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規律違反の積み重ね

「たくっ、上層部におもねりやがって。腰抜け執行部が」


 名前は伏せるが、とある組合所属の国鉄運転士はワインをラッパ飲みして愚痴を吐いた。


「世論に負けたとか行っているが自分たちのドジを隠すために言っているだけだろうが」


 利用者からの苦情が来たため、ストを中止して運転を再開することで妥結したと聞かされやけ酒となっていた。


「たくっ、利用者の苦情なんて経営の方に回せば良いんだよ。どうして組合はわざわざ受け取るんだ」


 彼の言うとおり苦情の多くは最初は国鉄に向かった。しかし、新聞報道などで国労の記事が載り始めると苦情が国労の事務局へ回り始めた。

 勿論、国労の住所など批判記事には書いていない。だが、その記事の近くに国労の寄附金募集の広告が載っていたり、応援広告と支援の申し込み広告、勿論連絡先が併記されている物を見たら電話や投書、中には直接文句を言いに行く人が出てくる。

 全て昭弥の片腕であり世論操作の上手いティーベの差し金だったが、目論見通りストへの怒りを組合に向けることに成功していた。

 勿論、この運転士は知らない。


「そろそろ時間か」


 瓶に残ったワインを一気に飲んで飲み干すと、制帽を被って鞄を持って待機室を出て行った。

 事務室で点呼を受けるが、助役を睨み付ける。

 同じミールレフォリウム支社だがクラウスと桜が所属するのとは違う運転区でであり組合の力が強い。

 幹部職員の組合員で囲って強圧的に説教をするのは日常、吊し上げなど当然となっている程だ。

 そのため、助役は運転士に睨み付けられると、距離を置いて伝達事項を言い始める。結果、運転士の酒気を含んだ呼気に気が付かなかった。

 いや、酒の匂いには気が付いていたが、待機室から出てくる酒の匂い、組合が職場環境改善の為、業務終了後の娯楽に待機室での飲酒を許可するよう強要したため、待機室には常に酒瓶があり、その匂いに紛れて気が付かなかった。

 伝達事項を伝えて、トラブル無く送り出したい一心で助役は日常業務を続け、気になったことは心の中にしまった。一悶着を起こせば、組合から現場協議という吊し上げを受けてします。

 屈強な運転士達十数人が取り囲んで責めててくるのは恐怖以外の何物でも無い。管理職は数人しか居らず他は組合所属の職員のため、他の管理職は自分に火の粉が掛からないように見て見ぬ振り。

 一人で何人もの組合員を蹴散らす獣人管理職がいるそうだが残念な事にこの運転区には居なかった。

 だからひたすら事務的に伝達事項を述べるだけだ。

 一方の運転士も伝達事項の所から酒気による睡魔に襲われてよく聞いていなかった。

 そのため伝達事項は運転士には伝わらず、いつも通りだと思い込み、いつもの調子で返事をするとそのまま乗務するカエルムカエルラ線急行電車に向かった。

 組合の運転士でも国鉄の訓練は受けており、無意識の内に正しい手順で運転操作が行える。そのため不幸にも出発に関してはなんら不備無く、誰からも咎められる事無く、進め列車を酒気帯びのまま発進させてしまった。

 だが、途中で居眠りを始めてしまい、カーブなどでの減速をしないまま、列車を走らせる事となる。


 カエルムカエルラ線は、急増する通勤需要を賄うためにやむを得ずヨブ・ロビンの時代に計画建設された路線だ。

 だが、時間が無いのと赤字による予算の制約のため、著しいコストダウンが行われた。

 収容不可能な土地が多数出来たため、線路が列車を走らせやすい直線ではなく、未収用地を迂回するようなカーブの多い路線になってしまった。

 グニャグニャと曲がることから急カーブの度に身体を振られる乗客の間から怨嗟を込めてミミズ電車、蛇列車という不名誉なあだ名を付けられてしまう程に酷い。

 昭弥が復帰してからようやく改修計画が動き出したが、工事は始まったばかりだった。

 カエルムカエルラ線の途中駅クレプスクルムルース駅もその対象で、カーブする駅を真っ直ぐにするための工事が行われており、仮の線路が作られていた。

 その駅から、普通列車が発車しようとしていた。

 急行通過駅として計画されており待避線にホームが作られている。

 普通列車は次の駅で急行の通過待ちを予定しており、ダイヤ通りに出発しようとした。

 しかし、ここでトラブルが発生した。ストあけで満員の電車に乗客が殺到し、一人の乗客が車内からはみ出た手を扉に挟まれてしまった。

 しかし運転台の警告灯が壊れていたため、運転士は異常に気が付かず異常なしと判断してしまった。あとで解ったことだが、検修員のミスによるものだった。ストで試験を省略して送り出したために故障を発見できなかった。

