窮地に立たされる組合
「昭弥総裁の人事計画は狂気とも言える規模です。組合員の八割が何らかの処罰や異動を命令されています」
リウニア国鉄労働組合の委員長室でリシェコリーヌは部下からの報告を聞いていた。
クレプスクルムルース駅衝突事故の調査結果が公表され、原因は国鉄内部における風紀と規律の乱れによる飲酒とマニュアル違反と断言された。
同時に再発防止の為の改善計画が発表され即日実行される。
内容は規律違反に対する厳格な処罰、減給、停職、酷い者には解雇を実行。更には技能不適格者の徹底排除。
以上を実現するため規律によって内部を統制する現業部門管理職に多数の人員が配置される人事が行われた。
「明らかに我々を狙っているわね」
報告を聞いてリシェコリーヌは昭弥が組合潰しに入ったと悟った。でなければ、加入率六割の全組合員中九割も懲罰を受けるはずがない。
組合員の規律違反が他の職員より多く、懲罰対象者が多いためだった。だがリシェコリーヌ達は都合良く目を逸らしていた。
もっとも昭弥も組合員に規律違反者が多数いることを把握した上で、罰則強化を指示して処罰者を増やし組合員の数と影響力を減らそうと考えていた。
結果的にリシェコリーヌは、真実を当てていたが、歪んだ偏見から導き出した偶然の産物である。
だが如何に考えようと真実を見つけようと現実は変わらない。
組合員から処罰者が増えることはリシェコリーヌ達組合にとっては勢力衰退を意味する。
「何としても打開しなければならないわ。現場協議はどうなっているの」
「徹底拒否です。何処の支社の管理職も断固として認めない構えです。連中折れる気などありません」
ヨブ・ロビンの時代ならば、改善の為の計画を当てたとしても現場協議により現業部門で実行を拒絶し有名無実化していた。
それを昭弥は徹底的に排除する措置を取っていた。
現業部門に多数の管理職や鉄道公安官を送り込む事で、組合の現場協議を拒絶し協議自体が開催できないようにした。
人数を増やし複数で行動する事により組合による管理職の監禁やリンチを防いでいた。
「無理矢理、行おうと迫ったら暴行だと言って警察に突き出されました。更に上司に対する暴行で処罰と言っています」
いつものように締め上げようとしたら逮捕された事にリシェコリーヌの部下は苛立ちを覚えた。
上司いや自分たちを鉄鎖で縛り上げる管理職は吊し上げて当然という意識であり、犯罪ではないという意識が彼等の中にはあった。
故に彼等にとっては暴行による逮捕は、不当逮捕と考えていた。
そんな彼等の心理を昭弥も虐め被害者だった知っており、そのような手合いは何を言っても反省しない。処罰以外に方法は無いと割り切って実行に移していた。
「組合の予算も厳しくなっています。手当の適正化と言って監査が入り闇給与、ヤミ手当と判定した給与を返還するように組合員に命じています。更に今後は監査も入り、不正な給与は見逃さないと言っています」
闇給与、ヤミ手当は賃金引き上げが行われないことに対する代替条件として秘密裏に現場管理職に認めさせていた。そして得られた所得の多くは組合活動費として徴収し、組合の資金源となっていた。寧ろ、組合の収入源にするため、より多く出すように管理職へ圧力を掛けてもいた。
そうして確保した豊富な収入源が減少するのは組合にとってダメージだ。
「さら懲罰者が増えたことによって懲罰期間中の組合員への支援金支出が増えており、既に赤字です」
組合は国鉄から処罰を受けた組合員を不当処罰から守るという大義名分を掲げ、彼等に本来の給与と同じだけの金額を支払っていた。
これにより組合員は生活が守られ国鉄の処罰を恐れることなく組合活動をすることが出来た。
組合活動費が高額でも組合員が払ったのは、組合による金銭的保護をあてにしてのことであり平気でストや上司と関係が悪くなる現場協議を行える源泉だった。
だが、懲罰者の増加とヤミ手当=組合の収入源減少となり収入が支出を上回り予算はパンク寸前。組合の存続に関わる自体となっていた。
