スト終結
「組合側がストの終結を決定したよ」
ティーベの言葉に国鉄本社に設置されたスト対策本部の職員は歓声を上げた。
「やれやれ、意外と粘ったな。しかし危なかった」
後半を小声で呟く昭弥の額には冷や汗が流れていた。
モータリゼーションの発展で自動車への転換が進んでいた。
短距離輸送は自動車が有利であると昭弥が認めており鉄道の負担を減らすためにも自動車への転換を推し量ったためだ。
しかし、全てを自動車に委ねたわけではないし自動車に対する手綱も握っている。
自動車を動かすには燃料となるガソリンや軽油が必要だが、その燃料を大量に運んでいるのは鉄道だ。
特に原産地から製油所へ原油を運ぶルートと、製油所から消費地近くの供給基地までの大量輸送路は長距離大量輸送が得意な鉄道でなければ無理だ。無論、自動車でも輸送は行えるが燃料消費が激しく採算が取れないため、鉄道が担っている。
もし鉄道が更に運休するとなれば備蓄されていた原油、燃料を使い果たし、自動車による食糧輸送は危なかった。
事実、東日本大震災では被災地への救援物資輸送のために使われる自動車への燃料輸送の為、東京から被災地に一番近く無事な秋田の供給基地へ燃料輸送列車を震災数日以内に突貫作業で通している。
自動車社会でも鉄道の役目は非常に大きい。
更に自動車自体を作るにも鉄道による原材料、鉄鉱石や石炭を工場へ運ぶ役割があるし、製造された部品を各工場へ運んだり、完成した車を消費地へ運ぶのに鉄道が利用されている。
全てを自動車で解決する完全な自動車社会は不可能に近かった。
「自動車の限界という訳か」
「そういうことだ。まあ鉄道にも短所と長所があるからね。互いの長所と短所を補っていけば社会は成り立つわけ。それを上手く成立させようとしたんだけど、組合が邪魔をするんで潰させて貰ったよ」
サッカーの試合に勝利した選手のような明るい口調で昭弥は言う。全てが解決した後なので気が楽になっていた。
「組合にストをやらせて悪者にしておいて酷いね。けど、それだけなのかい?」
「鋭いね。国鉄の事業縮小も目論んでいた」
「どういうことだい?」
「自動車と飛行機の性能が良くなって鉄道だと勝負に勝てない領域が出てきている。実際長距離旅客や短距離貨物、生鮮食料品輸送は不利になっている。今回のストで鉄道が不利な領域に関しては、鉄道離れが進む。そうなるとその領域は縮小、撤退、廃止になる。合理化と合わせて余った人員は採算の取れる部門に配置転換すれば良い。人員整理も出来るし、組合の職員を排除できる」
「そこまでして事業を畳みたいのかい?」
「結局の所、鉄道は万能じゃないんだよ。技術の発展によって何とか勝負できるけど、それは飛行機や自動車も同じでね。相対的に優位というだけ。勝てない領域が出来るのは必然だから、そうした部門からは足早に撤退した方が良い。ただそれまでの契約とか惰性とか有るから今回のストで利用者側から足抜けするように利用したのさ」
「全面運休という帝国の一大事でさえ改変の要素にするなんてとんでもないね。でも副作用や損害も大きいよ」
予想していたとはいえ、貨客合わせて二〇〇万本近い運休を出した七日間の全面運休で三〇〇〇億リラ以上の遺失損害を出して仕舞った。
これからスト解除で徐々に動き出すとはいえ、回復ダイヤの混乱や滞貨した貨物の輸送など更に損害額は膨れあがるだろう。
「その通りだ。だから後始末をサッサと始めよう」
「楽しそうだね」
「まあ、殴られっぱなしもシャクだから、殴り返すところから始めよう」
そう言って昭弥は訴状、組合に対する今回のストで国鉄が被った損害額の補填を求める訴状に自分の名前を豪快に大きな文字で書き始めた。
「国鉄から違法なストによる損害に対する賠償要求が出てきました。金額は四〇〇〇億リラ。ストによる直接損害の他、これからの遺失損益を含む金額です」
「そんなの支払えるわけがないじゃないの」
スト終結後、組合で持たれた初めての会合でリシェコリーヌは部下の報告に苛立った。
財政が逼迫している組合にとても出せる金額ではない。出してしまったら組合は破綻する。組合費を上げるわけにも行かず、手詰まりだ。
「そもそもストは権利なのよ。それなのに損害賠償を求めるなんて! こうなったら徹底抗戦よ。要求は撥ね除けた上で、再び全面ストを行って要求を認めさせるのよ」
