混乱する現場
「事故現場は!」
ヘリコプターを使って現地の対策本部に入ったテルは到着するなり尋ねた。
「何だ!」
責任者らしい一人が怒鳴り上げる。だがテルの顔を見て態度を豹変させる
「おお、テル! よく来てくれた……いや、大臣! 失礼しました!」
テルが保線実習の時の上司だった。
「そんなことは良いですよ。それより、現場は」
責任者は本部にいた係員の一人に説明するように命じた。
指名された係員は慌ててテルに報告した。
「事故現場はトンネルのほぼ中央です」
「立ち往生している列車は?」
「停電が発生し、全線で不通です、標準軌、広軌を含めトンネル内には十二編成が残っています。事故現場の近くに事故編成の他、広軌と標準軌の各一編成が近くに止まっています」
「乗客の避難は終えているか?」
「現在、確認中です」
「事故現場に入っていないのか?」
「火災が激しく、煙が充満しておりまして」
「排煙施設があるだろう」
トンネルで怖いのは酸欠と浸水、そして火災である。
酸欠を防ぐために換気が必要で、換気設備は必ず置かれている。
「配線が途切れたようで使用夫のです」
「バックアップの設備があるだろう。それに換気用の電源ケーブルは別だろう」
通常動力用のケーブルは線路から離れたところに設置されている。列車事故が起きてもケーブルへの被害を防ぎ、換気を通常道理行う為だ。
「経費削減の為に、一部通路を封鎖しておりまして、不明です」
係員の説明にテルは呆れた。
安全確保のために複数のバックアップを設けることは必要だ。
それを経費削減のために廃止するなど、愚かとしか言いようがない。
父昭弥は安全のためにバックアップやフェイルセーフを何重にも作り上げていた。
何重にも安全策を作り上げて、冗長性を確保しているがが素人目には無駄に見える。
事故が起こる可能性が限りなく零なら、事故が起きた時の対策をしなくて良いだろう、という考え方に陥りやすい。
だがそれだと万が一の事故が起きた時危険であり、それぞれの安全策を蔑ろにして事故を起こしたことは枚挙にいとまが無い。
テルは昭弥からタイタニック号の半分しか無い救命ボートやスペースシャトル・チャレンジャー号の事故で安全策を無視、あるいは他の安全装置があるから大丈夫という考えで安全装置の故障を放置して事故が起きたことを教えられた。
父親のいた世界の話で実感は少なかったが、異様なほど父親が事故を恐れて多大な予算を投入し、何重にも安全策を講じている理由は理解した。
だから、それを無視して経費削減で、禄に検証――廃止しても同等の安全性が確保できるか考えずに廃止するなど狂気にしか見えなかった。
「現場まで行って救出を行う。モーターカーを出してくれ」
「停電で動けなくなっている車両があります」
「なら、モーターカーで引っ張り出せ。安全にお客様を連れ出すんだ。保線要員は?」
「運休でダイヤが乱れているため、救援列車が遅延しており、なかなか集まりません」
大混乱だった。
担当保線区だけでは到底足りないが応援を呼ぼうにも列車が渋滞している。
管理用の道路もあるが車での到着も遅れ気味のようだ。
「馬鹿なことを言わないでくださいよ!」
その時、責任者が電話に向かって怒鳴った。
「早期復旧? ばかな救助も終わっていないのに出来ないでしょう。重要路線だから一刻も早く再開しろ? 分かっていますよそんなことは! その前に助け出さないと。え、復仇用の車両を送った? 馬鹿言わないでください! 救援が先です。遅れてしまいます」
責任者がことさら大声で叫ぶ。
話に出てくる名前からRRの上層部と言うことは、分かる。
事故が軽微だと決めつけて早期に復旧しようと上層部は考えているようだ。
腹が立ったテルは電話を責任者から奪い、話し始める。
「もしもし、私です。テル、いや鉄道大臣です」
電話の相手先は大臣と名乗られて聞き覚えがあったのか絶句した。
「現場は勿論、あなた方も相当混乱してるようですね。御社では対応できない、対処能力がないようですので、事故の救助、処理は鉄道省が対応します。ええ、現場は周辺や路線も含めて鉄道省が管理下に置きます。ええ、戒厳令に準ずるものとしてください」
鉄道大臣にそのような権限はないが、昭弥の威光の残照、後で母親であるユリアからもぎ取るつもりでハッタリをかました。
「そういうわけで救援列車を優先してください。ええ、必要な車両は貴方の会社から徴用しますしダイヤも優先で。拒否は許しませんよ。これは命令ですので違反すれば処罰の対象になります。あとの調査委員会で遅延や命令無視、安全対策の不徹底を徹底的に追求しましょうか?」
電話の向こうでは色々と怒鳴り上げていたが、テルは脅しをかけて黙らせた。
「納得、承諾いただけたようで何よりです。では、こちらは動きますので。他の路線に送れや乱れが出ると思うのでそちらの回復と対応をお願いします。まあ混乱が続いてもチェニス田園都市鉄道がバックアップしてくれると思いますが」
反論しようとした上層部をライバル私鉄の名前を出して対抗心を煽る。
相変わらず人の心を操るのが上手いなと聞いていたオスカーは思った。




