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感染症対策

「今取り組むべき問題は疫病、感染病対策だ」


 パンデミックの状態のため、移動制限がなされている。

 鉄道は経済を円滑に動かすための道具であり、経済は人、物、サービスを金で媒介し動かす事である、というのがテルの父親昭弥の考え方だ。

 しかし、人との接触が感染症防止のために制限が加えられている。この状況では商業活動、契約を締結するための商談や連絡調整が不可能だ。


「だが、全てを停止するわけにはいかない。拡大防止の措置を執りながら順次再開する」


「感染症が増えないか?」


 テルの言葉にオスカーは尋ねた。


「経済が止まったら物資不足になって結局終わりだ」


「経済と人命、どちらが大切なんだって左派の連中が五月蠅くなるぞ」


「それこそ馬鹿げた話だ」


 命と経済、どちらが大切か、という二者択一を真顔で迫ってくる人間がいるがテルは馬鹿げた話だと思っている。

 本人は命が大切なのは明らかで他に大切な物はない、という思いが誰よりも真剣なのだろう。

 だが、テルにしてみれば、愚かでしかない。

 その命を保つためには食料がいる。その食料を得るには経済行為、働いて給与を得て購入する必要がある。その食料を作るにも畑を購入して、種を買い、肥料を買い、水――利水料を払う必要がある。育てている間、面倒を見るのに人手が必要だし、種付けと収穫の際には大勢の人手が居る。

 それらは全て経済行為だ。停止したら一年ほどで食料は無くなってしまう。

 そもそも食料を大量消費する都市に輸送することも経済行為、鉄道を走らせる事もそうだが、積み込みなども商業行為だ。インフラ維持に必要な人材――エッセンシャルワーカーとか言っているが彼らは経済から離れた存在だと思っているのだろうか。

 だとしたら世間知らずの馬鹿か、妄想の中でしか生きられない頭がお花畑の人、あるいは知っていて扇動する確信犯だろう。

 人命も大事だし経済も大事。

 車の両輪のような物だ。

 拍手をするとき右手と左手、どちらが重要か、叩く側と叩かれる側、どちらが重要か、必要な物はどちらか一つ選べ、そしてそれだけで拍手しろと言っているに等しい。


「勿論、感染症対策はおこなうよ。それでも運転は行う」


 ただ、テルは感染症拡大防止のために基準を設けた。


 物資の輸送を円滑に行うため、貨物は最優先。

 また、医療人員の輸送のために最低限の旅客は残す。

 感染の酷い地域は通過、停車しても乗車、降車は認めない。

 個室を中心に販売、乗車率を五〇パーセント以下に抑える。

 遊休寝台車両を改装し感染症患者、濃厚接触者の隔離施設として活用する。

 清掃の徹底、そのための人員を失業者から臨時に雇い、感染対策と雇用を纏める。

 検修人員を確保するためにも本数を減らしている。半分を待機させ残り半数で作業を行わせるためだ。片方に感染者が出ても片方が機能する。

 接触をできる限り避ける。

 マニュアルの徹底。

 連絡事項の明確化。


「これらを徹底させる」


 メモを書きながらテルは言う。


「結局従来の感染症対策と変わらないな」


「基本を守れるかどうかだけだよ。あと、感染症の感染経路に合わせて、感染を絶つように柔軟にルールを決めるだけだ」


「なあ、感染を減らすために乗車率を下げるんだろう。なのに運休の車両を増やしてどうするんだよ」


 テルのメモ書きを見たオスカーは疑問を口にした。


「運転している車両に人が集まらないか」


「ロックダウン、完全封鎖で人の動きを止めるから乗客の数は増えないから大丈夫だ。それに車両の検修余力と乗務員の余裕を作るためだ」


「検修余力?」


「そうだ安全に走らせるために車両には定期点検が求められている。それを行う検修員に感染者が出たら停止する。電車の運転をできる限り少なくして検修までの期間と走行距離を伸ばす。期限が迫っている車両は繰り上げて余裕を作るんだ。万が一検修員に感染者が出ても良いように」


「そこまでするのか」


 その時レイが報告書を持ってやってきた。


「報告します。車輌製造センターで感染者が発生しました。念のために工場には二週間の操業停止と作業員の全員検査を命じました」


「よし、わかった。対応ありがとう」


 報告と対応を聞いてテルは安堵した。

 感染者が出て工場に蔓延したら大損害だ。


「しかし、操業停止は痛な」


「でも工場の作業員に大量の死者が出たら操業再開も無理だ。納入されない間は既存の車両をやりくりして貰うしかない」


「検修員の感染症対策は大丈夫なのか?」


 製造ラインだったとはいえ、いずれ検修にも感染者が出ることが頭によぎったオスカーは尋ねた。


「できる限り進めている。職場の徹底的な消毒をな。万が一出ても、殆どの工場は二チーム制で更衣室も食堂も別々にしてある」


「そこまでしているのか」


「食中毒対策だ。万が一、食中毒が発生しても片方が業務を継続できるようにしてダイヤを維持するためにね」


 検修区だけでなく運転区や大規模な駅でも行われている。小さな駅でも二チームに分かれてそれぞれ別々の店から食品を購入するようにしているのだ。


「短時間でよくそこまで出来たな」


「何を言っているんだよ。パンデミックの前から、父さんが会社を作り上げた時から、こんな感じだ」


「マジか」


「ああ、インフラを作るんだからね。感染症や食中毒で鉄道員が全滅しないようにできる限りセクションを分けて被害が拡大しないようにしていた。勿論、連携が分断されるのを防ぐように配慮していたけどな。お陰でこの状況でも鉄道はなんとか運転できている」


「すげえな」


 テルのすごさはアルカディア中央士官学校時代から見ているオスカーだったが、その父親である昭弥も噂に違わず凄かった。

 生前から半ば伝説化、神格化しているため、あまりにも突飛な話が多く話半分に聞いていた。

 だが、実際に採用し導入させた方式が有効に発揮しているところを知らされると、改めて凄さを実感させられた。

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