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スト当日

 初の全面ストは決行日の前々日から始まっていた。

 リグニア国鉄は二四時間年中無休であり、日を跨いで走る列車が数多く設定されている。

 そのため途中駅でストを迎える列車は途中で立ち往生することを避けるため出発を中止していた。

 ヨーロッパ大陸ほどもある帝国の端から端まで全土を覆い尽くすリグニア国鉄には全行程を走破するのに数日かかる列車が無数に存在しており、事前の運転停止は必要な処置だった。

 スト前日には長距離列車を中心に列車本数が少なくなって行く。だが乗客数は変わらないか普段より多くなっている。スト前に用事を済ませるべく移動しようとする人が多いからだ。

 普段なら増発ダイヤを考える状況だが、翌日のストの事を考えると無理な話だ。

 結局増発は近距離と都市間のみに限定される。長距離の乗客は事前協定により協力体制を結んだ航空各社へ振り替え国鉄は空港までの足を用意するに留めた。

 到着地からの足はバスかタクシーに頼って貰うしかない。

 出来ない事を出来ると言うのは不誠実である、と昭弥は信じており、職員達にも命じていた。だからこそどう考えても輸送量に対して動員できる職員の数が足りなくなるストに対して全面運休を決定したのだ。

 スト開始直前まで国鉄と組合の間ではスト回避のための交渉が行われていたが、昭弥の断固とした態度、合理化推進、規律違反者の厳重処罰、技能不十分な職員の配置転換を撤回せず、妥協しなかったためだ。

 組合側も自分たちの当初の主張を撤回できず、数時間に及ぶ議論あるいはマスコミ向けの言い訳用に演じた喜劇の末に双方予想通りに決裂し、スト回避は成らなかった。

 そして帝国に経度一五度単位で設定されている時間帯の内、基準となっている新帝都アルカディアを中心に通るアルカディア標準時午前零時となった。

 全面スト開始の時間となり、全ての国鉄駅がシャッターを下ろし営業を停止した。

 半日ほど前から駅施設の安全を確保するために憲兵隊を中心とする帝国軍が展開し警備を実行。スト中の鉄道施設の保全に全力を挙げて取り組んでいた。

 リグニア国鉄発足以来はじめて、全ての列車が停止した。




「車輪の音がしないだけでこんなにも静かになるんだな」


 対策会議本部の席に着いていた昭弥は窓からアルカディア中央駅を見下ろしつつ呟いた。

 いつもなら十数本もの列車が同時に行き交う中央駅から一切の発着がなくなった。

 二四時間帝国の東西南北ありとあらゆる主要都市を行き来する列車が訪れるため、真夜中でも分単位で列車が到着する。

 帝国のほぼ中央にあるため、二〇世紀の大阪駅の如く寝台列車の途中通過駅としても機能しており、列車はひっきりなしにやって来る。

 しかも一〇〇〇万都市となったアルカディアには深夜でも急用が発生し至急地方へ向かわなければならない利用者が一定数いるため、全列車が乗降できるように設定されている。

 そのためアルカディア中央駅は不夜城となり、人の流れが途絶えることはなかった。

 それが途絶えている。

 一夜が明けても見る限り列車は通っていなかった。


「駅の中はね。でも外は酷いことになっているよ」


 ティーベの視線の先は中央駅の玄関口、バスターミナルに向いた。

 芋を洗うような、という表現が頭に浮かぶほど大量の人で溢れかえっている。

 すべて中央駅近辺のオフィスに通勤する乗客と長距離バスへの乗換客だ。

 普段、鉄道を利用して訪れる人々がすべて締め出されバスで来ることになれば、当然すぎる結果だった。

 今のところは、バスの乗り場で済んでいるが、更に人が増えればバスの道路にも人が溢れるだろう。


「アルカディアの私鉄と地下鉄の状況は?」


「利用者は通常の五割増しだよ。あまりに人が車両に多く入りすぎてドアの窓ガラスが割れた。応急処置などで遅れは当然、運休も出ている」


 話を聞いて昭弥は頭痛を感じた。

 自分が作ったチェニス田園都市鉄道はアルカディアへも乗り入れしていて地下鉄とも相互乗り入れを果たしている。

 沿線需要を見込んだ設計で沿線開発から進めており、ラッシュ時の混雑でも着席できるように計画してあるし、運用を始めてから殺人的なラッシュが起きた事は無い。

 だが国鉄が全面運休し、その利用者まで殺到するなど予想外だ。

 当然、積み残しが発生し、雪だるま状に増えて行き五割増しでも全ての列車は超満員状態で乗車率は二〇〇パーセントオーバー。利用者同士の圧力で身体が浮き上がり、足が床に付かない状態となる。強化された窓ガラスが割れても不思議では無い。

 都市間輸送、アルカディアとチェニスの間の輸送に関しては付随的な需要しか満たせないので既にパンク状態だ。

 帝国有数の利用区間であるアルカディア~チェニス間は国鉄に多くの乗客を獲られているが、ニッチな需要を拾うだけでも十分に黒字に出来る。

 その程度の区間に全利用者が殺到するなど完全に想定外であり、パンクしても仕方ない。

 想定外という言葉を使えば、無能呼ばわりされるだろうが着工時点で国鉄から全ての利用者を奪う規模の工事を行うとなると膨大な資金を集める必要がある。何より、収支と返済計画が立てられない。幾ら帝国有数の利用区間でも限度というものはある。一日一〇〇〇万人が利用する路線に三〇〇〇万人が利用できる線路を用意するようなもので、過剰投資で倒産しかねない。

