全面スト
リシェコリーヌの言葉に幹部達は息を呑んだ。
シェアが低下しているとは言え鉄道は帝国の動脈であり、停止すれば帝国は崩壊する。
それを理解しているからこそ、組合のストはこれまで細心の注意を払って行っていた。
特定の路線のみストを行ったり、重要な列車、生鮮食料品輸送列車や修学旅行列車など重要で国民の関心が高く影響力の大きい列車はストから除外したりしている。
建前上、労働団体が的としてるのは資本家や経営陣であり、ストの対象として彼等が使う豪華列車や資源輸送――ワンマイルトレインによる鉱物輸送を狙って止めていた。
リシェコリーヌは影響力と宣伝を兼ねて旅客列車も止めていたが、国鉄と交渉を優位にする為の道具であり短時間で解除するなどの戦術を用いて国民の労働団体への支持を失わないようにしている。
だが、今回はそれらの配慮を全て捨て去って全列車を停止させるというのだ。
「ストは七日間行います。全ての組合員を動員してストを行いピケも張ります」
「重大な影響を与えますよ」
一日でさえ重大な影響を及ぼすのに七日間も続けたらどうなるか予想が付かず部下達は恐れおののいた。
「ええ。ですから三日目と四日目は部分解除を行い、優先順位の高い列車のみを通します。残りの期間は国鉄の交渉次第ですが全面ストを行います」
「ですが国民の反発を受けるのでは? アノーウラ事件の二の舞になるのでは」
かつて偶発的に起きた乗客による広域暴動、通称アノーウラ事件。切っ掛けは輸送力不足による乗車不能に怒った乗客による暴動だが、組合の日々のストや態度の悪さも乗客達の怒りの原因だった。
そのため事件以降国鉄のみならず、組合に対する視線は悪くなっている。
更に今日ではマスコミによる組合の闇給与問題などが記事を賑わせており、組合への国民の評価は悪くなっている。
「組合員の生活を維持できずに業務に携わることなど出来ません。何より不当な扱いを受けて甘受することなど出来ません。それを国民にも理解して貰う為にストを起こします」
だが、それでもリシェコリーヌは強気だった。
国民の感情などものともしない専制君主のように、いや目指すべき目標だからこそ、そのように振る舞い、事を起こそうとしていた。
「しかし法律違反では?」
法律により国鉄職員のストは禁止されている。これまでのストも違法であり処罰の対象だが厳正に処罰すると現場に人が誰一人としていなくなるため首謀者のみ処罰して後はお咎めなしが続いた。その首謀者も組合が処罰後の生活を保障した上に、不当懲罰と訴えて処分を有耶無耶にしていた。
そのため組合はストを起こし放題やっていた。しかし、昭弥は最早そのようなお目こぼしなど行わないと宣言しており、受け容れる余地は殆ど無いように思えた。
まして大規模ストを行えばこれまでよりも多くの処罰者が発生する。その組合費の収入は激減し、処分者への援助金支出は莫大なものになる。
失敗すれば組合は完全に破綻してしまう。
だがリシェコリーヌは強気だった。
「スト解除の条件にスト権付与を入れます。そしてこれまでのストを全て遡って合法化するように政府に申し入れます」
法律成立時点以前の行為は適用されない、法の不遡及の原則を完全に無視した考えだったが、リシェコリーヌは自分が何事でも成し遂げられるという異常な考えに支配され手織り、思い通りにならない事はないと信じ切っていた。
「大丈夫なのですか。成功するのですか」
だが、部下はそこまで信じ切れず、怯えて尋ねる。対照的にリシェコリーヌの返答は明確だった。
「成功するかしないかではなく、成功させるのよ。でなければ遅かれ速かれ労働団体は瓦解します」
虚勢もあったが、リシェコリーヌの言葉は正鵠を射ていた。
昭弥の締め付けによって労働団体は徐々に力を失いつつある。
