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ストの現場

 えー皆様、毎度リグニア国鉄をご利用頂きありがとうございます。

 運転士の吉野桜です。

 ミールレフォリウム支社の運転区に配属されて色々な事があったのでご報告させて頂きたいと思います。

 あ、私が足を突っ込んでいる白い物体に興味がありますと?

 実はこれ、私なんです。

 疲れすぎて、真っ白になった私です。今喋っているのはそこから出てきたエクトプラズマです。

 何か最近魔法の方で色々な実験や研究が行われ、その成果を公表されて世間を賑わせているのですが、やたら新たな造語が増えて困ります。

 まあ、一運転士には関係のない事ですが。酒の席で昔無線や電信が出来る前は、魔術師が駅間通信を担っていた頃の昔話と聞くなどの付き合いがあるとどうしても聞いてしまいます。

 えー、何の話でしたっけ? ああ、何で口からそんな物を出しているのかってそれは

「起きろ吉野!」


「はっ」


 運転区助役となったクラウスさんが背中を叩いて私の意識を取り戻してくれました。


「すいません、寝ていました」


「寝ているのなら構わないが死んでいるかと思ったぞ」


「幽体離脱していたみたいです」


「……死んでいるのと同じじゃないか。兎に角今日はもう休め」


「そうはいかないでしょう。定時運行を考えると私が抜けるわけにはスト中でもお客様はいるのですから」


 最近、懲戒処分を受けた職員を助けるために組合がストを頻発させており、その穴埋めに非組合員の私たちは大車輪です。

 特にクラウスさんは助役という管理職でありながら運転士としても出ています。

 現業区の管理職の大半が現場経験者なので出来る事ですが、プレイングマネージャー、管理者と一線での仕事が重なって寧ろクラウスさんの方が大変なのです。


「クラウスさんの方こそ休んだらどうですか? 労働系の新聞にこんな事を書かれたんですから」


 私が取り出したのは、労働団体贔屓の新聞社の朝刊です。

 労働団体が国鉄による組合員の懲戒処分取り消しを求める現場協議の終盤を移した写真、団体組合員の襟首を掴んでいるクラウスさんの写真が掲載されているものです。

 タイトルも<これが国鉄の実態 国鉄管理職 組合員へ暴行>と国鉄を悪者にする悪意に満ちたものです。


「待機室で待機中に飲酒をした運転士の懲戒処分に不服を立てたやつでしょう。そんな馬鹿げたことに抗議して徹夜で缶詰にした上に、向こうから襲いかかって来たんでしょう」


 現場協議の場合徹夜で交渉、というより缶詰にされることが多い。協議ではなく組合員が一方的に主張を行い、国鉄が折れるまで同じ主張を繰り返す。


「あれは俺のミスだ。連中につけいる隙を与えちまったからな。折れずに頑張ろうと気負いすぎた」


 クラウスさんは溜息を付きますが、仕方の無いことでしょう。

 あからさまな暴言を組合員に一晩中言われながら耐えるのですから。最後に現総裁の悪口「余所の世界から来た世間知らずに任せておけるか。ただ余所の世界の知識を見せびらかしているだけだろう」と言われてブチ切れて数人を投げ飛ばしても仕方ありません。


「特に勤務態度の酷い連中の懲戒取り消しにこんな事を行うなんて酷いですよ」


「ああ、だからこそ引かなかったんだがな。まあ、総裁からの指示で協議の場にテープレコーダーを持ち込んで録音していたのが幸いした」


「あれ聞く方も苦痛ですよ」


 クラウスさんが処分されなかったのは、現場に録音機材を持ち込んだからです。最近は総裁の発明家であるお嬢さんが開発したテープレコーダーのお陰で長時間の録音が可能になり、交渉の全てを録音することが可能になりました。

 新聞が販売された後、その場の音声を公表してラジオやテレビで流し国鉄のイメージダウンを防いでいます。


「大変ですよね」


「まあな。だが、引くわけにはいかない」


 そう言ってクラウスさんは保守系新聞の一面に目を落とします。

 <これが労働組合の実体だ><ヤミ給与、ヤミ専従のオンパレード><規律違反は日常茶飯事><諸悪の根源 現場協議><ストに大義があるのか 自己中心的な懲戒者救済に乗客大迷惑>

