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戦争初期の情勢

 夏から秋の空に変わろうとしていたある日、王国に激震が走った。

 北方貴族の反乱。

 それに伴う、ルテティア王国に接するアクスム、周、エフタルの侵略。

 ルテティアは、存亡の危機に立たされようとしていた。


「では閣議を召集します」


 ユリアは、直ちに閣議を召集したが、一部の大臣も反乱に加わったため、席に空席が目立った。


「状況を説明して下さい」


 正規軍の総司令官代理である総主計長ハレック王国軍中将が説明した。

 本来は、キクリヌス大将が務めるべきだが、反乱に加わっているため、急遽彼が代理の総司令官となった。


「現在、我が国への攻撃を仕掛けているのは大まかに四つの勢力です」


 ハレック中将は、地図を広げて伝えた。


「まず、北方の貴族反乱軍。現在確認されただけで総勢一〇万。ルビコン川沿いに南下しています。更に反乱に加わる貴族や正規軍、傭兵が増えれば一五万から二〇万になるでしょう」


「補給の状況は?」


「各領地の備蓄とルビコン川の水運を利用して輸送しており、枯渇する様子はありません。また、正規軍の備蓄倉庫を各地で制圧しており、兵糧は潤沢にあります」


「王都への侵攻の可能性がありますね」


「非常に高いと言えるでしょう」


 ハレックが司令部の予測を伝えた。


「次にアクスム軍ですが、国境を三〇万の軍勢で突破。チェニスを占領したのち、進撃を再開。大半は沿岸部を制圧しつつ、オスティアに向かっております」


「三〇万ですって。虚仮威しでは?」


 戦争では敵に脅威を与える為、怯えさせる為、あえて多めの人数を言って誇張することが頻繁に行われた。


「偵察の報告は、いずれも信頼に足ります。間違いありません」


「……補給はどうしているのです」


「船を出し、海から補給を受けているようです」


「こちらも補給切れがなさそうですね」


「はい、先鋒が船団と合流できず補給待ちを行う事があるでしょうが、留まることはないでしょう。また別働隊五万が王都へ直進しており、こちらは兵の数が少ない上に騎馬を中心としているため、移動が早いです。差し迫った一番の脅威と言って良いでしょう」


 沈黙が重くなった。


「北方のエフタルは、小規模な騎馬集団が中心ですが、総計で一〇万は超えるでしょう。換えの馬に羊を伴い、ゲルも馬車に乗せ、展開したまま進んでいるので、大規模なことは間違いありません。しかし大規模すぎて、少数の略奪部隊を除けば草原地帯を越えた攻撃はないと考えます。またルビコン川を越えることも、著しく王国が劣勢にならなければ大規模侵攻はないでしょう」


 基本的に遊牧民族は馬で迅速移動を基本としているため、草原以外の場所を進むことは少ない。川や山、森などは移動が困難なため避ける傾向があり、よほど優勢でなければ入らない。

 だが、王国は今劣勢に立ちつつあり、予断を許さない。


「続いて周ですが、国境沿いに三個の軍勢、それぞれ二〇万、計六〇万の集結を確認しました。更に、増強される可能性が高いです。また、他にも増援の軍が編成されているという未確認情報がありますが、確度は高いでしょう。後方で新たな軍を編成している兆候があります」


「さすが東の大国周と言うところですね」


「ですが、大軍故に動きが遅く国境の川を越えていますが、急速に進撃する様子はございません」


「それでも大軍である事に変わりはありません」


 ユリアは深刻な顔をして答えた。


「王国軍はどうです?」


「はい、近衛軍は近衛軍団四個師団六万が欠けること無く王都に待機しております。正規軍は一部反乱軍に寝返りましたが、四個軍団一四個師団二〇万が待機しています」


 通常、帝国軍は、一万二〇〇〇人の歩兵師団三個と八〇〇〇人の騎兵師団一個の四個師団に少数の支援部隊が付いて五万で構成されている。

 王国軍も近衛軍が若干人数が多いのを除いて、これに準じた編成となっている。だが、北方に配備した軍団の一部が反乱を起こしたため、一部が離反し抜けている部隊が多かった。


