方針決定
「セント・ベルナルドの先で崩落があり、街道と鉄道が不通ですって」
フロリアヌスとほぼ同時に報告を聞いたユリアは、絶句した。
「一部が通れるようになるのに一月、完全復旧には三ヶ月……」
いくら勇者の血を引くユリアでも一〇〇万を超す兵力を相手にすることは出来ない。
大軍に対抗するためには大軍がいる。
その大軍は帝国軍に頼むことになっているが、セント・ベルナルドが不通では無理だ。
「致し方有りません。王都の城壁を盾にして籠もるしかありません」
王国に侵攻され不利なら、分厚い城壁を持つ王都に籠もり帝国からの救援を待つ。
それが、王国の基本戦略であり、必勝の戦術だった。
「それは無理です」
否定したのは昭弥だった。
「どうしてですか?」
「鉄道の重要な施設は王都の城壁の外に作ってあります。これを破壊されると、王国はまた存亡の危機に陥ります。特に重要な機関車工場、製鉄所、倉庫街などは、南岸に作られており、これらを失うと復旧に数年かかります」
「そんな」
王都は、防御に最適な場所、川の合流地点で護りやすく、防御線が最小限になり、セント・ベルナルドに近い場所、コルトゥーナ川の北岸に建てられていた。
一方、鉄道は通商の盛んなオスティアと結びやすい南岸に建設しており、付属施設も建設していた。
ここでは王国で使用される機関車を含む車両全てと、レールを製造している。特に鋼を生産している製鉄所は重要だ。
「ここが破壊されると、収入は激減します」
「どうすれば」
「王都から出て戦って護るしかないでしょう」
「簡単に言ってくれますな」
ハレック中将は、見下すように言った。
「敵軍は軽く一〇〇万を超す大軍です。こちらは二五万程度。勝てるわけがない」
「総兵力では負けています。ですが、個々の軍勢の数は少ないでしょう? それに予備役や自警団を動員した大軍は編成可能でしょう。一つ一つを潰して行き各個撃破しては?」
「出来るのですか?」
「はい」
昭弥は簡単に答えた。
「鉄道だけで無く戦争もお得意のようだ」
「いいえ、実戦指揮は専門家に任せますよ。ただ、勝てるだけの兵力を輸送するだけです。その兵力を維持するだけの物資も一緒に」
「……出来るのですか?」
ハレックは、慎重に尋ねた。
「はい、ですが私は軍事の素人です。どの軍勢をどの順に潰す必要があるか教えて頂けませんか?」
「優先順位は? 護るべきものは何でしょう」
「王都の防衛は絶対でしょう。それとオスティアの港。あとセント・ベルナルドですが、復旧の見込みが立たないのなら捨てて良いでしょう。以上が最優先だと考えて下さい」
ハレックは地図を見てから、すぐに答えた。
「まずはアクスムの別働隊です。この軍勢が王都に一番早く到着し機動力もあるので、崩壊させなければなりません。また一隊だけ突出するのは、王都を襲撃し我々を混乱させようとしているためです。こいつらが来たら重要施設は破壊されるでしょう」
補給を気にせず、素早さ重点の軍勢だけに、ハレックの分析は正しいだろう。
「次に、貴族反乱軍。ルビコン川の流れを利用して進んでくるでしょう。他の軍勢と歩調を合わせたり、川岸の確保を行いながら進むので多少、遅れが出るでしょうが、元王国軍なので早いです」
また、プライドの高い貴族連合のため、内部対立がありいちいち意見を統一して進まねばならず、進軍速度は遅いであろうことも、ハレックの経験から予測した。
「三番目に沿岸部を進むアクスム本隊。船団から補給を受けつつ沿岸部を確保しオスティアを占領した後、ルビコン川を遡り王都を攻撃するつもりでしょう」
本隊が王都を直接攻撃せず、オスティアを攻略するのは大軍故に補給を海から行うためだろう。そしてオスティアを拠点にして今度はルビコン川沿いに進めば川船から補給できる。
川を遡ることになるが、陸上を馬車で運ぶより簡単に運べる。
「最後が周です。兵力は膨大ですがあそこは大国で、軍を動かすにもかなり手続きが面倒で動くのが鈍いです」
国家において軍は有用な道具であり暴力装置だが、同時に国家に反逆する可能性も秘めている。そのため、様々な制約を設けて動けなくしている。例えば命令無くして、特定の地域から出てはいけないのは普通として、昭弥のいた世界の酷い国家になると戦車一台を動かすにしても最高司令官のサインが必要だった。当然、そんなことでは遅すぎるので、故障したことにしてトラックで輸送したという話も残っている。
