帝国の鉄道問題
「まあ、感染症は協力できる範囲で感染症対策の部門に任せるとして、俺たちは鉄道会社の支援を考えよう」
テルは用意させた書類に目を通す。
そして、数分後にはうんざりした。
「しかし、収支が酷いな」
各社の収支がほぼ全滅。前年同月比で九五パーセント減少、売り上げは本来の五パーセントというのは酷い。
「それ以前に発足した時から国鉄時代より利益が減っているような感じだが。利益は大きいが売り上げが減っている。あー、なんていうか単価の高い奴が増えている」
「分野別でも会社を民営化したからな。いくつかは各社に分割されたが、そのまま独立したところが多い。で、連携がとれなくなって収入源が減っている」
「? どういうことだ? 沿線開発はやってきて収入を得ているんだろう」
「私鉄ならね。都市圏で行うには良い。けど国鉄は帝国全土で利益を出していた」
「いまいち分からないが……」
「軍隊にいた時、長距離だと人員の輸送は飛行機が多いよな」
「ああ、でもお前は鉄道好きで列車を好んだよな」
「お前だってベッドの上で眠れるから使っていただろう」
「そうだな。けど長距離列車が少なくなった」
「それだ。分割されたんで会社を跨いで走る列車が少なくなった。それが利便性を損ね、利用者を減らしている。会社間で利潤の分配や手続きやらで面倒だからな。だから各社は会社内で列車を走らせることを好んでいる」
他にも相互乗り入れを行うと、他の会社で事故などで遅延すると自社のダイヤも大きく乱れる。
通常でも、利益の出る列車、自社内で走らせると高収入が見込める列車を、他社からの直通列車との兼ね合いから断念しなければならないことも多い。
各社共に自社の利益を最大限に引き出すため、会社を跨ぐ列車を順次廃止してた。
長距離客、特に短時間で移動したいお客様が飛行機に流れたのも大きい。
「それに旅客列車は短距離の方が乗客が多くて儲かるし、コストが安い」
人の移動は人口が多い場所ほど、そして近い場所ほど多くなる。
そのため都市圏あるいは都市と都市の間が狭ければ狭いほど人の行き来が多い。
鉄道の得意とするところは高速大量輸送だから人口が多く短時間で移動できる場所が優れている。
日本で言えば首都圏の東京都心と副都心群に埼玉、横浜、立川、その他周辺土ベッドタウン群。そして関西の大阪、京都、神戸間。
日本の大手私鉄の殆どが、人口密集地帯に多いのは利用者が多いためだ。
「だから、各社は自分の会社が持つ都市圏で列車を多く走らせる事を求めている」
「でも、そんな場所少ないだろう。人口が希薄な地域もあるだろう」
「そういうところは非常に厳しいよ。実際辺境ほど赤字が酷い」
人口希薄地帯は鉄道に取って悪夢だ。
利用客が少ないので収入がない。なのに路線長は異常なほど長い、そのため保線、維持に多大な費用がかかる。
路線長でランキングを作っていた事で順位付けをテルは幼い頃にしていたが、それがとんでもない間違い、路線を維持するだけの経費を出せるかどうか、維持費以上の収入を得られるかという観点が欠落していた事を大いに恥じた。
それ以降勉強して経営を、会社を存続させるためにはどうすれば良いか考えている。
「あと軍隊の装備品の多くは貨物列車で輸送するよな」
「ああ、飛行機で運べば早いけどな」
「すげえコストがかかる。最低でも航空機は鉄道の十倍だ」
「そんなに酷いのいか」
「だから鉄道輸送を行うんだ」
「最近の軍は機械化と線路への妨害が酷いんでトラック輸送に変えているぞ」
「車は短距離なら優位だ。小回りがきくし、線路なしで輸送できる。爆破されても道路があれば迂回できる。傾斜にも強い」
鉄道は二〇パーミルの傾斜でも上りにくくなる。だが車は六分の一勾配、一五〇パーミルでも上れる。
「その分抵抗が高くて燃費悪いがな」
車の走破性が高いのはタイヤと地面の抵抗が高く、滑りにくいからだ。だがこの長所は動くときに抵抗が高くなる、というマイナスを持つ。
鉄道は自重の五十分の一の力で運べる。
電車の自重は、およそ四〇トン。一〇〇〇キロ分の力を出すことが出来れば、体重三〇キロの小学生でも、自分と同じ体重を引っ張る力がある場合、四〇人もいれば、動かすことが出来る。
自動車は単純計算で、その八倍ほど必要だ。
空の自動車は人一人でも押すことが出来るが、これは自動車の重量が一トンと、電車の四〇分の一程度だからだ。
「だから、長距離、およそ五〇〇キロ以上は鉄道輸送が良いとされているんだ。戦車なんかの大重量装軌車両――キャタピラで動く車両は百キロ以上だと確実に鉄道輸送だ」
「確かにな」
腹違いの姉が装甲部隊に所属しているオスカーは同意した。
戦車というのは非常に防御力も攻撃力も高いが、その分重く、動くだけで負荷がかかり、長距離を走るだけで何処かが壊れる。
壊れた重たい部品を交換するだけで重労働だ。
だから鉄道輸送は装甲部隊に、帝国軍にとって必要だった。
「でもな」
「ああ、分割化されて路線が寸断されている」
各社共に民営化したために末端、会社の境界線付近の列車運転を少なくしている。
大都市圏から離れていることが多いから当然だ。
だが、そのために末端の駅への維持費がかさむのを嫌って、廃線を実行するところが出てきている。
廃線しません、列車を廃止しませんと民営化の時、ポスターで宣伝していたにも関わらずだ。
国鉄時代に言ったことだから、民営化した今は違います、ということだろうか。
「おかげで軍隊の輸送に問題が出ているよ」
帝国各地へ部隊を輸送する必要があるのに線路が寸断されてしまってはどうすることも出来ない。
通じている路線を使って迂回する必要がある。
「それにもし使っている路線が破壊されたら、迂回も出来なくなる」
「父さんが鉄道網を作りまくったのもそういうことなんだよな」
昭弥が、鉄道を作るとき、放射線状の線路と共に大都市周辺を中心に環状線を作り上げた理由もそれだった。
郊外にバイパスを作ることで中心部へ向かう路線の交通量を減らすのが目的だったが、万が一、災害などで線路が破壊されても迂回して必要最小限の輸送が出来るようにするためだった。
だが各社は採算不十分として廃線にしている。
「まあ、需要が少なくなれば減らすのは当然だが」
「なら代わりの列車を走らせれば良い」
「そんなのあるのか?」
「あるよ、貨物列車だ」