このまま維持しても数年だけ組合の命を永らえさせた後、消滅するのは目に見えている。
ならば力がある今のうちに力を見せつけて労働団体が有力な組織である事を示し注目させ影響力を増し、現状を打破しななければならない。
組合こそが国鉄における真の実力者であり絶対的な権力者である事を見せつけ認識させなければ、組合に明日はない。
それだけはリシェコリーヌは確信しており、何としても達成しなければ成らなかった。
「全ての労働者の為にこのストは成功させます。一週間後全面ストを行うと全ての支部に通達しなさい」
何より帝国において誰が一番の権力者であるかを示すためにもリシェコリーヌはここでストを行わなければならなかった。
「ですが……」
それでも部下は躊躇を見せた。
労働団体への風当たりが強くなっているのはここ数日の新聞の論調でも明らかだった。
クレプスクルムルース駅衝突事故が起きてからは余計に酷くなっている。これ以上刺激すると更に悪感情が高まるのではと懸念していた。
「ここで折れて組合が崩壊した後、貴方たちはどうするの?」
リシェコリーヌの言葉に幹部達は震えた。
ここに居るのは鉄道員として入って来たが、数ヶ月の勤務の後に組合の専従職員として活動を行ってきた者ばかりである。
鉄道の知識は採用直後の駅員に等しく、転職のスキルは無きに等しい。いや、何度もストを行っている組合への悪感情から就職を断られることさえあり得る。
「成功すれば、国鉄は我々の管理下となり、真の平等が実現します」
「や、やりましょう」
一人が賛同すると残りの幹部も賛同した。
組合以外に彼等の居場所など何処にもないのだ。
閉鎖的な集団故に大勢と交われなくなってしまった為に、より過激な路線へ走る事になってしまった哀れな集団である。
「ですが、本当に停止すれば帝国に大きな影響が」
それでも一人くらいは冷静な人物はいるものだ。しかしリシェコリーヌは笑顔で安心させるように計画の核心を伝えた。
「大丈夫。向こうはきっと折れます。鉄道がどれほどの影響を持つか知っているのですから」
鉄道を知っている、いやリグニアで誰よりも知っているが故に鉄道が止まればどのような事になるかを昭弥は知りすぎている。
何より鉄道を中心に帝国を作り上げたのは昭弥であり、帝国の発展が鉄道によるものだという自負と実績を持っている。
リシェコリーヌでさえ、莫大な損害と影響が出ることは想像できる。それも一週間にも渡って止まるのだから絶対に避けようとするはず。
昭弥が折れることを前提に打って出た全面スト策だった。
「全面運休は総裁達や帝国にとっても受け容れる事は出来ないわ。だからこそ回避するためにあらゆる対応を取るはず。そこに私たちの要求を通す余地が生まれる。それこそがこのストの真の勝利よ」
止められない鉄道を止めると脅すことにより、帝国崩壊の危機感を抱かせ組合の要求を呑ませる。
同時に世間は国鉄が組合に屈したと認識し、組合こそが国鉄の真の実力者であると理解するであろう。
そうなれば組合の意向を抜きに国鉄は動かせなくなる。その時は帝国で絶大な権限を持つ皇帝や元老院でさえ組合に逆らえない。
既に議員の一部は組合の力によって当選しており組合の支援がなければ次の当選が難しい状態になっている。
そして組合に方を持つ議員の勢力は少数ながらも議案の新興に影響を及ぼす数になっている。彼等は議員として今後も活動するためには組合に協力する以外に選択肢はなかった。
何より、組合の意向を聞いて動く議員がいることこそ組合が力を持っているという証明であり広告塔だった。
ストが成功すればは元老院も組合の意見を聞かなければ動けない状況に追い込むことが出来る。皇帝も配偶者である昭弥を下したのだから意のままになるはず。
リシェコリーヌは、そんな自分にとってバラ色の未来を夢想し、やがて現実になると確信していた。




