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初期対応

 領主を黙らせるとテルはすぐさま指示を行った。


「屋敷の本館を病棟にして、厩舎を倉庫にするんだ。馬は近くの牧場に預けろ。隔離することを忘れるな! 離れを無人にして医療スタッフを入れ司令部にするんだ」


 そして屋敷の図面をテーブルの上に広げてゾーニングを指示する。

 ゾーニングとは疫病が発生した時、治療とスタッフの安全と休息を確保するために二つのエリアに分けることだ。具体的には

 グリーンゾーン――疫病から安全な場所を確保するためのエリア。

 レッドゾーン――疫病に感染する危険のある場所を本館に絞り、感染を広げないようにするためのエリア。

 このように分けることで感染拡大を防ぎつつ、スタッフの安全を確保すると共に休息できる場所を確保するのだ。

 当然本館に屋敷の人間、テルを含めて集め出られないようにする。

 領主は文句を言っていたが、なんとかなだめた。


「とんでもないことになったな」


 防護服姿、マスクに白衣、度の無い眼鏡をかけた男、テルの部下であり友人であるオスカーが話しかけてきた。

 感染症対策のためだが、結構不気味だ。

 それでもテルは平然と答える。


「まあね」


 いきなり疫病患者にばったり会うなんてテルも予想外だった。


「まあ、弱毒性だろうから大丈夫だろうけど」


 疫病は人に対する毒性が弱いほど感染が広がりやすい。微熱以下の悪影響しかなければただの風邪だと思い人は普段の行動をしてしまう。

 強毒性――人への害が大きすぎると感染者自身が寝込んだり、死亡したりして行動できなくなり、結果的に感染症は広がりにくくなる。

 一般に流行しやすいのは弱毒性、初期症状が軽い病気だ。たちの悪きことにこの感染症は運が悪いと重症化する。軽傷で動ける人間が歩き回り周囲に疫病をばらまき、感染者と運の悪い重症者を生み出していく嫌なタイプだ。

 重症者が出てきたらその周辺を隔離することで感染拡大を防ぐのが一番だ。


「閣下、報告が上がってきています」


 防護服に身を固めた兵士がやってきた。


「市内も下町を中心に肺炎患者が出ています」


「市中感染か」


 市内のあちこちで感染者が出ている状況だ。


「地区ごとに隔離するんだ。工場も操業を停止させるんだ。この屋敷の方は?」


「症状が出ている方と出ていない方が出ています」


「中央階段を中心にグリーンゾーンを設定。各階ごとに隔離して様子を見るんだ」


「わかりました」


 ここ二日ほどテルは屋敷の中にいて、報告を聞いて指示を出している。

 今のところ目立った症状は出ていないが、感染していると考えた方が良い。

 感染が疑われるメイドに対して不用意な接触だったが、いきなり倒れてきたら助けないわけにはいかない。


「それで薬の方はどうなっている」


「いろいろ試しているが無理だ。結局、ヒーリングで治している」


 テルは軽い頭痛を覚えた。

 既存の薬が効かないと言うことは未知の病原体だ。

 ヒーリングは術者の技量、その病状に対するイメージを持っているかで効果に差が出る。

 例えば熱を出したとして、それが風邪によるものなのか、内臓疾患によるものなのか診断できなければただ熱を取り除いてお終い。病原を残しているため、再発、あるいは悪化する可能性が高い。

 ヒーラーが外傷専門となっているのは怪我がはっきり見えるからだ。

 そして疫病だと患者の数が多い百人に一人いるかいないかという貴重なヒーラーは疫病による多数の病人の前に魔力切れを起こして倒れて仕舞うのが落ちだ。


「それと医療列車に乗せてあった電子顕微鏡の写真が上がったぞ」


「そうか」


 テルはオスカーから写真を受け取った。


「どうもこれが病原菌じゃ無いかと言っている。ウィルスとか言う奴らしいが」


「半信半疑か?」


「ああ、目に見えない小さな奴が病原菌と言われてもよく分からない。それなのに電子なんたらだと判るなんて不思議だ。てか、どうしてそんな物があるんだ」


「元々、鉄道総合研究所で作られたから」


「疫病対策もしているからな」


 疫病が発生すれば広範囲に広がってしまう。

 治療手段がない状況では、隔離手段以外に方法がない。感染拡大が広がれば、待ちだけでなくその地域や一国自体を封鎖する必要が出てくる。

 だが隔離は人の動きを妨げる。

 遠くへ人や物資を運ぶ運送業である鉄道にとってそれは悪夢であり、収入源である輸送収入がなくなってしまう。

 運ぶものがないのは、輸送業としての存在意義がない。

 それどころか、鉄道の高速輸送により保菌者を遠方へ運んでしまいかねない。

 全国に鉄道網ができた結果、一日にして帝国のありとあらゆるところへ行けるようになったが保菌者さえも移動できるようになってしまった。

 これまでなら病気で家にこもっているしかなかったが、鉄道に乗れば、寝ているだけで何百キロも移動できてしまい、目的地でパンデミックを起こせてしまう。

 そのため昭弥は鉄道事業を広げると共に感染症対策も行い保健所や公衆衛生に力を入れていた。


「それもあるが、これは元々鉄道用の機械なんだよな」


「そうなのか?」


「ああ、合金の原子配置を見るための機械だ」


 新しい合金ができたとき、その配列が綺麗か否か確認するために開発されたのが電子顕微鏡だ。

 真空管から放たれる電子線を対象にぶつけて跳ね返ってくる電子線を画像化する。

 電子は原子より小さいので原子も見える。

 これを利用して新素材――鉄道車両の構造材の原子配置を見るために作り出した。

 ただ、医学方面、ウィルスの発見には多大な困難――電子顕微鏡の機能である高速の電子を当てるために観察対象である細胞を焼き払ってしまうなどの困難があったが技術者達は本一冊が書けるくらいの努力で解決し、ウィルスの発見、医学の向上に貢献した。


「これで病気を治せるな」


「いや、敵の正体が分かっただけだ」


 映像でウィルスの形からある程度、感染方法や増殖具合が分かる。

 そこから対処方法を定めるのだが、上手くいくかどうかは五分五分だ。


「まあ、何も分からないよりかは良いな」


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― 新着の感想 ―
[一言] 以前よりも文章に安定感が出たように思います。焦った感じがなくなり、落ち着いて読める文体になったように感じます。しばらく休んで良かったのではないかなと思います。これからも、無理しないでがんばっ…
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