まれる。

 評価基準は大切だ。

 だが物差しが間違っていると自分も周りも不幸にする。

 特に相性が悪いと真逆の結論に至ってしまう。

 テルの件は不幸な方に位置するものだった。

 オスカーは余の不条理をかみしめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