 こちらも扇情的な記事が並びます。労働団体に批判的な新聞社の記事です。

 記事の記載は事実ですが、凄く詳しいです。

 何しろ、国鉄広報部が労使関係の部署から集めた情報をリークしているのですから。

 世論を味方に付けるために総裁が国鉄に好意的な新聞に情報を流すように指示したということです。

 総裁の片腕であるティーベ理事は交友関係が広いので直ぐにこのような記事が流れて来ます。

 まあ、こんなリークをしなくてもスト破りの際に、組合員が乗務しようとする非組合員をホームの上で、お客様の前で罵倒する事が良くあるので周知されていることですが。

 しかし、国鉄のダメな部分、恥部が流されるため、国鉄のイメージダウンも伴います。

 おかげで制服を着ていると利用者様からの支線が痛くて痛くて。少しでも真面目に乗務しないといたたまれません。


「こういうときだからこそ。私たちは定時運行をしなければ!」


 とは言っても、運休が多いと利用者の皆様には迷惑を掛けてしまいます。一本でも多く列車を動かさなければ。


「それなら大丈夫だ。さっき組合の連中がストを解除すると伝えてきた」


「まさか……折れたんですか」


 業務正常化のために経営や管理職が組合に折れることはよくあります。折れた結果、更に非組合員や乗客の皆様に迷惑を掛けたり、懲戒処分を取り消しにされる事が頻発しています。

 後々の事を考えると折れるのは得策ではありません。


「いや、協議の内容を知った世論が組合を叩き始めた。ピケを張っていたら利用者に袋だたきにされて、逃げ出した」


「そりゃ、自分勝手な主張のために電車が動かないとなると怒りますからね」


 家から職場までの足が動かず仕事に行けないのでは利用者の生活がままなりません。

 特に鉄道は帝国の輸送機関の根幹であるため、影響は大きいのです。それが止まると不満が高まるのは当然です。

 しかも組合の連中、組合員だと示すために腕章を付けているんです。

 勿論、服装規定違反ですが抵抗活動の一環だと言って断固として受け容れません。

 しかし、お陰で利用者の皆様から一発で組合員と判明し、ガン付けられたり、暴言を吐かれたり、囲まれて問い詰められる事が多いんですよね。業務妨害なのですが、ざまあって感じです。

 こういう目にあいたくなくて、腕章を外したり、組合から抜ける人が増えているそうです。

 今回折れたのも、利用者の顰蹙をかったからのようです。


「でも、連中が戻ってくるのに時間が掛かるでしょう。この後直ぐの列車は私が乗務します」


「済まないな。そう言ってくれるとありがたい」


「いえいえ、ではそろそろ行きます」


「まだ早いだろう」


「いや、列車の点検整備を行っておかないと。最近は検修区の検修が悪くて良く故障したり整備不良が起こるんですよ。抵抗器の接点が掃除不十分で電流の流れが悪くて力が出なかったり、計器やドアのランプの電球が切れていたり、予め一通り点検して不良箇所を消しておかないと」


「本当に大丈夫か? 運転の前に点検の労力が更に増えて」


「やるしかありませんよ。安全運転の為には必要な事ですし、クラウスさんには徹底的に叩き込まれたことですし」


「それはそうだが。だが検修員の仕事までやる事はないぞ」


「検修員から列車を引き継いだ後に事故が起きたら大変ですから。それに検修員にも組合が多くてストでサボることが多くて検修が杜撰になっていますし」


「本当に苦労をかけるな」


「いいえ、仕方ありませんよ組合が権利を主張してサボったり、妨害するのは慣れていますから」


 最近では組合への支援なのでしょうか、置き石や線路周辺のケーブル切断なんてのも起きています。

 小石を置いた程度なら、列車の運転に支障ないと思っているのでしょうか。

 乗り上げたら脱線転覆なんて事も起こりえるんですよ。脱線しなくても車輪に傷が付いて、凹んで乗り心地が悪くなったりするので止めて欲しいです。

 それにケーブルは信号設備などの通信に使うんですから、途中で切断されたら使用不能となり列車が信号を読み取れず運転不能になります。

 列車に損害無いからと言って破壊して良い物ではありません。

 何を考えて切断するのでしょうか。何も考えていないのでしょうか。

 労働組合支援の闘争行為とか外部が言っているようですが、鉄道を危険に曝すだけの行為です。本当に止めて欲しいです。


「では行ってきます」


「気を付けろよ。このカエルムカエルラ線は予算不足で土地収用が上手く行かずカーブが多くて大変なんだからな。改修工事が始まったが、お陰で見にくいしな」


「分かっていますよ。私はヘマしませんよ」

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