マナッサス会戦
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「全隊! 前に進め!」
練兵場に整列したカンザス義勇大隊にアデーレが号令を下した。
同時にガブリエル達は行進を開始した。三列縦隊を組み、歩調を乱すこと無く進んで行く。
町の大通りに入る。通りの両側は見送りに来た人達が大勢来ていた。やがて駅前に近づく。鉄兜酒場は閉店中。主人とウェイトレスが士官として出征するのでは仕方ない。
駅前広場に着くと、全隊が揃い町長の演説。長いので半分眠ってやり過ごす、何を言ったのか、ガブリエルは覚えていない。
住民の歓声を受けた後、駅舎に入り待機していた列車に乗り込む。
長い編成の列車で六〇〇人の義勇大隊を全員載せることが出来る。
「凄いな」
「社長の命令でね。一個歩兵大隊丸ごと運べるように列車を編成するように命令されているんだ」
見送りに来たトムが説明した。
「用意が良いな」
「乗り換えなしに、目的地に行けるようにとのことだ。産地直送ならぬ戦地へ直送だ」
下手な冗談を言ったトムにガブリエルは無理矢理笑った。
「何処に行くんだ」
「どうも、南西戦線みたいだ」
「アクスムの別働隊が相手か。厄介そうだな」
あまり村を出たことは無いが、ガブリエル達はアクスムの獣人の身体能力の話しは聞いている。
「北の反乱貴族や、エフタルの騎馬集団、周の人海。一体どれと当たるのがよいやら」
自嘲気味にガブリエルは呟いた。
「多分何人かは戻って来れないだろう。それは俺かも知れない」
「やめてくれよ。客がいなくちゃ列車を走らせる意味が無い」
「確かに、じゃあ列車に乗るためにも生きて帰ってきますか」
「ああ、そうしてくれ」
先頭の機関車が汽笛を鳴らした。
「じゃあ、行くな」
「武運を」
ガブリエルは動きだした列車に飛び乗ると、トムに敬礼を送りトムも敬礼を返した。
トムは、列車が見えなくなるまで、敬礼を続けた。
ガブリエルが戦場に向かっている頃、ジャンは、彼が望んだ前線に来ていた。
「早く運ぶんだ!」
「はい!」
操車場の荷物運びとして。
操車場に入ってきた軍需物資満載の貨物列車から荷物を出し、馬車に載せたり、降ろしたりする簡単な作業だが、ひっきりなしにやって来るので休む暇が無い。
前線への志願者を募集していたので、手を上げたのだが、まさかこのような事になるとは。
「疲れる……」
だが、まだマシだった。
到着した時はろくな設備が無く、馬車を列車から降ろすためのホームを作るため、保線区から枕木とレールを譲り受けて、シャベルだけで作ったのだ。
それが終わったら直ぐに、積み卸しだ。
ほんの数リーグ先ではドンパチが行われていて、大砲の音がよく聞こえてくる。
何とか、あそこに行けないものか。いや、この地獄から離れたいのだが。
「ジャン、手を止めるな! その袋を待っている部隊がいるんだぞ」
「すいません!」
何だってこんなに物資が必要なんだ。
「あー転属したい」
その頃、マナッサス会戦は始まろうとしていた。
「何だあれは!」
夜が明けるとアクスムの司令官テイラーは、戦闘前の偵察に行き王国軍の陣地を見て唖然とした。
「敵だらけでは無いか」
見る限り八万を超える大軍が居る。それも並みの戦力ではない。
赤い制服に銀のアキラ、王国の正規軍だ。
「王国の主力軍ではないか。一体いつの間にやってきたんだ」
偵察活動は怠っていない。
昨日もドラゴンを使った上空偵察を行っており、敵の進軍は確認できなかった。
「一体何処からやってきたんだ。ドラゴン部隊」
「はい、偵察では部隊の移動を確認できませんでした」
ドラゴン部隊の隊長は自信を持って断言した。
一個軍団五万人が移動すると三列縦隊を組んで、一メートル間隔で歩いたとしても最低で一六キロ以上の隊列になる。実際には部隊ごとに間隔を開けたり、騎馬を含んでいたり、馬車が後続するので、隊列は更に伸び、四〇キロ以上になることも多い。分散して進軍しても、上空ならその動きは丸見えだ。
「ただ、敵は多数の列車を運行しているのが上空より確認できました」