 結局、自分の手の届く範囲で計画を進めるしかない。そして出来上がった物で現実に対処するだけだ。対応できない部分が多く出ようとだ。


「入場制限を掛けているのかい?」


「掛けていてこれだよ。確実に動けなくなるよ」


「国鉄で協力的な運転士と相互乗り入れに使っている車両をチェニス田園都市鉄道に回してくれ。多少は改善するはずだ」


「良いのかい?」


「私鉄の路線なら問題無いだろう。利用者も私鉄の運転と認識してくれるはず。国鉄の車両と指摘されてもスト前に国鉄の路線に帰れなかったと言い訳すれば良い」


 強引な理屈だが、電話電信が整備されたとはいえ、情報速度が二一世紀より遅れているリグニアなら多少は誤魔化せる。


「遊んでいる列車を使った方が活用出来る。それに使用料で多少は国鉄の赤字を解消したい。何より混雑を少しは緩和したいからね。他の都市圏や相互乗り入れしている私鉄にも同様の処置を行ってくれ」


「総裁、オスティア支社が通常の七割で運転を行うと言ってきました」


 オペレーターの一人エリカが緊急報告をしてきた。


「全面運休の予定だろう」


「組合ごとき新参者の指示は受けない、生粋の鉄道員の生き様を見せてやると言っています」


 オスティアは昭弥が転移されたルテティア王国の港町で初期に鉄道を通した町だ。

 そのため他の支社よりプライドが高い。

 組合のストごときで全面運休などプライドが許さないのだろう。


「それでどうなっている」


「運転再開により利用者が殺到。無理に詰め込みすぎたためガラスの破損やドアの開閉が困難になっているようです。ダイヤにも乱れが生じています」


 悪い方へ予想通りに動いてしまった。

 アルカディアほどでは無いにしろ鉄道に移動を頼る大都市圏で中途半端に運転を再開すれば、乗客が殺到して事故が起こっていまう。

 日本国鉄におけるスト権ストでも大阪鉄道管理局が非組合員の運転士達と協力して一部再開させようとした。だがかえって混乱を招き危険だと判断され中止した。

 当時の口先だけの無能な野党は「労使がアベックで列車を止めている」と言って批判したが、事故とそれに伴う混乱と混雑を考えれば妥当な判断だった。


「全面運休を徹底させるように命じてくれ」


「他の支社でも運転しているところがあります。殆どが地方で元から利用者数が少ない状況なので問題は発生していませんが」


「……まあ、そこは仕方ないか」


 全面運休に反する行為だが、ローカル線の今後の事、地域住民の信頼と利用を考えると目つぶるしかない。

 幸いにも地域住民の協力、無償或いは非常に安い謝礼で清掃や駅業務の代行などを行ってくれている地域だ。利用者の信頼を損ねて車に移られるのは避けたい。


「安全に留意するように、それと終着駅で他の交通機関への乗換に便宜を図るように。他の交通機関との連絡を密にとり、事故を防止するように」


「はい」


 他にいくつかの指示を出した後昭弥は全体を俯瞰して異常が無いかどうか確認する。


「とりあえず、大丈夫そうだね」


「ああ、順調だ」


 大筋で予定通りに進んでいることを昭弥は確信しティーベに答える事が出来た。


「予め輸送できる物を輸送しておいてよかったよ。鉄道軍の協力もあって無事に済んでいる」


 昭弥が行った全面スト対策は全面運休を決断したときから始まっていた。

 他の交通機関に代替輸送の依頼は勿論だったが、大口の輸送。鉱山から製鉄所までの原料輸送や発電所への燃料、原油、ガスの大規模輸送列車を増発させて、供給先に備蓄させていた。

 全面運休になれば帝国のインフラへの物品輸送も滞る。そこで長期間の備蓄が出来る物品に関しては予め輸送し供給先に貯めて置くように要請した。

 供給先も予め備蓄を始めていたので助かった。

 旅客に関しては増発出来なかったが貨物に関しては、鉄道軍の協力もあり、無事に達成できた。


「足りない場合は管理職に運転させて緊急輸送させる予定だけど今のところ必要は無い」


 万が一に備えて、待機させているが今の所その予兆はないので一安心だ。


「減産による利益減少で各企業は怒っているけど」


「だろうね。だが企業だけでなく、誰も彼もが困っているし怒っているよ。まあ最低限の列車は保安列車を兼ねて走らせているけど」


 列車の位置を確認するために片側のレールに電流を流し列車が通る車輪を介して通電して位置を検知するシステムが導入されている。

 しかし、列車が運行しないとレールの表面が錆びて通電性が悪くなるため、検知できなくなる。そこで全面ストの間でも一日最低一回は必ず営業線の上を走るようにダイヤを組んでいた。


「だが、企業の不満を逸らすために鉱石輸送列車とかの長大編成を運転するなんて国民から見て贔屓じゃないのかい」


「一番利益の高い列車だからね。大口の取引先がなくなるのは困るよ。それに、印象操作はティーベは得意だろう」


「まあね」


 交友関係が広く、後方担当も兼ねているティーベにとっては印象操作など造作も無いことだ。

 何より予想外の事態に狼狽しているであろう、組合に負ける理由が見つからなかった。

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