会見
鉄道省の控え室に一人の軍人が入っていった。
数年前に設立されたばかりの空挺軍――パラシュートで敵陣に降下する帝国の斬り込み部隊の制服を着込み大佐の階級章が肩に煌めかせている。
胸に輝く多数の略章は、空挺軍に相応しく激戦を幾多もくぐり抜け、落下傘の記章は彼が正真正銘の空挺部隊員である事を保証していた。
だが、幾多の戦歴を威張ることはなく、朗らかな笑顔で来客に挨拶をする。
「失礼いたします。大臣がお呼びです」
「君は?」
控え室で待っていた人物はぶっきらぼうに尋ねた。
「殿下の御付武官をしておりますオスカー・スコット大佐であります」
銀色の飾緒――御付武官の証を下げた空挺軍大佐は答えた。
「武官がこのようなこともするのかね」
「就任して日が浅いため、人が少ないので」
「ふん、まあいい、とにかく案内し給え」
「はい、こちらへどうぞ」
傲慢な態度の来客に嫌な顔一つせずに大差は案内した。
「急げ、私を誰だと思っているんだ。私には軍の高官にも友人がいる。大佐程度なら飛ばすのは簡単だぞ」
「……肝に銘じておきます」
「うむ」
固まった笑顔のまま銀の飾緒を付けた大佐は大臣室へ案内した。
「就任おめでとうございます殿下」
入った瞬間、来客は通路で御付武官にみせた横柄な態度は消え失せ、大げさな笑顔で祝辞を述べた。
「ありがとうございます」
それを大臣室に座る黒目黒髪の青年は静かに頷いた。
少々目つきが悪いが写真のままの姿であり、多少の表情の悪さは無視することにした。
「もしご助力が必要なときはなんなりと言ってください。全力で達成いたします」
「ありがとうございます」
大臣は再び同じように静かに答え頭を下げた。
反応の薄さに鼻白むが、大臣室を後にした。
「あんな口先だけの奴を相手にしなくちゃいけないのか」
眉間をさらに険しい角度にして大臣席の青年は尋ねた。
「態度も悪いね。迎えに行ったら、たかが大佐くらい飛ばせると」
「はんっ、俺もずいぶん甘く見られた物だ」
武官の言葉に大臣席に座っていた青年、いや悪ガキは口端をゆがめて吐き捨てた。
「そろそろ休憩しませんか?」
入ってきたのは、プラチナブロンドをショートカットに纏めた碧眼の人物、テルの専属執事を務めるレイ・ラザフォードだった。
「どうぞ大臣」
すらりとした身体を皺一つない執事服で包み武官に近寄り手に持っていた銀の盆のお茶を勧めた。
「そうしようテル。この服がきつくてもう限界だ」
大臣席の男はそう言って椅子から立ち上がり、厄介者の排除とばかりに上着を脱ぎ始めた。
「そうだね。そろそろ悪いか」
そう言ってオスカーと名乗った武官は同じく上着を脱ぎ始めた。
「ありがとなオスカー」
「あんまりやりたくないぞテル」
中央士官学校以来の友人であるテルとオスカーは互いの制服と共に身分を元通りに入れ替えた。
テルとオスカーは登庁してすぐ、来客がある前に制服を交換して入れ替えていた。
元々、二人は黒髪黒目のため非常によく似ている。
そのため、出会った事のない人間は一目で見分けることは難しい。
しかし、二人が並ぶとテルの方は育ちの良さが、オスカーは育ちの悪さが表に出るため、区別しやすい。
より親しくなれば、片方がいなくても二人を区別できるため上官、部下、家族の間で二人が間違われることはない。
だが逆に言えばテルに興味のない人間には見分けが付かないため、入れ替わっても気がつかない。
そのことを利用してテルは人物の観察をするため制服を交換して入れ替わっていた。
脱ぎ始めたテルを見てレイはお盆をテーブルの上に置きテルの着替えを手伝う。
「しかし、あんな連中を相手にしないといけないとはな」
テルはうんざりしながら言う。
自分の悪く言うのは構わないが友人であるオスカーをあからさまに悪く言うことが、テルは許せなかった。
「何、平気だよ。俺は元々平民の出だからな問題ないさ。でも、さすが殿下だな、媚びへつらう人間が多い」
「鉄道大臣としての権限と疫病対策の全権を与えられたからね。その利権をもぎ取りたくて伺ったんだよ」
着替えながらオスカーと話すテルの言葉は事実だった。
大臣に就任して以降事実上の皇太子として顔を売っておこうという者が多く、面会を求めていた。
ただ局長や次官級エースの人物が多く、大臣としての付き合いが多くなるので無碍にも出来ない。
それに実際に一緒に仕事をする必要があるが、為人を把握しておく必要がある。
だが、彼らはテルに会うと猫をかぶりひたすら笑顔でご機嫌取りをするだけだ。
だから、どのような人物かわからない。
そこで、入れ替わって侍従武官を装ってテルが観察していたというわけだ。
二人が話している間にもレイはテルの服を素早く脱がすとオスカーから上着を受け取り皺を伸ばした後、テルに着せる。
着替えが終わるとレイは持ってきたお茶を淹れて二人に差し出すと退室した。
「相変わらず優秀だな」
テルのおつきとして軍隊にいたこともありオスカーはその頃からレイのことは知っていた。
現役時代も公私にわたって絶えずそばにいて副官はもちろん従卒のような働きをしているのをオスカーは見ていた。
「ああ、レイは優秀だよ……殺したくなるくらいにね」
テルは冷たい声で呟いてオスカーの背筋を冷やした。




