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戦時下へ

「シチュー五人前追加!」


「はい! 今すぐ!」


 ジャンは大鍋からシチューをすくい取り、皿に移して盆に載せる。


「シチューお待ちどう!」


「おう! 貰っていくぞ!」


 盆に載った皿を係員が持って行く。もう一度大鍋の中を確認する。


「シチューがもうありません」


「次の鍋の用意は出来ているな。今度はそっちから取るんだ。ジャンは直ぐに新しいのを作ってくれ。!」


「はい!」


 チーフに命令されてジャンは残りのシチューを皿に移した後、洗い場に行って鍋を洗う。洗い終わると、ジャガイモ、人参、タマネギ、キャベツ、鶏肉を切り刻んだ後、牛乳、コーンを入れて煮込む。ひたすら煮込む。


「何をやっているんだか」


 かき混ぜつつジャンは思った。

 前の職場が嫌で、転属したが、そこは中央駅の厨房だった。

 外回りではないのでトムやガブリエルに出会うことは無いが、ひたすらキツい。

 食堂の厨房と言えば、殆ど人は居ないはずではなかったんじゃ。

 食堂の料理といえば値段は高いのに味は不味い、それが定番で閑古鳥が鳴いているのが定番。弾に来る客を相手に料理を作ってそれで終わりの楽な職場のハズだった。

 なのにこの駅の食堂は値段は安いのに味は最高。これでは常に満員御礼で厨房は地獄だ。


「サンドイッチが足り何手伝ってくれ!」


「ジャン! 後は大丈夫だ。手伝いに行け!」


「はい!」


 おまけに列車の中で食べられるように、サンドウィッチを作っている。それも飛ぶように売れるので人が足りない。

 大勢でサンドウィッチを数百食作り終えてひと息吐いていると。


「持ち帰り用のシチューが足りない」


「ジャン! シチューがソロソロ出来るはずだろう。行ってくれ」


「はい!」


 鉄道会社製の魔法瓶を客から預かり、一杯分のシチューを入れて渡す。

 列車の中で食べられるようにと社長が考え、開発し販売しているが、シチュー以外にもお茶とかお湯を入れられるので大ヒットしている。そのため増産に次ぐ増産で数が増え、食堂でシチューのお持ち帰りを求める客が増えている。


「あー、こんなんじゃだめだ」


 ようやく客を捌き終えてジャンは溜息を付いた。

 ガブリエルやトムは出世しているのに、自分はこんな底辺に居る。


「何とかして出世しないと」


 その時、大きな声が響いた。


「戦争だ!」


 構内に響いたその知らせは、駅の喧噪を消し去った。


「北の貴族達、アクスム、エフタル、周がルテティアに侵攻した! ユリア女王陛下は宣戦布告を行い戦争を決断。戦場となる地域へは一部列車の運休、運転打ち切りが行われる! 知らせをよく聞いて冷静に行動してください」


 会社が出来たばかりで駅員もこの手の知らせをどのように伝えれば良いのか解らないのだろう。

 だが、遠方の人間はともかく、地元のルテティア人は違った。


「やはり来やがったか」


「今度こそ叩きつぶしてやる」


「四勢力相手とは今度は長く戦えるな」


 戦争で領土を拡大してきたルテティアだけあって、非常に好戦的だった。


「これだ」


 ジャンは閃いた。

 これまでルテティアで名を上げてきたのは戦争で手柄を上げてきた人間だ。今の貴族や富農も戦争で手柄を立てて土地を貰ってきたのだ。 


「よし! 軍に志願して出世してやる! 今度の戦争はデカそうだ。出世のチャンスはいくらでもある」


 意気揚々とジャンはユリアの宣戦布告文で満ちた町中を駆け徴兵事務所に向かった。




 ルテティア王国の皆さん。私、ユリア・コルネリウス・ルテティアヌスは老若男女を問わず一人一人に語りかけます。

 今、王国は未曾有の危機に瀕しています。アクスム、周、エフタル、そして北方貴族の反乱。これらの軍勢は合わせて一〇〇万以上に上り、王国を攻め滅ぼそうとしています。対して王国の現有兵力は全てを足し合わせても二五万。帝国からの援軍を頼もうにも、セント・ベルナルドの峠は封鎖され、やって来る見込みはありません。

