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転戦

12/3 誤字修正

「敵ながらあっぱれだな」


 アクスム軍の撤退、いや敗走を確認してラザフォード伯爵は、敵を賞賛した。


「皮肉ですか?」


 ジョンストン少将が尋ねるが、ラザフォード伯爵は否定した。


「単純に賞賛しただけなんだが、この状況じゃ皮肉か」


 目の前には死体の山が転がっていた。

正確な集計はまだだが、敵は二万以上、下手をしたら四万の損害が出たはずだ。

 捕虜となった者もいるが、死者が殆どだ。

 敵の数は五万だったハズだから、軍事的常識に従えば全滅。組織的な行動は不可能なハズだ。


「こちらの損害は?」


「包囲攻撃の際に死傷者が出ました。二万というところですか」


 敵が両翼に伸びたところを中央突破。分断した敵をそれぞれ包囲して殲滅。

 思った通りの戦いが出来たが、最後の局面で死にものぐるいになった敵の反撃を受けて、少なくない損害を受けている。


「それと撤退する部隊を援護した部隊もあったな」


 虎人族を先頭に突っ込んできた部隊が近衛軍の進撃を抑えた。左右へ展開する際にの隙を突かれた。最後には混乱から脱し、撃退できたが一部逃した上、迎撃に時間を取られて包囲前の敵も一部が逃れた。

 もしアレが無ければ、逃がした敵は半分に収まったはずだ。


「あの指揮官は凄かったな。会ってみたいものだな」


「大本営から連絡が入りました」


 感慨に耽っていると伝令がやってきた。

 マナッサスの駅から魔術師のネットワークを利用して届いたのだろう。

 文面を受け取りラザフォード伯爵は確認した。


「何が書いてあるんですか?」


 指揮官の一人ジョンストン少将が尋ねてきた。


「会戦勝利の祝いと、新たな指示が書いてあった。これより近衛軍を含む主力軍は反転。北方戦線へ投入され、貴族反乱軍を撃滅する」


「待って下さい!」


 ジョンストン少将が止めた。


「敵は敗走していますが推定で一万以上いるはずです。元からの部隊は指揮系統が乱れた一万二〇〇〇。追撃とはいえ少なすぎます」


「心配するな。ジョンストン中将」


「え? 中将?」


「主力軍から一個師団一万と騎兵一個旅団。さらに新たに王都から来る一個師団一万が君の指揮下に送られる。軍団規模になるから、それに見合った階級に昇進するよう命令が来ている。おめでとうジョンストン中将」


 それを聞いたジョンストン中将は喜びのあまり、飛び上がってしまった。

 ラザフォードは咎めず表向き祝福していたが、内心驚いていた。

 会戦当初参加していた兵力は一四万。うち一二万は三日間で王都から輸送されてきた。前日に限れば六万だ。そして今日の一日で四万の兵力が到着。さらに二万がこれから到着する予定だという。

 総兵力二〇万。

 ジョンストン指揮する軍の合流もあったとは言え、九割の兵力が鉄道によって四日間で輸送され展開できた。

 川もなしに出来た事は歴史上無かった。


「これからは鉄道の時代か」


 一瞬口に出したが、ラザフォードは考えを改めた。

 まだ、鉄道が水運に対して優位であると証明されたわけでは無い。

 それはこれからの北方戦線で明らかになる。


「優位であって欲しいね。王国の為にも」




「会戦に勝利しました!」


 王城に設けられたユリア女王を最高司令官とする司令部、通称大本営にその通信がもたらされたとき、集まっていた幕僚全員が歓声を上げた。


「やったぞ!」


 王都にいる近衛軍六万、正規軍四万。さらに地方に展開していた正規軍と急遽編成した予備役と自警団の混成部隊二万。

 これらを会戦前の三日間で運び込んだのだ。勝たない方がおかしい。


「やりましたね昭弥卿」


「ありがとうございますハレック大将」


 軍務大臣として動員に辣腕を振るったハレックと輸送に尽力した玉川昭弥。

 この二人こそ、戦いの勝利に貢献した立役者だ。

 昭弥が行った手は単純明快。列車をかき集めて、やってきた部隊を片っ端から昼夜兼行でマナッサスに送り込んだのだ。

 言うは易しだが、単純では無い。

 機関車、客車、貨車の手配。機関車に補給する石炭、水の確保。ダイヤ編成。部隊の乗り降り、空になった列車の引き返し。待機中の部隊へ列車の派遣などやる事は多々ある。

 それを昭弥は完全にやり遂げた。

 幸いセント・ベルナルドが崩落した結果、帝国行きの需要が無くなったため、貨物列車に余剰が出来て転用できた。

 鉄道本社との間に魔術師の通信網を解説し、王城内に設置した鉄道司令部から指示をとばせるようにする。司令部では、ハレックが待機中の部隊を提示し、その部隊がいる駅に空いている列車を派遣して搭乗させ王都へ。一旦、王都の貨物駅に到着したら、ダイヤの空きを待ってマナッサスへ向かう線路に入れてあとはひたすら走らせる。

 このために巨大な線路図と列車の位置、部隊の位置を示す状勢図を設置して指示した。

 運転司令所の人力版を作成した、と昭弥は考えているが上手く行った。


「陛下、予定通り北方戦線へ転戦させます。よろしいでしょうか?」


 王座に座っていたユリアは静かに頷いた。


「予定通りに」


 許可が下りて、直ぐにハレックが命令した。


「直ちに主力軍を北方に転戦させる。また予備軍も大半を北方戦線へ向かわせるんだ。他の戦線へ向かう部隊は追って指示する」


 直ぐに幕僚や司令部要員が命令書作成と指示を飛ばすために動き出した。

 昭弥も、列車への指示を出すために席に着く。


「現在王都で列車内待機中の部隊は北方へ。マナッサスへ向かっている列車も機関車を後ろに付け替えてそのまま北方へ向かわせます。その間に、主力軍、近衛軍の乗車を完了させ順次送り出します」


