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昭弥の反撃

 アジ電車が走った翌日、ミールレフォリウム支社長のトムは昨日と同じように支社の建物に入っていった。


「支社長! 首切りと合理化の撤回をこの場で確約しろ!」


 そして直ぐに組合員に囲まれ、命令口調で言われた。


「経営の決定は我々の所轄事項だ。現場の声は可能な限り聞くが決定権は我々にある。責任も経営陣が取るから受け容れて貰いたい」


「雇用を喪えというのですか!」


「鬼! 悪魔! 人でなし!」


「労働者の痛みを分からないのか!」


 トムは、小さく溜息を付いた。

 つぃかに入社当初のトムは優良な職員とは言えなかった。だが、仕事をこなしていく内に鉄道員としてのプライドが生まれ、より良くしようと努力してきた。

 今でも時折現場に立ち、業務を行っている。

 キツい業務もあるが、技術革新によりだいぶ改善されている。それでも抵抗するのは信じられない。何より業務に不適格な人員、技量不十分どころか飲酒までするを残せというのは、論外だ。


「明確な業務規定違反を行ったからには、懲戒免職とする」


「絶対に通さないぞ。どんなことをしてもな」


 そう言って組合員の一人がトムの胸ぐらを掴み顔に拳を入れようとした。

 だが直前にその組員は顔面を片手で鷲掴みにされてアイアンクローを決められ、動きが止まった。


「ウチの旦那に手を出すのは止めて貰いたいね」


 組員を片手で鷲掴みにした上、そのまま身体を持ち上げたのはトムの妻であり竜人族でユリアの親衛隊長のマイヤーだった。

 凛とした態度でマイヤーは言い放った。


「実力で阻止するというのなら、こちらも実力で排除させて貰う」


 マイヤーが静かに言うと周りに居た十数人の組合員は怯んだ。

 人数は組合員の方が多いが、戦力は人間を遥かに凌駕する竜人族であるマイヤーの方が上である。像を相手に人間が素手で戦うようなものだ。


「うるせえ、失せろ!」


 だが、血気盛んな一人が保線作業用のハンマーを持ち出してきて襲いかかって来た。道具を傷害に使う時点で鉄道員失格だが、共産主義を掲げたチンピラ組合員には関係ない。叩きつぶすという衝動だけで振り上げる。


