木の肺と血清
「言われたとおり集めたぞ」
翌日には不要とされる旧式冷蔵庫が屋敷に山のように集められていた。
家庭用の冷蔵庫が普及し始め、旧式の冷蔵庫は不要になって捨てられていた。
なので帝国中から集めることが出来た。
「こいつを使って人工心肺装置を作る」
「出来るのか」
「冷蔵庫は基本的に外気を遮断するために密閉性が良い。中の仕切りを剥ぎ取って体を入れて頭を出す部分と掃除機で内部の空気を吸い出す吸引用の穴を作れば同じだ」
「レコーダーは何に使うんだ」
「大気圧に戻すための弁装置を動かすために使う。モーターの回転速度を調整する事が出来るから、呼吸数の調整がし易くて、丁度良いんだ」
「……相変わらず周りの不用品を再利用する技に長けているな」
日常でも電球の交換ぐらいしか出来ないオスカーに対して、テルは洗濯機のモーターが故障してを分解して清掃し修理して元に戻し動かすことが出来る。
戦場では物不足になっても、テルが廃墟のような建物からゴミみたいな部品を集めてきて便利グッズを作ってしまう。
撃墜された車両や航空機の無事な部分を寄せ集めてニコイチした事もある。
射耗してライフリングの無くなって命中率がクソになった砲身を利用して化学反応炉を作り出した時には慣れていたハズのオスカーも唖然としたものだ。
「ずっとやってきていたからな」
だが週一で兄弟姉妹の魔力暴走と母のお仕置きで家が吹き飛ばされて、家財道具が粉々になり、使える部品を組み合わせて最低限必要な物を作り上げる生活を長年続けていたら身につけてしまったテルには何時もの事だった。
「はあ」
そんなテルは熱っぽい息を吐いた。
書類を書く手が弱々しい。
「大丈夫か」
「感染しているらしい。熱が出始めている」
今のところ、若い人に重症者は出ていないが、感染者が密集している場所では重症化しやすい傾向がある。
「病原菌が多く外から流入するほど重症化しやすいのかもしれない」
「お休みになってください」
「そうもいかない」
やることは沢山ある。
馬鹿な領主が司令部のスタッフを隔離してくれたおかげで、仕事量が増大している。
「それで一つやって欲しいことがあるんだが」
「何だ」
「感染回復者の血液を集めてくれ」
「何をする気だ?」
「遠心分離機にかけて抗体を取り出す」
鉄道に使う化学製品、潤滑油の不純物判定などに使う遠心分離機をテルの父親である昭弥は開発していた。
その応用で血液の分離に使用して医学の進歩に役立てていた。
「血清を注入すれば回復するかもしれない」
身体の中の抗体は病原菌を見つけると攻撃するが、どんな病原菌を攻撃するか理解できなければ攻撃できない。未知の病原菌などそうだ。
そこで、知っている別の人間の抗体を注射することで患者の抗体に教えるのが血清療法と呼ばれる方法でありテルはそれを試してみることにした。
「危険じゃないんか」
「ああ、危険だ」
勿論、欠点はあるし、これまで実行しなかった理由がある。
まず血清には不純物が多く抗体が少ない。そのため十分な効果が発揮できない可能性が高い。
そして、人の抗体が他人には有害と言うことがある。
抗体は小さいウィルスを攻撃する事はできず、感染した細胞を攻撃する。
そのため正常な細胞を間違って攻撃する事もあり、最悪の場合全身に炎症が起こり多臓器不全で死亡する可能性がある。
頭が良くぶっ飛んでいる妹の相手をしていたためテルはその手のことに専門家ほどではないか詳しかった。
「やめておけよ薬はできるんだろう」
「ワクチンか? 短期間にできそうにない」
ウィルスに効果的なワクチンだが、それは弱毒化、あるいは無毒化したウィルスを注入することだ。
わざと弱いウィルスを入れることで抗体に覚えさせるのだ。
だが弱いウィルスを見つけ出すのに時間がかかるし、生産にも時間がかかる。
テルは自分の病状が急速に悪化しているのが判った。
下手をすれば思考がおかしくなるかもしれない。その前に冷静でいられる内に治療を行おうと決意した。
勿論それで悪化する可能性もあるが、何もしないよりマシだと判断していた。
「軍医にも診断して貰ってやって貰う」
「自ら実験台になるのかよ」
「高価な実験をその身に提供できるのは偉い奴の特権さ」
皮肉げにテルは言う。
確かにテルは特権階級で最高の医療が受けられるが、それが常に良いとは限らない。
かつてある王が評判の医者を呼び寄せたが、その医者の持論が「歯が万病の元」という考え方の強固な支持者で巧みに王を丸め込み、歯を全て抜いてしまった、という話が伝わっている。
当時は最先端でも現代ではとんでもないエセ療法ということは多い。
「それに誰かが確かめないと無理だよ」
そして、誰かが確かめなければ有効な治療法は見つからない。
「兎に角やってくれ」
「あ、ああ」
軍医に命じて血清の注射を行わせた。