 車掌もホームがカーブしているため、手が出ていることを確認出来ず、そのまま出発してしまった。

 九〇メートル程走行した後、駅員が手が挟まっていることを発見して旗を振り車掌に列車に通報してようやく止まった。

 しかし先頭車両が前方に出ていたため、後進させてホームに戻した上で一旦ドアを開くことにした。

 しかし、その際にスト解除のため普段より混んでいたこと、その対応に駅員が追われたなどの事情が重なり運転指令への通報が遅れた。

 緊急停止ボタンは、ヨブ・ロビンの開発費削減による遅延と予算不足の為、この路線には付けられて居らず今の工事で取り付けられる予定だった。

 そのため、各列車に停止指示が出ず、各列車は平常通り運転してしまった。

 あの酒気帯び運転士の列車も同じで運転しておりクレプスクルムルース駅に接近していた。。

 ようやく各駅停車の事故を知った運転指令が普通列車の後退を確認して急行列車が通過する前に分岐を切り替えたのは通過十秒前の事だった。

 だが、この時に運転指令は気が付くべきだった。酒気帯びによる居眠りで制限速度をオーバーしていたことに。

 線路の移設工事でクレプスクルムルース駅の分岐が仮の物に交換され制限速度が通常よりも低く設定してあった。

 分岐は構造上隙間や段差があり、通過時に車輪が乗り上げて車両が揺れるために制限速度が設けてある。制限速度をオーバーして通過したため、車両は通常よりも大きく揺れる。最悪、脱線もあり得たが大きく揺れたものの幸か不幸か、無事に通過してしまった。

 しかし、揺れは収まらず左右に大きく揺れたまま構内に侵入してしまった。

 そして後退途中だった普通列車の先頭車両に近づいてしまった。

 まだ停止位置に下がる前で僅かだが、先頭車両の先端が本線近づく曲線部に残っていた。

 それでもギリギリ、接触せずに済むはずだったが、分岐での揺り戻しとカーブによる遠心力、何よりストあけで満員となり通常より重量が嵩んでバネとショックアブソーバーの能力を超えていたため揺れは収まらず、普通列車に接触してしまった。

 振り子のように大きく振れたため急行列車の先頭車両は運良く接触しなかったが、二両目が普通列車の先頭車両先端に接触。車両側面に食い込み、壁面を野菜の皮を剥くように乗客を巻き込んで捲れ上げさせた。

 結果、車両側面が大きく抉られ、内部が丸見えになってしまうほどの大損害が発生する。

 車両接触の振動でようやく居眠りから醒めた運転士はマスコンを一杯に押して非常ブレーキを作動させ、急行列車は最後尾を普通列車に食い込ませた状態で停止する。

 不幸なことに双方に多数の乗客が乗っており、特に捲られた急行列車には座席に座っていた乗客が多く線路の周辺にはおびただしい負傷者が散乱する有様となった。

 何処か一つでも規律に従った手順を踏めば防げた事故だった。

 だが、昭弥が日本の鉄道を元に偏執的とも言える安全対策を何重にも施した結果、一つ二つの規律違反、ミス程度では事故が起きないシステムが出来上がっており、これまでも重大事故が起きなかった。

 しかし規律の乱れが発生し、日常的に違反が積み重なるとそれらの安全策は無効となり、結果事故が発生してしまった。

 システムが完璧でも運用する人間が遵守しなければ機能しない。

 運転士が飲酒をしなければ、助役が注意をして乗務を取り下げれば、検修員がドアのランプのチェックをしていれば、駅員が運転主任に報告していれば、運転主任が制限速度オーバーに気が付いていれば、ヨブ・ロビンが経費をケチらず直線の線路を建設していれば防げた事故だった。

 そこへ、吉野桜が運転する後続の各駅停車が接近してきていた。

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