新幹線脱線事故
アルカディアとチェニスを結ぶ連絡トンネルは、大迷宮の中に何本もの線路が引かれている。
新幹線の線路も勿論引かれており、線路一本あたり一時間に十二本、二十四時間体制で動いている。
寝台を備えた長距離列車も組み込まれており、他社の新幹線編成も乗り入れている。
この日、トンネルを通過しようとして運転されていたのはルテティアからリグニアに向かうスペース三号だった。
スペース三号に使われている車両の所属ははRRルテティアで、運行もRRルテティアだ。
ただし、チェニスよりRRアルカディア・チュニスに変わり運転士も車掌も交代する。
この日もスペース三号は定刻通りにルテティア中央駅を定刻通り出発した。
しかし運転途中で一三号車後方付近で異音と異臭がすることに車掌が気がつき列車無線で連絡。チェニス到着後、点検を行うよう車掌は新幹線運転指令所に要請し担当運転指令は一旦は了承した。
だが、上層部より定刻ダイヤ維持を求められたため運転続行を指令。
結局検修員を乗せて様子を見ることにして、運転は続行され定刻で発車した。
連絡トンネルは過密ダイヤで一度遅延すると他の路線、帝国全土の路線のダイヤが乱れてしまう。
遅延で他の列車へ遅延が波及することを恐れたのだ。遅延すれば回復運転、通常ダイヤに戻すよう加速することを他の列車を強要することになるからだ。
その調整作業が非常に難しく、ダイヤは混乱しやすいし接続も難しくなる。
混乱して列車の遅延が拡大して、運休などの大事になれば他社とのダイヤ調整の協議も必要になる。
しかも遅延時には乗客へ運賃の返金をはじめとする補償金の支払いもある。
運休による補填交渉、代替車両の手配なども必要になる。
民間会社として経営する以上、赤字は避けなければならず、支出を抑えなければ株主から経営陣が突き上げられる。
予備を用意して迅速に穴を埋めれば良いのだが、予備は動かない――旅客収入をもたらさないので、できる限り少ない方が良いため、予備の編成が民営化後削減されていて、出す余裕など無かった。
予備を出せば運転士にも手当が必要だし、経費削減に五月蠅い民営化したRRでは会計担当から小言を言われることになる。そして、超過経費は瀬帝の対象になり昇進や今後の配属で左遷される危険がある。
経理と対立して左遷された上司は数知れず、文句を言おうにも多額の分配金を得て満足している株主の支持を受けている経営上層部が外れることはない。
文句を言わない無難な性格を買われて任命された運転指令は、そのような面倒な事に巻き込まれたくなかった。
チェニスに到着した時、RRルテティアの車掌は引き継ぎの時、申し送り事項として報告されていた。
だが、実際の振動を経験していないRRアルカディア・チュニスの車掌は、運転続行の指示が運転指令より下ったため、乗ってきた検修員と共に、たいした事は無いと判断していた。
しかし、運転開始直後から異音が大きく響く。
検修員の異常であり直ちに停車して点検が必要だという要請に車掌は、運転指令へすぐに報告し停止を求めた。
だが、すでに列車は発車した後のため、停止すればダイヤが大きく乱れる。
運転続行が指示されスペース三号は加速。
ダイヤ通り時速三〇〇キロで連絡トンネルに進入した。
その間に一三号車の異音は大きくなり、振動も伴うようになった。
車内に油臭い異臭が漂いはじめ、乗客からも訴えが出てきた。
車掌は緊急停止を考え、再び連絡を入れ緊急停止ボタンを押そうとしたとき、十三号車が今までより激しく揺れる。
一三号車の後方から火花が上がり、列車は急減速し車掌は吹き飛ばされ、車内を文字通り飛んで車両の壁にぶつかった。
衝撃で意識が途絶えてしまった車掌には何が起きたか理解できなったが、十三号車の後方台車が破断したのだ。
台車の骨組みに亀裂が発生し、台車が歪みモーターとギアの間、そして車軸が歪んで捻れと歪みが起こり、異音を発生させていた。
油臭さを伴った異臭は、ギアの捻れによってシャフトが歪みそこから油が漏れた上、シャフトが歪んでケースに接触。摩擦で加熱されたからだ。
通常なら問題なしだっただろうが時速三〇〇キロで動いているため、シャフトが高速で回転していたため急速に過熱。蒸発したギアオイルが異臭となって車両内に流れ込んで来ていた。
亀裂は更に進んで行き台車の骨組みを完全に分断した。
破断した台車は車輪が傾きフランジがレールを越えて列車の脱線を引き起こした。
一三号車の後方から後ろの車両は全て脱線してしまった。
これがルテティア新幹線で最初の、そして最悪とされる大アルプス山脈連絡トンネル事故の発端だが、まだ始まったばかりだった。
そして、この事故は帝国をも揺るがし、鉄道大臣であるテルに、大きな障害となって立ち塞がる。




