南西戦線
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「全隊! 前に進めッ!」
鉄兜酒場の女主人改め、カンザス義勇大隊指揮官アデーレ・ユンガー少佐は、待ちの郊外にある練兵場で、部隊の指導をしていた。
元々町が管理していた牧場、遠くから来た家畜や乗り物である馬を一時的に預かる施設だが、急遽練兵場に指定して訓練を始めた。
部隊を構成するのはカンザスの町とその周辺の村の青年達。元からの義勇軍や自警団の人間も居り、いくらか訓練していたが本格的な戦闘経験者は、アデーレと元マスコットウェイトレスにして予備役士官のクリスタ・ゼルテ義勇軍大尉、そしてふらりとやって来て元士官ということと、アデーレの推薦で義勇軍大尉に任命されたテオドーラ・アルダーだった。
全員が義勇軍の制服である緑色の軍服を着ている。
普段着の姿を見ているだけに、そのギャップは大きく戸惑う。だが、こうして訓練を繰り返すうちに慣れてきて、今では慣れた。それに訓練の方もだ。
だが、まだ戦争という実感はない。
「しかし、俺が大尉で中隊を指揮するとはね」
町にも自警団がいるが、団長達など幹部は少数で、多くは町に残る。年齢が高すぎるという事もあるが町の防衛、治安維持に人手が必要、後続の部隊を編成する時、基幹要員がいた方が良いという理由で残っている。
またアデーレが元王国軍の正規士官であったことも理由だ。自警団は軍から訓練を受けているが、パートタイムであり、本格的な軍事訓練を受けたアデーレには敵わない。
それが、彼女が大隊長になって派遣される理由だ。
ガブリエルが大尉に任命されたのも、派遣される人間で最も多いのが農業関係の若者で、彼らの纏め役に相応しいと考えられたからだ。
幸い自警団には万が一、盗賊の襲撃などに備えて装備と制服が多く用意されている。
人数分を支給することに問題は無かった。
大隊は百三十名からなる四個中隊でうち、一個が猟師経験者からなるライフル中隊でイェガーという猟師の若頭領が大尉として指揮している。
彼らは散兵として大隊の前方や周辺を守ることになっている。
主力の三個戦列歩兵中隊は、ガブリエル、テオドーラ、クリスタの各大尉が指揮することになっていたが、ガブリエル率いる第一中隊はアデーレの予備として指定され彼女の手元に置かれている。
八十名程からなる大隊本部がいるので、大丈夫なハズだが、言わば未経験のガブリエルに任せられないという意味で、ガブリエル本人には少々不本意だった。
しかし、自警団しか従軍経験が無く軍隊の事も殆ど知らないため、アデーレの指揮を受けるのは安心する。
他のメンバーも同じでどのように動いて良いのか分からず彼女の指揮でまともに動けるようになった。
行軍しやすい縦隊列から攻撃に使う横隊列へ。更に敵に包囲された時の方陣へ。
バラバラだった部隊の動きもピシッとしたものになり、何とかマシになった。
「全隊! 止まれ! 訓練は終了とする! 解散!」
訓練が終わって解散すると、汗がどっと出た。
「そういえばジャンの奴元気にしているかな」
村だった頃のカンザスから出て行ったきり、会っていない。戦争になって帰ってきて義勇軍に参加してくれると思ったのだが、来ていない。
あいつのことだから、出世するんだと言って正規軍に志願したんじゃ無いかと心配になる。
「帰ってきて欲しいな」
昔からの仲間がいるのは心強いので、帰ってきて欲しかった。
「そっち運べ」
「はい」
その頃ジャンは、王都の操車場で軍需物資の積み込みを行っていた。
徴兵事務所に入ったのは良かったが、既に鉄道員の徴兵禁止が通達されており、そのまま返送され、人員の足りないこの場所に配置されてしまった。
