疫病の収束
「それで味方は得られるな。だが敵への打撃はどうなる? ワクチンが開発されて疫病は収まりつつあるだろう」
ワクチン開発に成功して疫病への予防接種が進んでいた。
ワクチンの開発を成功させたのはテルの妹だ。
大半は大失敗、そしてテルが巻き込まれる物ばかり発明しているが、発明の常で成功した発明品の数は一%程度だ。その僅かな発明品が世の中を大きく変えてしまい、九九%失敗を覆い隠してしまう――テルの受ける被害さえ塗り消してしまう程の大発明家だ。
今回のワクチンも大成功の一つだ。
不活性化ワクチン、弱毒あるいは発症しないウィルス本体、あるいは残滓を体内に注射して接種者の体の中に抗体を作らせる。
ウィルスは常に突然変異を起こしている。時折強力な変異株が出てきて疫病を発生させる。
だが、大半の変異は感染が弱くなったり、感染さえあやしい位、弱いウィルスでほっといても死ぬ、むしろ子孫を残せないような弱いウィルスが多い。
だから感染力が強く大量の子孫を残して生き残れるくらい強力なウィルスしか残らない。
妹はこの点に着目した。弱いウィルスを魔法の力で生き延びさせ、子孫を無理矢理増殖させたのだ。
治癒魔法は人間の体の免疫や快復力を高める魔法で、体内の細菌やウィルスも活性化させて治癒を早める。昔は、治癒に関係の無い、むしろ怪我を悪化させる破傷風菌なども増殖させたため成功率が低かった。
今は、アルコール消毒などをしてから治癒魔法を掛けているので成功率は高い。
妹は弱いウィルスを見つけ出し、治癒魔法をかけて分裂させていくことで増殖させ子孫を増やすことでワクチンの材料を作り出した。
人へ治癒魔法を掛けるのは大変で一日に数人が限界だし、治癒魔法の使い手も百人に一人居るかいないか程度だ。
だが、ウィルスの増殖なら、細菌などの適当な宿主を見つけられるかなど条件にもよるが一日に数万人分を一挙に作り出すことが出来る。
治癒魔法の使い手がいなくても、増殖だけなら工場で生産できる。
不活性化した株を見つけるために治癒魔法の使い手を動員して、候補となる株を実験動物に接種。症状を促進させ、有効か否か判定するのに使い、見つけた株を工場で大量に培養させて不活性化ワクチンを作り出した。
テルの嫌いな科学と魔法の合わせ技だったが、今帝国に必要な物なので黙っていることにした。
ワクチンの接種も進んでいる。
医師だけでなく、注射の技能をボランティアに持たせたり、帝国軍兵士をワクチン注射の打ち手として各地に設置した大規模会場で受けさせている。
軍が主導する一般兵の戦場医療術――軍医や衛生兵さえ近づけない激戦地で、負傷した仲間や負傷者自らが最も治療の必要な時、負傷直後に最低限の治療を行いその後の本格的治療での負担を最低限に抑え、四肢欠損などを回避し復帰を容易にする技術を活用させた。
戦場医療術の中に痛み止めのモルヒネ注射も含まれており、皮下注射なら出来るように全ての兵士に教えている。
ワクチンは筋肉注射だが、事前に短時間の実習を行わせる事で筋肉注射が行えるように訓練指導していた。
これにより百万近い兵士が打ち手に加わり、医師は接種者の健康状態確認、カルテによるアレルギーの確認、注射後の経過観察など、注射以外の重要な仕事に専念できるようになったため、接種数が増えていった。
会場も、駅の多目的スペースに設置して受けさせている。
元々昭弥が鉄道を中心にした町作りをしていたため、駅か駅周辺に建設された各種学校やイベント会場に接種会場を設けた方が、楽なのだ。
鉄道の通っていない場所に関してはバスを改造した移動接種車を優先的に送り込んでいる。
疫病が流行した時点で予め、帝国民全員に掛かり付け医に診察させカルテとリストを作らせていたのも大きい。重症化しそうな基礎疾患を持つ人間へ優先的に接種を行いつつ、何処の会場で受けても迅速に事前の診断時間を短縮した。素人でもカルテに該当事項がなければ検温や体調を判断して送り出せる。
体調不良が疑われる怪しい対象者のみ医者に正確な観察を行って貰うので接種に掛かる時間を大幅に短縮できた。
またアナフィラキシーショックの要因になりそうなアレルギー持ちが事前に分かるので、重点的に観察する事が出来、人員の配分も楽に出来る。
それに接種券とカルテを持っていれば何処の会場だろうと受けられる。
二回打つ必要があるが、カルテに一回目の症状と接種日を書いておいているので、接種日時を間違えたり、副反応に対処しやすい。
以上の仕組みにより、ボランティアでも手慣れた打ち手なら一時間に二十人、一日に一四〇人も打てる。帝国全体では一日で最高五〇〇万人が接種していた。
こうして順調なワクチン接種に伴って感染者、重症者、死者が減っている。
時折、ワクチンを打って安全になったため外に出る人が増えて接触、感染の回数が増えたために発症者が増えるピークが起きていた。
ワクチンを打っても発症する人は発症する。
接触回数が増えると病人が増えるのは当たり前だった。
だが、ワクチンの効果はあり以前より死者、重症化の人数は減っている。
それに伴い、外出制限が解除され人出が戻り旅客収入が回復しつつある。
収入が安定してしまえば、RRで良いという考えが増えても仕方なかった。
そして収入が増えれば統合の必要は無くなる。
疫病が収束するのは良いことだが、再統合への前には悪い材料だ。
「RR各社の株の購入の方はどうだ?」
「何故か買い占められていて、値上がりしている。国債を出しても議決権を確保できるかどうか疑問だ」
疫病が発生して、冷え込んだ経済を温めるために緊急経済対策として大量の資金が投入されている。
失業対策だったが、多くが財界に天引きされている。
そして天引きされた予算で株を購入していた。
投資による株価の維持だが、生活が困窮している国民に金が回っていない。
それどころか再統合のために必要な株の買い取りが価格上昇で難しくなっていた。
「失礼します」
その時、レイが入ってきた。
「ガンツェンミュラー様がおいでになっております」