「大軍故迅速に動けないということも有りますが、大軍のため攻撃されにくいと言うこともあります。従って、迅速な移動は無いと考えてよろしいでしょう。補給は大河があるので、船を使い可能です」
大軍は攻撃力が強いが、その維持にも莫大な労力がかかる。敵国に攻め入れば尚更だ。
だから、迅速に動く事はない。
「最後にエフタルですが、彼らにルビコン川を越える能力は無いと言って良いでしょう。東岸を荒らされることを許すのであれば脅威とはなりません」
大河を渡るのは難しい。流れがあるし渡るのに時間がかかるからだ。
「上流から渡る可能性は?」
ユリアが尋ねた。
「それはないでしょう。北方貴族反乱軍と協力して動いているのであれば、彼らの根拠地となるルビコン川上流を渡ることはないはず。あのあたりは反乱貴族の領地でエフタルの侵入を許せばどうなるかよくわかっているはず。例え味方だとしてもです」
エフタルは遊牧民族で、必要があれば盗賊に素早く変わる。
そんなのが、自分の領地に入ってくれば、味方だとしても荒らされる。絶対に入る事を許さず、王国の領土へ向かうように言うはずだ。
「解りましたアクスム別働隊、北方貴族反乱軍、アクスム本隊、周、エフタルの順に攻撃すれば良いのですね」
昭弥は、地図を見て考えた。
「解りました。直ぐにダイヤ編成を考えましょう。あと、列車を自由に動かしたいので、予算、物資、人員などを最優先でお願いします。必要最低限に収めますので軍備の方には問題無いはず」
「軍備はどれくらい動員すれば良いのだ?」
「最大限ですね。予備役と自警団を全て招集して良いでしょう」
「全てだと!」
ハレックは驚きの声を上げた。
「本気で言っているのかね?」
「ええ。だって総兵力が足りないんでしょう? だったら増やすしかないでしょう。敵に勝つには兵力が勝っていることが最大の条件ですから」
「集めて運用できるのかね?」
「計算上ですが、短期間、二ヶ月程度なら王都の物資、鉄道会社で扱っている食品や物資だけでも一〇〇万の兵隊を養えるはずです。不足分は王国全土から鉄道で集めます」
「わかりました! それだけ言って貰えれば、集めましょう。王都には籠城と帝国からの援軍の為に大規模な備蓄倉庫が建設されています。そこからも物資を出して支えることにしましょう」
ハレックと昭弥はユリアを見た。同意を求めるためだ
「よろしいでしょう」
ユリアはあっさりと許可を出した。
「直ちに出撃の用意を。私も出撃します」
「ダメです」
自らの出撃宣言をマイヤーに止められた。
「どうしてです?」
「王都において軍の招集、布告の発布など女王にしか出来ない事が山ほどあります」
「ですが私が出なければ」
「女王が居なければ、出来ないことが沢山有ります。宰相をはじめ大臣の空席を埋めなくてはなりませんから書かなければならない書類は山ほど有ります」
「それなら昭弥を宰相に任命します」
「え、私ですか? 無理ですよ」
昭弥は直ぐに否定した。
「これから鉄道のダイヤ編成や物資、人員の手配が必要なんです。とても宰相を務めるのは無理です」
「鉄道会社を起こし王国を豊かにした昭弥が無理と」
「能力的なものではなく仕事量の問題です」
鉄道関連だけで膨大な量になる。そして昭弥以外に鉄道関係の指示、それも政治レベルで出来る人間など王国にはいない。
右を見ながら左を注意しろと言うようなものだ。影分身が出来る人間で無ければ不可能だ。
「ならば鉄道だけでも絶大な権限を与えましょう。今から鉄道大臣です」
「え? 鉄道大臣って? ありましたか?」
「今作りました。王国の鉄道に関するありとあらゆる権限を与えます」
「それは嬉しいのですが、いいんですか?」
現在の昭弥の地位は王国鉄道会社社長だ。株式は王国が持っているとはいえ、経営者であり民間人だ。一方鉄道大臣は行政のトップクラスの公人、規制する側だ。それを両方兼務するのは経産大臣を東電の社長が在職したまま就任するようなものだ。
「女王である私が決めました。何か問題でも?」