「それが、他の産業の労働組合から要望がありまして。これ以上のストは止めて欲しいと」
「どういう事?」
「好景気となり賃金がアップして労働環境が良くなる中、ストによって原材料が手に入らず操業を縮小されて賃金の支払いが滞るような事は止めて欲しいと」
「相変わらず鉄鎖に縛られた資本家の奴隷的な発言ね。労働者の権利を獲得しなければ私たちは一生奴隷のままよ。奴隷制度が無くなったって実質的な奴隷であるのは間違いないのだから」
このまま負けるわけにはいかないというより、負けを認めたらこれまでの活動が無意味になってしまう恐怖からリシェコリーヌは意地になっていた。何より彼女自身が自分が惨めな敗残者と認めたくなかった。
だからこそ国鉄に勝利するために支配下に置くために、再び強硬な姿勢を取って服従させようとした。
「……待って下さい」
その時支部長の一人が反対意見を述べ始めた。
「これ以上のストは止めて頂きたい」
「どういうこと」
「私の支部では小口短距離の貨物輸送が多いのです。ですが荷主が今回のストによって輸送が滞ったためにトラックに移ると言って来ました」
「鉄道を利用しないというのなら放って置きなさい」
「ですが荷主がいなければ仕事はありません。そうなれば廃止縮小が目に見えています」
「部門の廃止はさせないわ。そのためにもストで要求を呑ませるの」
「荷主がいないのに仕事が出来ますか。一日中、何もせずに過ごすというのですか。時折なら良いのですが、いずれ私たちは仕事がなくなります」
「私たち長距離旅客部門もストに反対です」
もう一人、別の支部長が発言した。
「今回のストによって長距離客が航空機に離れて生きました。航空機の発展を考えるとストによって客が奪われていく方が大きいと考えます。ですからどうかストは止めて頂きたい」
「組合総務からもお願いします。組合に送られてくるストへの抗議の手紙や電話の応対、デモの抑止に駆り出されて、もうヘトヘトです」
絶え間ない電話と抗議文の処理によって出来た隈を目の下に浮かび上がらせた男が弱々しい声で、だが生存本能から切迫した口調で懇願した。
それでもリシェコリーヌは拒んだ。
「ダメよ。それは貴方たちを奴隷に成り下がらせる考え方よ」
「仕事がないのにどうやって賃金を得るというのですか。他の部門から収入を融通して貰うにしても何時まで続くのですか」
赤字部門は肩身が狭く、日陰者のような暮らしをしなければ成らない。
他の部門からの利益で暮らしているため、肩身が狭く自己肯定感が下がってしまう。そんな暮らしを何年も続けるなど普通の人間には不可能だ。
しかしリシェコリーヌは理解しない。
「組合は労働者の為に、共産主義実現の為に戦わなければならないのよ。その方針に反するなんて反動主義よ」
彼女の思い通りにならない事はあってはならないと彼女自身は決めていた。障壁となるのならば敵であり撥ね除ければ良い。だから今回も反対意見を一刀両断に斬り捨てた。
だが、最早彼等の我慢は限界に来ていた。
「……そんな事どうでもいい。これ以上仕事がなくなるのはゴメンだ。我が支部は組合から離脱する」
「離脱って……そんなに資本家の狗に成り下がりたいの」
突然の離脱宣言にリシェコリーヌは慌てた。これまで面と向かって歯向かったり離脱を口にした人間はいなかった。そのため対応は動揺しつつも強圧的な口調となった。
「貴方たちは組合員じゃないの」
これまでは組合だけが職員の救世主でありヨブ・ロビンによる抑圧から身を守る盾だった。だからこそリシェコリーヌに理不尽な思いをしながら真央、幾分かマシだと思って従ってきた。
だが、その盾が重荷になるのならば、捨て去るのみだ。
「そうだよ! 俺たちは鉄道員だ! 主義者じゃない! 組合に入ったのはヨブ・ロビンの悪政に対抗するためだ。共産主義実現の為じゃない!」
「この反動主義者共が!」
それが全ての切っ掛けだった。
ストを行おうとするリシェコリーヌの取り巻きとストに反対する部門代表者が口論となりやがてケンカとなった。
一時間もの乱闘の末、ストの可否を決めることなく物別れに終わり、組合の総会は自然消滅した。
翌日、総会の顛末を知った組合員の多くが組合からの脱退を宣言。支部単位で脱退を宣言したところもあり、リグニア国鉄労働組合は大きく勢力を減少させ、かつての勢いを失った。