 だから、皆さんに頼みます。

 王国に協力して下さい。

 建国以来四〇〇年、我々はこの大地に進み、開墾し、発展させ、今日に至りました。

 最近では一事衰退も危惧されましたが、再び盛り返し未曾有の繁栄を遂げました。

 それを彼らは奪い、破壊しようとしています。

 私は決してこれを許しません。

 何故なら、それらは王国の国民全てが享受すべき物であり、他の何者であろうとそれを奪い破壊する権利は無いからです。

 ですが、彼らはやってきます。奪い破壊するためにです。

 私は、守ろうと決意し、徹底的に戦う事としました。

 しかし、敵はあまりに強大です。そのため私は王国の全てを動員して戦うことにしました。

 皆さんが驚き困惑するのは分かります。ですが、敵の攻撃に対して屈服することは、全てを奪われることとなり自分自身の破滅です。それを回避するためには、戦うしかありません。

 まして、我々が何代にも渡り、築き上げてきた王国を崩壊させないためにも。

 その意味を国民の一人一人が、魂に刻みつけているものであり、故に王国という抽象的な存在の危機では無く、自分自身の危機であると理解しているでしょう。

 だから、私は全ての国民をこの戦争に動員します。

 辛い時、苦しい時、悲しい時が訪れるでしょう。しかし、それらの試練に耐えて、結束を強め、戦い続けられると私は信じています。

 この国を存続させるため、自らの未来を掴むため、我々だけの力で戦い抜く覚悟を決め、進んで行きましょう。

 そして勝利し、平和な朝を迎えましょう




 ユリアの宣戦布告は、王国中に公布され国民の知るところとなった。

 カンザスの町にも魔術師のテレパシーを通じて受信され、町中に伝わった。

 同時に志願制だが義勇軍及び自警団の編入が発布され、町の義勇軍や自警団が軍の指揮下に入り、戦争に参加することとなる。


「トム、出征が決まった。俺も大尉として出ていくことになった」


 カンザスの町も自警団を中心に予備役などを集め、義勇軍を編成、参戦することになった。

 ガブリエルも農協青年部の部長として参加することとなり、これまでの農協での活動から新たに編成される義勇大隊の大尉、事実上中隊長として参加することとなった。

 そんな中、ガブリエルはトムの下を訪れた。


「お前も行くよな」


 尋ねたのは新たに編成される義勇大隊の名簿にトムの名前が無かったからだ。

 トムの真意を確かめるために駅を訪れた。


「いや俺は行かない」


「何でだよ。行ってくれると心強い。大隊長が鉄兜酒場のアデーレさんなんだ。お前の事を買っているから、俺と同級の大尉にしてくれるよ」


「そうしたいんだが、出来ない」


「どうして」


「宣戦布告文とほぼ同時に、これが送られてきた」


 王国鉄道員諸君。

 先の宣戦布告文を聞き、現状を知っていると思う。我が王国鉄道の存在意義は王国への貢献であり、いかなる問題にも王国と共に解決することが使命だ。

 そのために我々は短い期間ながら全力で取り組み、多大な成果を上げる事が出来た。

 故に王国は発展し、鉄道も発展した。

 だが、この戦争はそのような関係を破壊しようとしている。

 我が王国鉄道は全力で王国に協力する。

 故に全ての鉄道員に命じる。いかなる階級、職務にかかわらず、兵員への志願を禁止する。何故なら、鉄道こそがこの戦争の勝敗を決する存在だからだ。

 鉄道は既に王国の一部となっており、鉄道なしには王国は存在せず、王国なしに鉄道は存在しない。

 そのため、鉄道が機能不全に陥ることは王国が崩壊することであり、戦争の敗北となる。

 鉄道を支えるのは、一部の人間では無く、現場で活躍する鉄道員諸君だ。部品が一つ欠けても機関車が動けないように、誰かが抜けても円滑な運行が出来ないのが鉄道だ。

 だから、決して志願してはならない。

 自分の職場が戦争の最前線であり、勝敗を決する鍵となる。

 この言葉を理解せず、愛国心だと言って兵員になるのは敵前逃亡に等しい。

 忘れるな。鉄道こそ、戦争に勝つために必要な事だと。諸君らが己の職務を果たすことが、勝利への近道であると。


「とね。だから、この駅から離れる事は出来ない」


 確かに、現在鉄道はこの町に無くてはならない存在だ。

 聞けば貴族連合は鉄道を廃止するよう求めている。

 だからこそ王国側に付く事をカンザスの町は決めた。

 しかし、鉄道が戦争によって動かなくなることは避けなければならない。

 ガブリエルは納得し、トムに答えた。


「……わかった。本当は出てきてくれたら心強いんだが」


「ありがとう。俺は、ここで皆が戦えるように頑張る。ここが俺の戦場だ」


「頼むぜ戦友」


「ああ戦友」


 トムとガブリエルは固く握手した。

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