「いいえ、ありませんね」
だがここは現代日本では無く異世界。それも中世の慣習を色濃く残している世界であり、公私の区別さえ怪しい所だ。経営とその監視などという概念さえないだろう。
だが、この場合、兼任は非常に有用だ。
特に監視者の許諾を必要としないため迅速に子とをするめる事が出来る。問題があるとすれば昭弥が間違うと、全て間違うことである。だが残念なことに昭弥以上の鉄道知識と経験を持つ人間は王国はおろか、この世界にはいない。なので他の人が監視者なっても居ても置物か足手まとい、邪魔者にしかならない。
「では鉄道は良いとして宰相ですが。仕方ありません。宰相は私が兼任しましょう」
「陛下がですか」
全員が驚いた。
「空白を埋めるだけです。皆にも手伝って貰います。エリザベス、官房長官に任命します。私を手伝って下さい」
「御意のままに」
エリザベスは、深々と礼をした。臆するところが無い。
ラザフォード伯爵家公女の能力か、普段から傍らで、重要書類を取り扱っているからだろうか。
「では前線での指揮官はハレック中将に」
「いえ、私はこの王都にて動員の仕事がありますので」
部隊を編成し兵装し兵站し教導するのは多大な労力が必要であり、無数の指示と書類が必要である。支持を安全な後方地帯で無いと無理だ。
動員に時間がかかった場合前線への兵力供給が遅れるため、王都から離れるわけにはいかない。
「では、誰が前線指揮官となるのですか。各方面の指揮官に任せるのですか」
「それは無謀です」
ハレックが拒絶した。
各個撃破は、強力な一軍による機動と打撃が必要である。各方面に指揮官が必要だが彼らは防御と決戦後の残敵掃討が主な役目であり、主力軍の指揮とは切り離すべきだ。
一時的に増援を送って、決戦が終わったら増援を引き離す方法もだめだ。
命令しても、自軍の戦力が低下するのを嫌って、なんだかんだと理由を付けたりサボタージュを行って、部隊を帰そうとしない。
後で処罰をしても良いが、部隊の移動に貴重な時間を浪費されては問題だ。
だから主力を纏める軍と司令官が必要となる。
「誰かいないの!」
叫んだとき、正面の扉が開いた。
「ジョン・ラザフォード伯爵、只今女王陛下のために援軍を引き連れて参陣いたしました」
いきなりの登場に全員が彼の方向を見て、あっけにとられ、ユリアの傍らにいたエリザベスがこめかみを押さえても、ラザフォード伯爵は意に介さず、女王の前に来ると優雅に一礼した。
「このたびの反乱、諸外国の侵攻。王国の一大事と判断し、独断で王都に参りました。処罰は覚悟の上。ですがその前に王国守護の大任を全うさせて下さい」
あまりにも芝居かかった台詞に全員が唖然とし、エリザベスは恥ずかしさのあまり、顔を埋めていた。
ただ、礼を受けたユリアだけは違った。
「ラザフォード伯爵、よくいらして下さいました。このたびの独断は不問といたします。王国を護らんと言う言葉は本当ですか?」
「二言はございません!」
「では、王国軍主力軍の司令官となり、敵を撃滅しなさい。撃滅すべき敵に関してはこちらで順番を決めてあります。戦場への移動手段も用意します。あなたはただ、戦場において敵を撃滅することに専念して下さい」
「はっ、勅命しかと承りました。直ちに部隊を指揮して、敵を撃滅してご覧にいれましょう」
二人だけの世界に誰もついて行けず、主力軍司令官の人事が決まってしまった。
「大丈夫なんですか?」
昭弥が隣にいたハレックに尋ねた。
「まあ、大丈夫でしょう。ラザフォード伯爵は昔から戦上手という評判ですし戦功もありますから」
「どういうことです?」
「遠征軍に参加していましたし、女王陛下就任の時の反乱では、真っ先に戦場に斬り込み陛下の到着まで戦線を保ち続けました。そして敵の壊滅後は残敵掃討の指揮を見事に取られて武名を上げました。望めばさらなる地位に就けたのに自分はただの武人と言って領地に引きこもっておりました。そんな伯爵を陛下は信用しており、息女エリザベス殿をメイドにするほどです」
なるほど、股肱の臣と言うわけか、と昭弥は納得した。
ただ、あのノリにはユリアの幼なじみであり、娘であるエリザベスには付いていけないようだで頭を抱えていた。