「畜生、これじゃあ出世できない」
兵隊に成れないようにするなんて、酷いことをしてくれる、と昭弥を逆恨みした。
「あー、前線に行きたい」
「進め! 進め!」
アクスム軍別働隊の指揮官ティム・タイラーは、部隊を急かした。
アクスムは獣人の国として有名で、一部の黒人を除いて様々な獣人の連合体だ。
そのため、肌の白い帝国から異端視されていて侵略を幾度も受けている。
獣人が珍しく、文化的にも違うため、奴隷として売れる。
偏見からではない。言葉の通じない者同士が、奴隷となった方が反逆を未然に防げる。主人の解らない言葉で話されては企みを知ることは出来ない。
奴隷同士で意思疎通を計るには、帝国共通語を話すしかない。
このまま、攻め滅ぼされたら奴隷となり、未来永劫自分たちの文化も言葉も何もかも奪われ、屈服することになる。
それを防ぐために打って出た。
特に自分たちの別働隊の任務は重大だ。
本隊に先駆けて、王都を襲撃し、王国を混乱に陥れることだ。
そうなれば、本隊が動きやすくなり、王国を攻め滅ぼすことが容易くなる。
だから、全速力で走っていた。
ケルベロスに、ワータイガー、ドラゴン、そしてタイラーの種族であるワーウルフ、人狼族。いずれも機動力があり、強い力を持つ戦士達だ。
故に、少数精鋭で向かうことにした。
途中の略奪を食糧確保以外行わず、速度を優先している。
「敵部隊を発見しました!」
「数は?」
「およそ二〇〇〇」
「正面突破! 先鋒と合流して一気に押しつぶせ!」
テイラーは五万の大軍をそのままぶつけることを選択した。少数の敵なら、簡単に撃破できるし、少しでも戦力を削いでおきたい。
何より、迂回して時間を浪費するわけにはいかない。
「攻撃開始!」
テイラーは攻撃隊形を取らせて全軍を突撃させた。
王国軍は、方陣を作っている。各中隊二〇〇名が六列に並んで一辺となる四角形を複数形成する。そして兵士が外側に向かって銃を構えることで、全方位からの攻撃に対して対処できる。
陣形が崩れなければ強い防御力を発揮できる。
だが上空のドラゴンが、急降下してドラゴンブレスをルテティア兵が作る、方陣に向かってを吐く。
方陣の兵士達も上空に向かって撃つが、人数が少ない上、素早いドラゴンには当たらない。
ドラゴンは遠くから撃ち出して、退避する。一方、下にいた兵士達は雨あられと降る火の玉に逃げ惑うだけだった。
「突撃!」
陣形の乱れを見て取ったテイラーは突撃を命じた。
銃撃が加えられるが、散発的で脅威ではない。一挙に敵の陣形に食らいつきそのまま突き抜け内部に入り込む。
あとは、前と左右に展開して外側を向いている兵士の背後を襲撃すればおしまい。こうなった方陣は腸を垂れ流す、負傷者みたいなもので死ぬしかない。
全ての方陣が全滅したのを確認した。
「進軍再開!」
敵が居なくなれば用はない。テイラーは王都に向かって進軍を急いだ。
「敵の砦を発見しました!」
部下からの報告が入ってくる。
「捨てておけ! 先鋒に警戒させ、本隊は前進継続だ!」
砦に籠もっている敵なら、攻め落とす必要は無い。むしろ戦わずに済むので好都合だ。 敵が背後を突こうと追いかけてきても、我々の俊足に追いつくわけがない。
精々、見つけた部隊に警戒の為、包囲させるとともに休憩させ、本隊が通過した後、光栄に回らせて追いかけさせる。
いなくなった先鋒は本隊から新たに割いて行かせる。こうやってローテーションを行い部隊の疲労が少なくなるように配慮している。先鋒の部隊は、不案内な土地でいつ敵にぶつかるか解らないので、疲れやすいのだ。
そうした配慮をして進軍を続けていたが、あるとき二万からなる部隊を発見した。
「かなりの部隊だな」