「妨害しなかったのか?」
「敵は多数のペガサス部隊を上空に配置していたため、攻撃できませんでした。さらに列車にも多数のマスケット兵が配置されていたため、迎撃を受け攻撃できません」
ことはここに至って明白だ。
敵は鉄道で兵力を輸送している。
「どうします将軍」
「無論攻撃だ」
テイラーは断言した。
五万対八万では、数の多い敵が勝つ。
だが、まだ勝てる可能性がある。獣人と人間では獣人のほうが能力は高い。
それに敵の戦力は解っている。敵の全戦力がここに集結した場合、五個軍団二五万がこの部隊に殺到する。
反乱で寝返ったり他の部隊への牽制もあり全兵力が来る事は無いだろうが、それでも十数万が駆けつけてくるかもしれない。
そうなればいくら獣人が強くても数で押し負ける。
何としても、数の差が広がる前に攻めなくてはならない。
針路を変えて王都を目指す方法もあるが、これだけの兵力に側面を曝すのは危険だ。退却はもっと危険であり、背後を攻められ敗走する可能性が高い。
だから、戦って勝つしかなかった。
「攻撃開始!」
「敵軍、攻撃開始しました!」
「決断の早い司令官だね」
指揮所で報告を受けたラザフォード伯爵は、簡潔に感想を述べた。
「はい、決断力と行動の早い指揮官です」
配下の指揮官の一人ジョンストン少将が答えた。
元々アクスム国境に配置された師団の師団長だったが、奇襲攻撃の際に師団本隊が壊滅、残存兵と他の部隊を指揮下に収めて王都方面へ退却。周辺の部隊を纏めつつ、今日まで撤退戦を指揮してきた。
それだけに敵がどれだけ素早い動きをするかよく知っている。
「しかし、兵力で勝るこちらへ攻撃を仕掛けてくるとは」
「こちらがどれだけ増援を送り込んで来るか解らないから仕掛けたんだろうね」
ジョンストン少将にラザフォードが説明した。一日で一万前後の軍勢が、八万に増えたのだ。明日は倍増して十数万になるかもしれない。
ラザフォードも驚いたが、敵はもっと驚いただろう。
そして、今仕掛けなければ勝てない、と判断し攻めた。
「正しいが、愚かなだね」
降伏するという手があるが、よく言えば勇猛果敢、悪く言えば蛮勇を誇るアクスムが降伏するとは思えない。
「まあそうなるように仕組んだんだけど」
敵を退却不能な所に誘い込んで、数の差で包囲殲滅。それがラザフォードが立てた作戦だった。
二万ほどの兵力を出したのも、敵を誘い込むための罠だ。
敵はそのまま攻撃陣形のまま誘い込んで、撤退できないようにして攻撃させる。
「さすがです。司令官」
「いや、全て昭弥卿の手柄だよ」
一〇万以上の兵隊をたった二日ほどで移動させてしまうのだから、大したものだ。
「さて、お膳立てをして貰ったのだから、気持ちよく勝利しなければな」
ラザフォード伯爵は立ち上がって命じた。
「作戦開始! 包囲殲滅攻撃を行う!」
命令と共に、司令部前面に配置された重砲連隊、一二リブラ砲五四門が一斉に火を噴き、アクスム軍正面に弾着した。そして、それはこれから起こる惨劇の第一幕となった。
「ぐわあああああっ」
正面からこうげきを仕掛けたアクスム軍に大量の砲弾が雨あられと降り注いでくる。
砲弾の雨は止むことは無く、次々と降り注ぐ。
退却しようにも、退路にさえ、砲弾が降り注いでいるのでそれも叶わない。
それでも前進を続けてた部隊だが、正面の陣地から一斉射撃を受ける。
それもマスケット銃だけでは無かった。
各連隊に配備された小型の三リブラ砲が火を噴く。砲弾は散弾で革袋の中に無数の銃弾が詰め込まれていて、撃ち出した途端に袋が破れ銃弾が雨あられと降り注ぐのだ。
避けようにも面攻撃のため、避けられずアクスム軍は次々と倒れて行く。
生き残っても、今度は歩兵の横隊列一斉射撃を受けて倒れて行く。
第一波の壊滅を受けて第二波が攻撃を開始するが、各師団配備の砲兵連隊が前線に進出六リブラ砲を水平射撃して痛打した。
王国軍の使っている砲弾は鉄製の球形砲弾だ。この球形砲弾は水平に撃つと地面に触れたとき、水面に当たった石のように跳ね飛んで行く。その勢いは、数回のバウンドで落ちることは無く、進路上に居るアクスム兵の身体を打ち破って、止まるまで転がる。