「お願いします」


 既に予備隊として出した部隊の列車がマナッサスに向かっている。

 途中で反転させてそのまま送った方が手間が省ける。

 マナッサスの部隊は積み卸しで空になり、回送待ちの列車に乗せれば良い。それでも足りないだろうから空の列車を送る必要があるが、積み込みに時間がかかる。王都から列車を運んできた機関車は積み込み済みの列車に付け替えて運べば良いだろう。

 会戦中から考えていた手順を確認して、命令する。

 その命令は魔術師を通して鉄道会社本社に行き運転司令室から各列車と駅に命令される。


「昭弥様」


 ユリアが尋ねてきた。


「はい」


「勝てますね」


「勝てるでしょう。それだけの兵力を送れるのですから」




 カンザス義勇大隊の乗った列車は、帝都の操車場に到着した。

 南西方面への路線に空きが出るまで列車が止まっているためだ。その間に帝都見物をしたかったが、何時空きが出来るか分からないため、列車待機となっている。


「しかし、凄い数だな」


 再び外を見てガブリエルは何度目かの同じ呟きを、吐いた。

 外には何十本もの同じような列車が待機していた。

 いずれも一個大隊を載せた軍用列車で、同じく南西方面に配置される予定だ。

 これだけの列車を走らせようというのだから、線路が渋滞を起こすのも納得だ。

 ガブリエルは、列車の中を見た。

 おのおの椅子に座ったり別の座席に移ったり、めいめい暇潰しをしている。


「まあ、意気消沈しているよりマシか」


 退屈していた時、その情報が入った。


「諸君、今入った通信によるとマナッサスでの会戦において我が王国軍が敵アクスム軍五万の包囲殲滅に成功した」


 アデーレの持ってきた通信文を聞いてカンザス義勇大隊が乗る車内は、歓声の渦となった。

 アデーレは、歓声を鎮めて話しを続けた。


「そのため我々の南西方面への配置は撤回。北方貴族反乱軍の討伐に向かうことになった」


 急に静かになった。

 北方の貴族は北の蛮族を相手に戦う精鋭と聞いている。

 皆が萎縮した。


「心配するな。この操車場にいる他の列車も北に向かう」


 待機していた全ての列車が北へ向かうというのか。急な方向転換が無事に出来るのかガブリエルは心配になった。


「そのため、北の路線が空いているため、一時間後に出発することになった。北方配置のための補給品を受け取りを直ぐに完了させろ」


「大隊長」


「なんだ? 坊や」


「坊やじゃありません」


 顔を紅くしながらガブリエルは質問した。


「部隊への食事はどうなります」


「食い意地が張っているね坊や」


「やめて下さい」


 子供扱いされて、ガブリエルは拗ねた。


「まあ、心配するのも当然か腹が減っては戦は出来ないしな。安心しろ。受け取りが終わったら直ぐに食事を配給すると言っている。心配するな」


 補給品の受け取りだが、直ぐに終わった。

 自分たちを運ぶ機関車が補給品を載せた長物車と貨物列車を繋げてやってきて、カンザス義勇大隊の乗る列車にそのまま繋げてしまった。

 手間が省けたが準備していた用意が無意味になり、肩すかしを食らった感じだ。

 ガブリエル達は、貨車に乗っていた個人用の携行品を支給されるだけで済んだ。


「受け取ったら食事だよ。鍋の前に並べ」


 食事は、ここの操車場に出来た臨時の調理場から馬車で運ばれてくる。

 荷役の作業員のためのものだったが、待機中の列車に乗っている兵員の為に急遽拡張して提供しているそうだ。

 支給されたのは、シチューとパン、焼き肉、果物、これが食事だ。個人携行の皿にそれらを受け取り食事にする。それと携行品として堅パンと干し肉、ペミカンが配られた。

 下手をしたら北に向かう間に、途中で立ち往生の可能性も有るので保存食を持っておけとの命令だ。

 どれだけの兵力が北に向かっているんだ。


「そういえば運んできた給食員は何故か顔を隠していたな」


 余裕が無くて隠していたのだろうか。

 貰ったシチューにパンを浸しながらガブリエルは考えた。

 そうしている内に、列車は動き出し北に向かった。




「危なかった」


 マスクと三角巾で顔を隠していたジャンは、ホッと溜息を吐いた。

 南西から帰ってきて直ぐに配属されたのがこの操車場の給食員だった。直前の職場が駅の料理店だったこともあり配属された。だがいつまで続くのか分からない野菜の皮むきや、パンの練り込みを続けているのがいやで、部隊への給食、配達を行う班に移った。

 しかし配給先がカンザス義勇大隊と聞いてまさかと思ったが、まさか自分の故郷の部隊だったとは。しかもガブリエルは大隊でも高位の大尉。通常大隊長が少佐を務めるから、それに次ぐ階級だ。


「俺も今すぐ志願すれば」


 と、思ったが無理だった。鉄道員以前に出ていった地域の部隊に今更戻るのは気が引けた。まして、こんな地位では。


「前線に出たい」


 ジャンは呟いた。


「おい、北方に新たな配置が出来た。そこに配属される人員を募集している。志願者はいないか」


 その声を聞いて、ジャンは真っ先に手を上げた。

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