「はっ」


「ぎゃああ」


 だがそのハンマーを振り上げた瞬間マイヤーは口から火炎を吐いて、チンピラを撃退した。

 その余波で周りに居た数人の組員も火の粉を浴びて怯み正面に通路が出来る。


「さあ、どうぞ支社長室へ」


「ありがとう」


 自分の妻に感謝の言葉を述べるとトムは支社長室に向かって歩み始めた。


「はあ、全く、どうしてこんな事になったんだろう」


 トムの後ろに続いてマイヤーは独り言を呟く。

 昔勘違いからトムと関係を持ってしまい、そのまま夫婦となってしまった。

 親衛隊長は続けているが、今回は昭弥の依頼とユリアの口利きもあり旦那の護衛に付いていた。

 今は皇帝となった姫様の近くにずっとお仕えしたいのに、旦那の元に居て良いのか。

 そもそも何で旦那をこんな荒れた職場に配属させたのか、そもそもこんな荒れた職場をどうして作ったのか。

 自分の可愛い姫様を奪い去ったあの異世界人である昭弥の事を昔から好いてはいないマイヤーであり、そのことはここでも変わらなかった。


「まったく、これ以上尻拭いをする羽目になると、本当に潰さないとダメだな」




「広域異動と懲戒処分だと!」


 その日ミールレフォリウム支社でトムから人事の決定が公表され動揺が走った。

 懲戒処分や剰余人員の広域異動が命じられ、その大半が組合員だったからだ。


「こんなの認められるか! ストを継続するぞ!」


 組合員は気勢を上げると直ぐさま乗務員待機室へ向かいバリケードを作りピケ――組合員の脱落や非組合員が乗務しないように見張り、スト破りが行われないようにした。


「何をやっているんだ貴様ら!」


 そこへやって来たのは、新たに配属されたクラウス達獣人の運転士だった。


「施設の行き来が出来ない様にするのは、威力業務妨害だぞ」


 昭弥は子飼いの運転士達の中で特に身体能力に優れた獣人の職員を大勢ミールレフォリウム支社に転属させ組合側の職員を抑えるように命じていた。


「ストは俺たちの権利だ」


「法的には認められていない。違法だぞ。クビになりたいのか」


「クビが怖くてやっていられるか」


 クラウスに掴まれた組合員は暴れるが人間と獣人では基礎体力違う。全力で暴れても、子供がもがいているようにしか見えない。

 平和的に押さえつけられるよう、昭弥は圧倒的な体力を持つクラウス達獣人職員を配属させていた。


「懲戒免職になると年金が貰えないぞ」


 クラウスの一言で全員の動きが止まった。

 国鉄への就職希望者が多いのは福利厚生と給与が良く、退職後の年金が多いからだ。

 しかし、円満退職が条件であり懲戒処分を受けると減額される。特に懲戒免職は年金受給資格が剥奪される。

 勿論帝国の社会保障制度の充実で国民年金に相当する年金は貰えるが、雀の涙だ。一方の国鉄は企業年金で桁が遥かに違う。


「他の企業に行ってローンを払えるのか?」


 何より国鉄は給料が良い。先の昭弥の運賃値上げによって基本給が伸びている。ローン地獄に嵌まっていた職員には朗報だった。

 それを失いたくはない。ローンを残して失業など恐怖でしかない。


「はん、脅しても無駄だぜ。違法に退職させても組合が補填してくれる」


 国鉄労働組合では不当に退職させられた組合員に給与を肩代わりする制度を設けていた。ストを行って処分されてた組合員の生活が脅かされないようにするためだ。

 そのため組合員は懲罰を恐れることなくストに打ち込んだ。


「だが、それは組合費から出されているものだろう。大勢が処罰されたら出せるのかね」


「最後に勝つのは組合だ」


「総督いや総裁は妥協しないぞ」


 静かにクラウスが言うと組合員達はたじろいだ。

 処罰されて減給されたりしても組合が肩代わりしてくれるが、上層部と現場協議して処罰を撤回させ、処罰中の急をを組合に払わせることで支出を相殺している。

 もし、国鉄が一切支払いに応じず、処罰を撤回しなかったら組合の財政は火の車だ。

 職員の給与から出した組合員費はあるがとても全組合員の給与を肩代わりするだけの金額ではない。

 そもそも全組合員が懲戒免職を受けたらどうやって組合員から組合費を出させることが出来るだろう。


「ストは許さないからな。それとここは技量も職務遂行の態度も悪すぎる。改めて貰うぞ」


 クラウスはそう宣言すると、職場の整美活動に入った。

 乗務に不要な物を撤去させ酒をゴミ箱へ、脂のこびり付いた壁を雑巾がけにさせ、備品の掃除と整理整頓を徹底させた。

 初めは抵抗していた組合員だったが、懲戒解雇という脅しを聞いて渋々ながら掃除を始めた。




「けっ、やっていられるか」


 しかし労働組合の専従職員、特に共産主義者を中心に昭弥の公正な処分に抵抗する職員も多かった。


「総裁の野郎、俺たち組合を完全に潰す気ですよ」


 リシェスコリーヌへ組合員から多数の昭弥への苦情が募ってきていた。


「何より連中は俺たちを平等に扱っていない。同じ待遇、同じ給与。それが共産主義の理想でしょう。連中はそれを頭から否定してやがる」


 共産主義思想を掲げる労働組合はその実現に向かって進んでいる。

 全ての人々に対して平等で給与と待遇に差が無いことが理想とする社会だ。

 そのためには時に暴力を以て、資本家を撃ち倒さなければならない。

 リシェスコリーヌが昭弥との協定を破ったことも、資本家との闘争においては、協定破りは当然という風潮だった。寧ろ協定を結んだこと自体が反共産主義的とさえ一部過激派からは非難の声が上がっていた。

 このような過激な思想だったが、国力が発展して格差の広がりつつある帝国において、貧困層には魅力的な思想であり、賛同者が急激に伸びつつある状況だった。

 リシェスコリーヌ自身は馬鹿げた思想だと考えてる。だが、急速に貧困者――帝国民の多くに広がり、知識人にも増えているこの思想を利用、自身の出世のための踏み台にしないては無いと考えていた。

 だからこそ、徹底的に利用する事にしている。


「ええ、委員長として必要な手を打ちましょう」

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