感染拡大
「テルは大丈夫なのか?」
ベッドの上に座るテルにオスカーは話しかけた。
「今のところは」
「ならば指揮所に移るか?」
「そんなこと出来ないよ」
もしテルが感染していたとしたら、指揮所の幕僚がテルから全員感染して指揮系統壊滅という事態になりかねない。
連絡業務で他の部隊も来るので、他の部隊へ拡大することもあり得る。
そんなことになれば救援組織は全滅。感染拡大を止めることは出来ない。
「感染の疑いがある内は隔離だ」
「じゃあ患者らしく大人しくベッドの上で寝ていろよ」
「一人で寝ていられないよ」
隔離病室でもテルは指揮を続けた電話ごしの指示になるし、資料を送って貰うだけだが感染を拡大させない範囲で、できる限りの事はしていた。
「なんだ?」
その時中央階段の方から騒ぎが聞こえた。
「どういうことなんだ!」
規定違反だったがドアを開けてみると中央階段で領主が怒鳴り散らしていた。
「なぜ主である私が屋敷の中を歩くのを妨げられなければならないんだ!」
「感染拡大を抑えるためです」
「私が病気だというのか!」
口から唾を飛ばしながら領主は叫ぶ。
「ええい、どけ!」
領主はスタッフを突き飛ばして中央階段を降りていった。
そして本部となっている一番下のホールに入り叫ぶ
「おい! お前ら! 人の屋敷に伯爵である自分にこのようなことをして許されると思っているのか! 兵達を集めろ! 今すぐ」
そこで領主の言葉は消えた。
背後からやってきたテルが顎に強烈な一撃を食らわして脳を揺さぶり気絶させたのだ。
「済まなかったな皆」
テルは言葉少なげに言う。
「本部は別の建物にしておくべきだった。今からこの建物全体がレッドゾーンだ。別の部隊に指揮を任せて君らも隔離する」
重苦しい空気が場を支配したが反対する者はいなかった。
感染が疑われた場合どのような事になるか全員が言われていたしテルが率先して従い身を以て見せていたからだ。
「感染拡大は収まらないか」
領主の馬鹿によって病棟のスタッフが全員隔離されて数日後、感染状況を確認したテルは悪化していることを悟った。
すぐさま隔離したので新たな接触者は生まれなかったが、スタッフに感染疑いが出てしまい多くが隔離。
その際の引き継ぎの混乱で、町の方の封鎖に穴ができてしまい、感染者が外に出てしまった。
それにスタッフの中にも症状が出ている者もいる。
「追跡を進めているが」
「全部は無理だろうな」
オスカーの報告をテルは継いだ。
全ての接触を把握するのは無理だし、別の動物に感染している場合もある。
「それでもやってくれ、どんな感染が多いのか把握する必要がある」
「おう」
それでも感染ルートの追跡は必要だった。
感染の仕方を見ることで、感染方法――空気感染、接触感染かで対応が違うし、感染しやすい人の特徴が分かる。
感染しやすい場所や状況、感染しやすい人が判れば、その状況を回避し多くの人を救うことができる。
「多分、接触感染だと思う。空気感染にしては、感染が低い」
患者の発生率を見る限り、爆発するようには増えていない。
一家の一人が感染して家庭内に持ち込み広がるような広がり方だ。
不衛生な環境だが、町全体にすぐさま広がっているようではない。
「症状としては呼吸器系の異常が多い。肺炎で亡くなるのが主な原因と言っている。人工心肺装置が必要だと軍医は言っているが」
「人工心肺装置が必要か」
人工心肺装置は呼吸器――肺が機能低下した時、代わりに呼吸を助けてくれる装置だ。
のちの首に穴を開けて気管に挿入すするタイプではなく、鉄の箱と呼ばれるドラム缶のような金属の筒に体を入れて、頭だけ外に出す。
そして空気ポンプで筒内部の空気を吸い出して気圧を低くして陰圧にして、大気圧のままの肺を広げたあと、筒の弁が開いて外気を取り入れ内部を大気圧に戻すことで肺を萎ませる仕組みだ。
ただ、大がかりな装置のため家一件分か車一台分の値段がしてしまう。
大病院にしかない装備だ。
「死人を増やさない事が大切なんだが」
何もせずに死んでいくより治療して回復して貰いたい。
しかし、機材がない。
「おい、調達を頼む」
「帝国中の病院からかき集めても足りないみたいだぞ」
「いや、人工心肺装置じゃない。旧式の木製冷蔵庫だ。それと掃除機とレコーダー。掃除機は家電で型落ち品で大丈夫。レコーダーは国鉄で売っているハズだ」
「分かった。すぐに持ってくるよ」
テルの命令ですぐに旧式の冷蔵庫と掃除機、そしてレコーダーが集められた。
「こんなものどうするんだよ。氷が無いと使えないぞ。まあ、製氷機はあるけどな」
旧式の冷蔵庫は一見、二つの冷蔵室がある木箱ように見えるが、上は冷却用の氷を入れる扉で、冷蔵室は下のみだ。
上に氷を入れなければ下が冷えない。
元々昭弥が生鮮食料品輸送のために冷蔵庫を作ろうとしたが、当時の技術では冷却装置が恐ろしく巨大になって仕舞ったため、地上配置型製氷機を主要貨物駅に配置して、冷蔵車に氷を届けて冷却する仕組みにしていた。
その後、食堂車を製造した時、狭いスペースに置く小型旧式冷蔵庫も登場。使い勝手が良いため、家庭用に販売されていた。
しかし、日進月歩の技術革新、小型高性能のコンプレッサーと冷媒ガスの発明により冷却効率が向上。家庭用電源で動く冷蔵庫が誕生し、氷を入れなければならない旧式冷蔵庫が不要になっていた。
「今じゃ粗大ゴミ回収ナンバーワンだぞ」
「ああ、だから大量に余って、いや捨てられていただろう」
テルはにやりと笑って実行させた。