「組合の加入者も減りつつあります」
「これだけ処分者を出して総裁は平気なの? 現場の手が足りなくて運営に支障を来さないの?」
「一時凍結していた合理化計画を再開しました。二人乗務を直ちに一人乗務にして確保した運転士を電車へ配置換えしています。駅員も魔導式自動改札によって人員を大幅に減らし余剰人員を確保した上で配置転換で対応しています」
合理化により余剰人員を確保したことで組合員がストを起こしたり処罰して欠員が出来ても直ぐに補充できる態勢を昭弥は整えた。
これまで処罰が甘かった理由に処罰による欠員で現場の負担が増えることを懸念していた事もあった。
だが、合理化によって人員が確保出来た今、そのような気遣いは不要だった。
省力化により必要人員が大幅に減り余剰人員が生まれ余裕のある勤務状況を生み出した。そして規律違反や能力不足を理由に素行素養の悪い職員、主に組合員に転属、解雇を言い渡せる余地を作り上げた。
「最悪の状況ね」
組合が国鉄の合理化に反対した理由の一つに組合員の数が減るのと、組合員の排除を容易にするという理由があった。
省力化が進まなければ、必要人員は多く容易に組合員といえども解雇、異動はできない。
欠員が生じて現場の負担が増し事故が起こっては本末転倒だからだ。
だが、合理化によって人員に余裕が出来た今ではその限りでは無い。
国鉄は容赦なく労働組合の組合員を解雇、異動させて行き、弱体化を図るだろう。
「直ぐに総裁に撤回するように伝えて。不当な懲戒と解雇に対して労働組合は徹底した抵抗に出ると」
「そういうと思って、一応伝えておきましたよ」
労働組合の存亡の危機であり、リシェコリーヌが昭弥と会談を望むと確信していた部下は、報告の前に国鉄側に会談を求めていた。
「手早いわね。それで返答はいつになるの?」
リシェコリーヌに尋ねられて部下は少し躊躇ってから答えた。
「今後は厳正に処罰を敢行する。組合との交渉には一切応じないと」
「労働者の権利を踏みにじるというの」
「鉄道の安全確保が最優先であり、その障害となる存在は全て排除すると。また処罰への妨害行為、設備の不法占拠、職員の暴行事件は以後許さず、刑事処分を行うと言っています」
「完全に対決姿勢へ方向転換を行っているわね」
これまでの対話協調路線から対決路線、それもかなり強硬な方向へ変わっている事をリシェコリーヌは知った。
処罰への妨害行為、処分取り消しのためにストを行ったり、ピケを張って施設を封鎖したり、管理職に処分撤回を強要するための吊し上げを禁止することで組合の動きを封じる方針だ。
「どうしますか」
組合のこれまでの活動を全て封じようとする昭弥の動きに流石に組合員達も動揺している。
このままだと組合は活動を封じられ資金は枯渇し消滅しかねない。
世間的には消えて無くなっても構わないと思われていても、組合に所属している者達にとって組合は己の牙城であり生命線だ。
何よりリシェコリーヌにとっては権力の源泉であり、自分が更なる高みに登るための踏み台であり、これが崩壊するのは自分の人生が詰んだのと同じだ。
だから何としてもこの窮地から抜け出す必要があった。
組合の力を示し、団結をより高め、形勢逆転となる一手が。
数十秒の沈黙を経てリシェコリーヌは指示した。
「全面ストを敢行するわ」
「ですがストは禁止と言われてますし」
「いえやるわ。労働団体は経営陣の要求を撥ね除けなければ労働者の権利を守れない」
「しかし、ストを行っても国鉄側の対策が出来てきたので効果が低くなっています。私鉄やバス、トラックなどに乗客が移っているため将来を考えるとスト戦術は無意味です」
「だからこそよ。鉄道がまだ圧倒的なシェアを有している状況だからこそ見せつけるの」
「ですが今までのストを続けても効果はありません」
「何を言っているの。これまで通りの規模でストは行いません」
「……まさか」
「そう、全面スト。国鉄全ての路線、列車をストで運転停止にするの」




