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事故と労働団体への対応

「手順の不徹底及び規律違反の飲酒による運転を行ったが為の事故だと」


 クレプスクルムルース駅衝突事故の報告をリグニア国鉄総裁室で聞いた昭弥は頭を抱えた。


「死者一〇八名、負傷者五六七名を出したんだぞ。そんな事が許されるか」


 伝えられた被害者の数を聞いて更に顔色に苦渋が増す。

 スト解除後の運転の為、いつもより大勢の乗客が乗っており双方の列車はほぼ満員。そのため死傷者の数が増えた。

 特に急行列車は車体側面を抉られ、座っていたりドアにもたれ掛かっていた乗客を巻き込み大量の死傷者を出している。


「飲酒して運行させて良いわけがないだろう!」


「だが事実だよ」


 落ち着くようにティーベが話しかける。


「これだけの事故が起こるとは想定外だね」


「違う、これだけの事故は想定している」


 二一世紀の日本に居た昭弥は多数の鉄道事故の記録を読んでいるし、一部は実際に事故現場を見ている。ネットの映像記録で実体を把握することもしている。

 定員が二〇〇〇人近い列車が事故を起こせばどのような惨状をもたらすかは、嫌と言うほど知っていた。


「だからこそ、重大事故を防ぐ為に何重にも事故防止の方策を行ってきた。だが、規律違反や手順省略を行われては防ぎようがない」


「そうだね」


 鉄道の仕事において昭弥が過剰とも言える安全対策を施してきていたのはティーベにも分かっている。

 その努力を自分たちの主張のために台無しにした上で事故を起こした労働組合に昭弥が怒り心頭に発している事も良く分かっている。


「でも起きた事は仕方ないよ。今後の事も考えないと。事故の再発防止が必要だよ」


「それもあるが、復旧に時間が掛かりすぎている」


「どういう事だい?」


「事故防止は徹底しているけど、それでも事故が起こるという想定を立てているんだよ」


「事故が起きなければ事故後なんて不要じゃないのかい?」


「人間のやる事だからね。絶対に失敗する、事故は起きる。その時二次被害を最小限に抑え、早期に復旧するのが重要なんだ。事故が長引けば異常は続くことになり、事故の危険性が大きくなる。早期に復旧し平常化するのが望ましい」


「今回は失敗して、昭弥が介入した理由かい?」


 事故発生直後、現場は混乱を来した。

 スト直後で乗客が殺到し輸送容量をパンクした路線での事故。

 事故列車のみならず、どの列車も満杯で満員の電車の中にいれば体調を崩すお客様も想定された。

 直ちに回復しなければならないが救出活動と事故処理も行わなければならず、押し寄せてくる情報と指示を求める電話に運転指令室はパニック寸前となる。。

 機能不全となった運転指令室の命令を待てず、一部の列車では閉じ込められた乗客の非難を浴びた乗務員が独断でドアを開放して、線路上に乗客を降ろすことさえ行うという混乱ぶりだった。


「兎に角、混乱を収拾する必要があった」


 大混乱を見た昭弥は直ちに介入を決意して、運転指令室へ赴き陣頭指揮を取った。

 最優先で乗客の救出と被害拡大阻止を命じて、人員をそちらに集中させる。

 線路上から乗客を避難させると共に、残った列車を最寄り駅のホームへ入れて行く。

 駅の中間で立ち往生し先行列車と後続列車に挟まれてしまった列車もあった。

 だが、二つの列車を半分ずつホームに入れて先端或いは後端から乗客を降ろすことで閉じ込めを解消した。

 流石に、これだけの大事故だと事故処理のみならず現場検証と復旧作業に時間が掛かるため、事故現場の不通を即座に決定。事故周辺で折り返し運転と振り替え輸送を行うように命じて、事故の収拾にあたった。