足や胴体を打ち破られる兵が続出、しかもバウンドする距離が長いので第三波の隊列にも被害が出ていた。
「どういうことなんだ」
多数の砲撃を見てテイラーは絶句した。
敵は強行軍でやってきたのでは無いのか。
迅速に移動するには、大砲などの重量物を持たずに進むのが普通だ。一日で何万もの大軍が現れたのは、強行軍を行ったと考えており大砲を保有していないと思ったからだ。
大砲が無ければ、十分に打ち破る目はある。
だが、王国軍は各レベルで大砲を装備して撃っている。
完全に推測が裏目に出ている。
しかし、突撃しなければ打ち破れないし、やめるわけにもいかない。
「ドラゴンの支援は」
テイラーは上空を見るがそれが望み薄である事を知った。
多数のペガサス部隊が飛んでおり、攻撃できなかった。
何体か強引に突破して突っ込むドラゴンがいるが、ペガサスに攻撃されて落ちるか地上からの銃撃を受けて撃墜された。
「何という部隊密度だ」
ドラゴンを迎撃するには、何百人もの歩兵が密集隊形となって上空へ一斉射撃を行う必要がある。そのため、膨大な数の部隊が必要になるが、敵はそれを集めていた。
「敵軍! 両翼に展開しつつあります! 兵力は各一万!」
「包囲するつもりか」
テイラー敵の意図を確信した。左右から兵を展開して、我々を包み込み殲滅するつもりだ。
「両翼の兵を出して押さえつけろ!」
直ぐに自分も左右の部隊を展開させて回り込もうとする敵を止めた。
両翼の兵力は少ないが防戦ならやりようがある。予想通り、各部隊は奮戦し敵の部隊を止める事が出来た。
それを見て、テイラーはホッとするが、直ぐにぬか喜びとなった。
「敵軍更に展開してきます! その数、各一万」
止められた左右の部隊の背後から新たな部隊が出てきたのだ。足止めした部隊の背後から新たな部隊を出してきた。
「予備隊を二分してそれぞれ当たらせろ! 急げ!」
本隊の後方に待機していた予備隊を出して両翼が包囲されるのを防ぐ。
虎の子であり、決着が付いた後の追撃に使うものだが、緊急事態につき使用するしか無い。
迅速な投入が功を奏して、敵の新たな動きは止まった。両翼が包囲されるのは防がれた。
「しかし、敵はどれだけ兵力がいるんだ」
八万と聞いていたが、正面には少なくとも四万、左右両翼に各二万の四万、総計八万。計算上では、既に敵も兵力が枯渇しているはずだ。
しかし、王国軍は畳み掛けるように攻撃を続けた。
「! 正面攻撃だと!」
激戦が繰り広げられていた正面で敵が攻撃を開始した。
そして、その主力は、正規軍では無かった。
「黒い制服に銀色のアキラ、近衛軍か!」
近隣諸国に有名を馳せるルテティア王国近衛軍。
帝国近衛軍と同じ黒い制服と銀のアキラを携帯することを許された精鋭部隊。
戦えば常に勝利を収めてきた部隊だ。
それが目の前にいる。
「これを狙っていたのか……」
思わずテイラーは、顔をゆがめた。
左右両翼に展開させて兵が少なくなった所で、中央突破。分断して殲滅する気だろう。
迎撃するにも味方の予備兵力は先ほど両翼の援護に回してしまった。手元には僅かな兵士かいない。
しかも後ろから次々と現れている。近衛軍の全戦力六万が投入されている。
「敵が左右から騎兵を展開しています!」
だが、王国軍は更に畳み掛けるように攻撃を仕掛けてきた。後方に置いておいた騎兵隊を投入し、左右両翼を包囲しようとしていた。
「将軍、ご命令を……」
顔面蒼白となった幕僚が支持を求めてきた。
「退却だ! 全力でアクスムへ向かえ! 左右両翼にも伝えるんだ!」
「背後に追撃を受けます」
「囲まれて殺されるよりマシだ。何人かは生き残る! 留まって戦っていたら確実に殺される。直ぐに伝えろ! 伝えたらお前も退却しろ! 行けっ!」
「は、はい!」
直ぐに伝令を放つ。
「何をしているんだ! お前達も退却しろ!」
「将軍は?」
「俺は部隊を援護する」
テイラーは少数の兵を連れて前線に立った。少しでも敵の追撃を遅らせるために突撃していった。