退学の理由
結局テル達が派遣された車両基地は完全浸水し、車両は全滅した。
雨が止み、雲の隙間から太陽の光に照らされた時、泥水の湖に並ぶ新幹線が何本も綺麗に並んでいる異様な光景が出現した。
取材に来たマスコミもこの状況を撮影し、テレビを通じて帝国中に放映された。
一両一億リラとされる新幹線が十六両換算で二十編成、三二〇億リラの大損害である。
他にも工場内の高価な機材が水没し破損しており、その被害も馬鹿にならない。
そして、工場が使えないため、作業の遅れによる損害も莫大だった。
このことがあマスコミの間で報道されると帝国民の怒りは、国鉄、特に被害を出した車両基地の関係者に向かった。
時間が経つにつれて責任追及の声は高まっていった。
「車両が水没したのは研修中の見習いの責任です」
追及の声が高まったある日、事故調査の委員会の最中、参加した基地の労働組合は、こんなことを言いだした。
「応援に来た研修中の鉄道学園の生徒が組合の検修員の指示を効かず勝手にドアを開いて浸水させたために汚損し廃車することになりました」
「でちあげだ!」
救援要員として赴いたため当事者の一人として参加していたテルは、組合の意見にさすがに怒りだした。
「車両避難が遅れ廃車になったのはお前らの責任だろうが」
「ドアを開いたのは君だろうが」
「車両を避難させなかったのはあなた方の責任でしょう。他の設備に被害が出ないように沈める必要があって開けたんだ」
「浸水させた責任から逃れようというのか」
「避難させなかった責任から逃れようとしているのはお前らだろうが!」
そのまま言い合いとなりテルはその基地の検修員や労働組合と殴り合いの喧嘩に発展した。
まだ十代に入ったばかりの小柄なテルだが、日頃兄弟姉妹の喧嘩に巻き込まれているため場数だけはこなしている。凡人十数人の動きなど止まって見えるのでカウンターを仕掛けて襲いかかってきた連中を、庇ってくれた先輩検修員と共に全員たたきのめした。
だがそのまま逮捕され、独房へ。
援護があったとはいえ、たった一人の子供に大人十数人が襲いかかり、反撃を食らってコテンパンにされたという恥も外聞もなく、労働組合がテルを暴行と服務規程違反で訴えた。
結局、その後の調査委員会でテルの言い分が認められてテルの行動は賞賛された。
だが、同時に無責任な職員がいることと、責任転嫁の悪しき言動を見てテルは国鉄に幻滅した。
成績優秀で素晴らしい学園生活を送っていたテルだが、まだ十代前半の少年であり、傷つきやすい心を持っているため、現実の腐敗を見た衝撃は大きかった。
「で、嫌になったね。中央士官学校へ移ったのさ」
聞いていたオスカーに呆れ気味にテルは答えた。
無罪放免となったが学園生活にも鉄道にも嫌気がさして、鉄道学園に退学届を提出した。
さすがに慰留され、止められたが、テルの決意は変わらず環境を変えようという事になり以前より入学が検討されていたアルカディア中央士官学校への編入学となった。
鉄道から離れたかったテルは移れるならと承諾し、移っていったのだった。
「テルが悪いんじゃないんだろう」
慰めるようにオスカーが言う。
「でもな、続ける気にはなれなかった。だから中央士官学校へ移ったのさ」
「そうだよな」
リグニアの少年にとって憧れである国鉄、そしてアルカディア中央鉄道学園を出て、いきなりアルカディア中央士官学校三年に編入されたテルにオスカーは最初反感を持っていた。
駅での臨時雇いを務めた時鉄道員向きではないことを思い知らされ断念し、一兵卒からやろうとしたが父親にそのままカデット――見習士官にいきなり入れられ、士官学校へ編入され一年から酷く扱かれ、ようやく三年になって少しはマシになってきた時に、テルはやってきたのだ。
自分が二年間下級生としてひどい目に遭っていたのに、いくら基準を満たしているからと行っていきなり三年に編入されてやってくるのは腹が立つ。
だが、一緒に生活しているとテルの人柄の良さが分かったし、異常なほどの逆境に遭遇していることを最初は話半分に、巻き込まれてからは話以上である事を身にしみて知り、テルの事を悪く言わなくなった。
巻き込まれるのは少し剛腹だが、それ以上に近くに居るとなんとも頼りがいがあるのだ。
クソみたいな新米士官時代、犯罪集団みたいな部隊から抜け出せたのもテルがいたからこそだ。
だからひどい目に遭うと分かっていてもテルの元に居るオスカーだった。
今、テルの昔話と、何故士官学校へ移ってきたのかきたのか知ることが出来て、その思いを更に強めた。
「なあ、レイ」
用事があって退出したテルと入れ替わりに部屋に入ってきたレイにオスカーが尋ねた。
昔話を聞いてテルの行動に疑問に思った部分があり、レイに聞いてみた。
「テルが鉄道から離れた理由って研修先でのことが原因なのか?」
「ええ、そうですが」
「でもその程度でへこたれるような奴じゃないと思うんだが。それに理由が成績不振と書いてあるけど。実習先の評価なんて上司で違うだろう。それだけとは思えないんだけど」
「さすがオスカー、ご慧眼です」
レイは静かにオスカーの言葉を肯定した。
「実は同じ時に運転士の資格予備試験に落ちてしまいまして、実技さえ受けられなかったのです」