 それをようやく終えて、執務室に戻り、事故の集計報告を受け取ったところだった。


「事故の復旧は終わった。その問題点を考えないといけないね」


 ティーベの言うとおり、事故を収めただけでは話にならない。

 事故の再発防止こそ必要だ。同じ事故が何度も起こるのは問題だ。何度も起こるのはシステムに欠陥があるからだ。

 欠陥を直さない限り、同じ事故は再び起こる。


「大半は規律違反やマニュアル無視だが、やはり労働団体による規律違反が大きい」


 昭弥の言葉にティーベは頷いた。


「僕もそう思うよ。少なくとも昭弥のマニュアルやシステムに問題は無い。それを運用する職員のモラル低下による無視、改悪が問題だね。その根源こそ労働団体だ。しかし、潰すのかい?」


「事ここに至っては潰さざるを得ないよ」


「でも出来るのかい? 昭弥はどうも労働団体を潰すことに抵抗があったようだけど」


「確かにね。潰そうと思えば潰せただろうね」


 皇帝の配偶者という地位、何よりルテティアとリグニアで鉄道を発展させ帝国の国力を飛躍させた生ける伝説。

 独裁的な行動を行っても 昭弥の支持は盤石だろう。

 実行に関しても、悪辣な手腕に定評があるスコルツェニーの検察やいつの間にか手を回して事を成し遂げてしまうティーベの義父ラザフォードが一瞬にして潰せる。

 実行されなかったのは昭弥が対話と協調を重んじて、介入しないように要請していたからだ。


「鉄道は定められたとおりの手順を踏んで着実に規則正しく仕事をこなさなくてはならない。だからといって職員の生活や人生を脅かすことがあってはならないんだよ。ヨブ・ロビンの仕事は本当に酷かった。職員達が身を守るためには労働団体を自ら結成して守るしかなかった。そこは仕方ない。自分たちの生活を守るための権利主張はもっともだ」


 転移前に虐めを受けていた昭弥としては職務に専念してくれている職員に追い打ちなど掛けたくなかった。そのため甘いとは思っていても労働団体を認め、職員の生活向上のための糸口、交渉相手として残すことは必要と考えていた。


「何より、鉄道は大勢の人の手が無いと動かせないよ。そのためには多くの権限や力を大勢に委任する必要がある。委任した権限を適切に使えるようにするには心身共に安定した状態が欠かせない」


 ブラック企業の中でまともな判断が出来るだろうか。精々機械の代わりしか務まらない。

 厳しい労働環境や人間関係の中で何百人もの人々の命を預かる仕事で正常な判断が出来るだろうか。

 厳しい締め付けを行ってもJR西日本のような日勤教育が行われ福知山線脱線事故のような事が起こっては元も子もない。


「だから労働団体を認めていたのか」


「下手に労働団体を潰しても職員の生活が困窮している状況ではまた新たな労働団体が出てきてしまうよ。なら改善の窓口として労働団体を置いておいた方が良い」


 リグニア国鉄は何十万人もの職員が在籍しており、全員が同じ考えを共有しているというのは夢想に過ぎない。

 昭弥とは相反する考えを持つ職員がいてもおかしくない。だがそれでも巨大組織を動かす上では彼等も動かす事が必要と昭弥は考え、耐えてきた。


「でも、ストや規律違反の助長はやり過ぎじゃないのかい」


「そこは想定外だったよ」


 だが労働団体は予想以上に大きくなりすぎた。ヨブ・ロビンの仕事が職員を酷い環境に置いていたため職員の中に賛同者が多かった。

 何より人員不足の為、共産主義者さえ採用してしまい、今や共産主義者の牙城と成り果てている。

 そのため共産主義拡大の橋頭堡として戦力として活動し、職員の生活保護など共産主義活動の武器にしか見ていない。

 そして組織維持のため要求を認めさせる為に鉄道を利用し、利用者の迷惑も考えずストを行ったりしている。

 また締め付けを恐れたため、緩めすぎて重大な事故を起こしてしまった。

 この状況下では考えを改めざるを得なかった。


「だからこそ潰す。完全に潰す。連中はもはや鉄道を害する障害に過ぎない。今後は鉄道の安全に反するような行動は一切認めない。少しの齟齬は受け容れるべきだと考えていたが僕が間違っていたよ。断固として対処する。」


「……わかったよ。で、具体的にはどうするんだい?」


「常識に従って職務を遂行する。規則に従って例外なく職務を遂行するだけだ。声まではお目こぼしをしていたが、例外なく行う」

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