国境を越えるときに一個軍団七万の部隊を撃破した。内、撃破し損ねた一万ほどが王都方面に撤退しているのを確認している。
「王都からの増援部隊が来たかな」
「どうします?」
「当然撃破する。両翼に部隊を展開して包囲殲滅だ。翌朝、夜明けと共に敵を攻撃する」
別働隊は、すぐさま展開して翌朝に備えて待機した。
だが、攻撃開始と共に王国軍に突撃したアクスム軍は、思わぬ事態に遭遇する。
「敵が居なくなっただと」
先日まで敵が居た場所には誰もいなかった。
「はい、敵は夜間の内に撤退したようです」
「二万の部隊が迅速に撤退できるものなのか?」
「解りません。ただ、敵は敵はこの先に防御陣地を築いているようです」
「今度は逃げないだろうな」
「どうもこの先の町にマナッサスに大規模な軍需倉庫があるようです。ここを護るために牽制で出したのでは?」
敵の行軍を中断させるため、あえて戦う姿勢を見せて交戦直前に撤退する戦術がある。
行軍隊形から戦闘隊形への変換には半日以上かかる上、進軍を再開するのにも時間がかかる。そのため相手を嵌めれば一日は敵の行動を制限できる。
「大きいのか?」
「軍団を受け入れられる規模だそうです」
「そうだろうな」
敵は、大型の軍需倉庫があるのだから、護ろうとするはず。
ここを奪われたら、自分たちの食料が足りなくなる。
「早速攻撃して占領しましょう」
副官が急かすように言った。
咎めるべきだが、無理も無い事とも思った。このところ強行軍を続けており、ろくに食べていない。
夕方頃に、町や村を襲って食料を確保して食べていたが翌日には進軍してしまう。そして運良く食料を確保できる保証も無く、食事なしで過ごすこともあった。
それが五万人も居る。
幸い、沿線は町や村が多く、食料の備蓄も多かったが、五万だと不十分だ。
それに、獣人は体力が強いが食欲も大きい。
人間と同じ量ではたりない。
しかし、軍需倉庫なら数万の大軍を一月ほど養える量が保管されているはず。
これを奪取して、腹に収めれば王都まで十分持つはず。同時に休息場所も確保出来るだろうから問題なしだ。
「よし、夜間に奇襲占領して確保するぞ。陣形はそのままにして前進」
陣形変換の時間が惜しくてテイラーはそのまま前進することを選んだ。いちいち変換していたら一日か二日くらい時間を無駄にする。
そして敵が食料をはじめとする食料を燃やしてしまうのを恐れて、奇襲占領しようと考えていた。
だが直前になって中止となった。
夜の間に、密かに侵入して占領する予定だったが、夜の間にも敵が増えていた。かがり火の焚かれる範囲が広がっており、敵が増強され警戒を増していることが手に取るように解った。
「夜襲は中止だ。このまま攻めると混乱する。翌朝、敵を正面から攻撃する」
テイラーの下した決断が伝えられると、アクスム軍は不承不承ながら従った。だが一部の部隊への連絡遅延と意図的なサボタージュで、命令書が届かず、勝手に夜襲を始めた。
だが結果は散々だった。
かがり火に照らされて、可視範囲が広がっていたこともあり、夜襲部隊はあっという間に見つかり、王国軍の一斉射撃を喰らった。
一部は陣地に突入したが、増援に攻撃され全滅してしまった。
「やはり増援は居たか」
かがり火を盛大に焚いて、数を大きく見せかけているのでは、とテイラーを始めアクスムの諸将は思っていたのだが、当てが外れた。
「やはり、翌朝より正面攻撃しかない。攻撃準備を整えてくれ。それほど眠っていないだろうが、それは夜襲を受けた敵も同じだ。明日は勝てるぞ」
翌日、マナッサス会戦と呼ばれる戦いが始まる。
そしてそれが王国のみならず、この世界の運命を決め、力を見せつける重大な一歩となることを、一部を除いて誰も知らなかった。




