現場指揮
「連絡トンネルで脱線事故か」
事故が起こって五分後にはテルの元へ連絡が届いた。
「RRアルカディア・チュニスからの連絡は?」
「まだありません」
受話器を降ろしてからレイに尋ねたテルはため息を吐いた。
最初の一報、電話は鉄道学園時代の友人からだ。他にも現場実習時代の知り合い、父の元部下からの連絡だが個人的な、テルの交友関係からきたものだ。
テルに必要な処置を取って欲しい、と考えてくれた人々からの連絡だった。
だが、RRアルカディア・チュニス、正確には会社の社長や運輸担当からの正式な連絡はまだ来ていない。
何処に連絡すれば良いのかRRは理解していないようだ。そもそも緊急事態に対処しようとしていない。その考えさえ抜けているようだ。
テルの元へ直接現場から電話が来たのは、テルに助けて欲しいから、テルしか解決できる人間がいないという思いからだ。
そのことをテルも理解しいる。
少し沈黙してからテルは決意して言った。
「現場に出かける」
「ここで指揮を執らないのか?」
少なくとも大臣が現場に赴くなど、全軍を指揮しなければならない最高指揮官が特定の前線に行き戦うようなものだ。
その前線は優勢になるだろうが、全体の指揮を放棄する。対処すべき問題は山ほどあるのに、それらを放り捨てるような無責任な行動だ。
「事故が起きた時の緊急事態対処マニュアルに従って、関係各所への連絡を取れば良い。僕が居なくてもできるようになっているからね」
そう言って机から書類、予めサインをしていた書類に今回の事故の名称を記入してテルはレイに渡した。
「レイ、ここの指揮は任せるよ。何かあったらラザフォード宰相、君の父さんやおじいさんを頼るんだ」
少なくとも帝国の宰相として何年も活躍しているレイの父と祖父のラザフォード二人なら大臣になって一月程度のテルよりよほど頼りになるし正確だ。
「分かった。任せてくれ」
レイは笑顔で承諾した。
テルは父の遺言というか、戒めではラザフォードの人間を信用しすぎるな、遊ばれるぞ、と言われているが、国家の危機においてそのようなことはしないだろう。
いや、祖国の利益になるように行動しその損失が、昭弥に愉快な形で降りかかるようにしている悪質なタイプだ。
目の前のレイのこれまでの行動を思い返してもテルは頭痛がする。
まるでおとぎ話の悪魔との契約を思い出させるような話だ。
だが、有能だし、必要な事は確かなので命じる。
「僕が現場に行って状況を確認する。現場の正確な情報が必要だ」
連絡が遅れているRRアルカディア・チュニスの報告を待っていたら事態は悪化する。
すぐに向かってなんとかしないといけないとテルは考えた。
準備をしている時、テルは一つ思い出して命じた。
「冒険者ギルドに手紙を出すから、届けてくれ。その他の指示はそのまま」
テルは大急ぎで、殆ど殴り書きのような文字で手紙を書くとレイに渡し、そのまま大臣室を飛び出していった。
何の知識も無いトップが現場に来て視察をするのは、殆どの場合無意味だ。
専門知識がないため、現場を見ても何が起きているか、どれだけ重大な被害かを理解することが出来ない。
せいぜい、自分は現場に立っているというポーズを見せて、自分はこんなに仕事を頑張っていますよという程度だ。
結果、専門家からの助言に頼るのみ。
いたずらに現場に出て行けば迎える準備を現場に強要させ混乱させてしまう。
それなら省庁を動かず、報告を受ければ済む話だ。
実物を見ることは大事だが、事が収まってから無いしないといけない。
混乱する現場に受け入れ体勢を整えさせるなど、はっきり言って負担でしかない。
だがテルの場合は、幼少の頃から鉄道の神様と言われた昭弥から直々に鉄道の事をたたき込まれている。
しかも鉄道学園にいたとき、実習や見学で連絡トンネルへ保線作業で入っているし、それ以前にも訳あって大迷宮部分に入っている。
さすがに現場作業員レベルではないが、ド素人より遙かに専門知識があり、何が重要か理解している。
何より、このトンネルは帝国の大動脈であり、鉄道輸送の二割以上がここを通過する。
ここが寸断されれば帝国の鉄道網は大混乱に陥る。
非常に重要なため、現場に赴くこともいとわなかった。
「どうやって現場に行くつもりなんだ。電車のダイヤは不通だぞ」
連絡トンネルの事故で運転停止になったあおりで、ダイヤが混乱しており、主要な鉄道は軒並み運休になっている。
動いている路線も、まもなく振り替え輸送で混雑し、身動きが取れないことが予想される。
「軍のヘリコプターを使って移動する。空挺軍に編成中の空中機動部隊に配備されたヘリコプターが大気中のはずだ。それを鉄道省の屋上に着陸させ、現場に向かうよう要請するんだ」
「古巣に頼ることになるとはな」
「人脈はこういうときこそ使うものだ。自力でどうにか出来ると考える方がおかしい」
「同感だ」
オスカーはすぐさま、古巣の空挺軍に連絡する。
「しかし、空中機動部隊は新設とはいえ、帝国軍が期待をかける虎の子のはずだぞ。そう簡単に動かせるか? それに使うと後々問題になるんじゃ?」
「大臣の俺から軍務省に連絡して要請したことにする。今回の行動は追認されるよ」
「なら軍務省経由で呼べば良いだろう」
「軍務省で受け付けた後、統帥本部へ命令が下って、空中機動部隊へ命令が下るのに、何時間かかる。それまで待っていられない。個人的な伝手で呼び寄せて時間を短縮。その行動を追認でするように軍務省に言っておけば良い」
「本当に気配りがいいな。けど、それだと軍閥化の第一歩だぜ」
現場の判断を追認するだけになって軍中央が形骸化、各地の部隊が軍閥化した事例はかなり多い。
「だからといって事故直後の貴重な時間を浪費する訳にはいかない。全ての責任は僕が負うよ。救助部隊も編成して空輸できるよう手配も頼む」
「了解」
この思い切りの良さもテルの持ち味だった。
十数分後、ヘリコプターが到着し、テルは現場に向かった。




