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石田准将

「失礼します。石田准将はいらっしゃいますか?」


「私です」


 医療施設に入ってきた伝令にテルが答えた。

 暗殺や誘拐の危険排除、何より日常的に皇族として見られるのを嫌ったテルは皇子であることを隠して軍務に就いている。

 石田とは、軍務に就いているとき名乗るカバーネーム――偽名でいろいろとお世話になっているチュニスの料亭の主人の姓だ。

 経歴もそこの料亭の息子という事になっている。

 父親が昔から付き合いがあり、テルも幼い頃からお世話になっているため、この経歴はうれしく思っている。

 カバー上の父親である石田屋の主人も第二の父親のようにテルは思っているが、普段温和なのに何故か当人が顔が引きつったような顔をするのがテルの悩みだった。


「何かありましたか?」


 テルが尋ねると、伝令は敬礼して答えた。


「統帥本部より至急出頭せよとのご命令です」




 リグニア帝国軍統帥本部。

 帝国軍最高司令部であり全軍の指揮権を握る皇帝直属の機関である。

 帝都中心部にある大理石で出来た五階建ての建物で各所にレリーフが施された重厚な建物に入っている。

 テルは、正面玄関から建物に入ると次長室へ向かった。


「どうぞ」


 部屋の主から許可を貰い中に入っていく。


「石田准将出頭いたしました」


「ご苦労」


 統帥本部次長ラナトゥス中将が迎える。


「済まないな急な呼び出しをしてしまって」


「いいえ、軍務であれば」


 テルは通常の軍人の言葉遣いをした。

 テルの正体を知る数少ない人物であるが、軍務中は他の軍人と同じように扱って欲しいと頼んでいる。

 だから、統帥本部の事実上の主――名目上、次長の上司である総長は大臣クラスのため他の省庁と折衝に赴くことが多く、本部には不在であることが多い。

 そのため目の前にいる次長が事実上の本部のナンバーワンだ。

 全軍の頭脳である統帥本部の内部を取り仕切るため、帝国軍の支配者と言っても過言ではない。

 そして、統帥本部付であるテルの上司である。

 今後も軍で活動することを考えれば、関係を良好にしておいたほうがよい。

 それに次長は有能だ。

 もしトラブルがあるとでも思われてテルの母親や兄弟姉妹が更迭する、といったら能力が劣る人間が就いてしまう。

 全軍の責任者であり統率者は重責を担える有能な人であって欲しいので、テルは波風を立てないように気をつけていた。


「それで、どの自分にご用が?」


 テルがこのように尋ねたのは、テルが統帥本部付の他にも役職を持っているからだ。

 統帥本部付と技術研究本部付、そして公表されていない部隊の隊員だ。

 その中のどの役職に対して命令を出しているのか、明らかにして欲しかった。


「今回は表向き統帥本部付としていってもらいたい」


 そう言ってラトゥナスは地図を出した。


「不可解な報告が入っているのはメディオラヌムだ」


「リグニアの内陸部の領地ですね」


「ああ、伯爵領だが先代が繊維業を近代化し工業化を促進して繁栄した町だ。いまは帝国でも有数の工業都市だ。ここの近くで重い肺炎を伴う疫病が発生したと報告を受けている」


 テルは身構えた。

 疫病は人類にとって重大な脅威であり、国力が跳躍し技術が発展した今でも変わらない。

 いや、むしろ重大な脅威である。


「知っての通り工業都市のため鉄道が何本も通っており新幹線も通じている。おまけに工業都市のため帝国各地から出稼ぎも来ている」


 万が一、疫病が発生していた場合、鉄道を通じて帝国全土に瞬時に流行してしまう。

 鉄道により移動時間は短縮され、流通も人の動きも活発になったが、人と一緒に動く病原菌も動きやすくなった。

 むしろ以前より疫病の脅威が大きくなったといってもいい。

 現状は感染症流行を抑えるため昭弥が作った保健制度の近代化と鉄道による食糧事情の改善によって人々の栄養状態が良くなったために病気に強くなっているが、一度はやり出したらあっというまに帝国に広がる。


「伯爵はなんと」


「かき入れ時のため働き過ぎで倒れる労働者が多いだけと言っている。代替わりしていてまともな報告を送ってこない」


 旧帝都リグニア近くは古くからの貴族領が多く帝国に対して半ば独立しているところが多い。

 鉄道によって豊かになった帝国だがその維持に貴族の支持は不可欠で下手に刺激できない。


「石田准将には、現地に赴き実地調査を行って貰いたい。そして必要な処置をとってくれ」


「了解しました」


 テルは即座に命令を受諾した。

 人知れず広がる疫病は魔神召喚より悪質だ。

 テルの妹が好奇心から呼び出した個体を勇者の力を持つ母親か兄姉が潰せば良いだけの魔神に対して、人に感染して広がる疫病は、感染源が守るべき人間である分余計にやっかいだ。

 別の妹が培養していた病原体がうっかり漏出して宮廷で小さなパンデミックが起きたときは本当に死ぬかと思った。

 そのためテルは疫病に対して脅威を抱いているし、適切な知識を頭と身体で覚えている。

 だから次長は、いろいろな訳ありの人材であるテルを送ることを決めたのだ。

 専門家に劣っているだろうが、必要な措置を軍人としての権限も活用して解決できると考えての事だ。


「人員は?」


「人選は任せるが、最初に入るのは少数、五人以下に抑えて貰いたい。メディオラヌムは軍が入ることを嫌がっている」


「手遅れになりませんか?」


「近隣に部隊を移動させておく。命令が下り次第、領内へ進撃させる。展開完了までに二四時間かかる。それまでに状況を把握し報告を。我々がどのように行動するべきかの意見と計画も添えてだ。あと、相手に通告し送り込むのは君を含めて五人以下だが、たまたま休暇で現地に入っていたというのなら仕方の無いことだ」


「了解しました」


 テルは敬礼して、退室していった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] タイムリーないネタ。 帝政とはいえ、社会主義国家じゃないのでこれは難しい。
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