「足りませんね」


「自警団の人達はどうですか?」


 会議に参加していた昭弥が発言した。

 閣僚では無かったがユリアのたっての願いで参加することになった。


「予備役と自警団は一二〇万を超しており現在掌握している地域だけでも一〇〇万はいるはずです。動員すれば短期間で戦列に加えることは出来ますが、動員した後の補給が出来ません。最悪の場合、王国軍の為に国が荒廃します」


 この世界の軍は昭弥の板世界の近代ヨーロッパの軍と同じで、倉庫から得られる場合を除いて、現地調達が主だ。

 ナポレオン軍の場合、最も強かったと言われる一八〇五年の編成でも、総勢二〇万近くいたが、ブローニュの駐留を除いて一箇所に五万人を越える部隊が存在した事はない。

 これは機動力を増すためと、五万以上の部隊だと現地調達に支障を来たし、食料不足から崩壊するからだ。

 当時とこの世界では、軍隊は自国に居る分には軍事倉庫が使えるが、戦地だと現地調達農家などから買い付けたり略奪をすることで賄っているのだが、人数が多いとその土地から食料そのものが無くなってしまう。

 だが、戦力が少ないと撃破されやすくなるので戦力として大きく、現地調達でやっていける兵力が五万人だった。

 勿論、場所によっては更に少なくなったり、増えたりするが、平均して五万が適当とされている。


「敵はどうやって補給しているのでしょう?」


「水運と海運を使っているのでしょう」


 ハレックは答えた。

 陸上から輸送するのはコストがかかるため、あまり行われていないが、水運は低コストで大量の物資を輸送できるため多用されていた。


「北方はルビコン川の上流ですから川に流せば直ぐに受け取ることが出来ます。一方、こちらはさかのぼる必要があるため不利です。周は、国境を川としているため、その支流を利用して運んでいるのでしょう。エフタルは人数は多くとも、一つ一つは少数で現地調達で行けるのでしょう。それに連中の連れてくる換え馬も弱った順に食料とすることが出来ます」


「アクスムはどうなんですか」


「こちらは海を使っているのでしょう。商船を使えれば簡単ですから。それにインディゴ海は時計回りに風と海流が流れていますから、運び込むのは簡単です。が……」


 ハレックは言葉を濁した。


「答えなさいハレック」


 ユリアに促されてハレックは答えた。


「はい、アクスムはそれほど航海技術に優れているとは言えません。我が国にも劣ります。それが、三〇万近い大軍に食料を補給できるほどの船団と技術を持っているとは思えません」


 鉄道もそうだが船も技術集約型の産業であり、あらゆるレベルで卓越した技術者が必要になる。


「つまりそれだけの船団を運用できる国が支援していると」


「はい、恐らくマラーターではないかと」


 インディゴ海の中央近くにある群島を領土とする海洋通商国家マラーター。インディゴ海に航路を複数持ち圧倒的な商船団を運用している。彼らなら三〇万の大軍のための食料を運ぶ船団を用意することなど容易い。


「つまり、周辺四カ国を敵に回していると言うことですか」


 ユリアは呟いた。


「どうして可能となったのですか」


「恐れながら、宰相はアクスムとの和平の為に動いており周辺国と連絡を取り合っていました。その時、反乱時に国内に侵攻し、援護するよう依頼されたのでは?」


「なんてことを……」


 ユリアは絶句した。




「今頃、ユリアは絶句していることだろうな」


 反乱と三カ国の侵攻を聞いたフロリアヌスは、援軍を求めたルテティア王国の使者が退出してから呟いた。


「はい、いくら精強でも総兵力では王国は、周辺国を合わせた数より少のうございますから」


 帝国宰相ガイウスが満足そうに答える。

 皇帝から命令された後、帝都に来ていた王国宰相アントニウスに反乱をけしかけ上手く行ったのだから。


「都市国家時代からの名門とはいえ、衰退甚だしく帝国に有力なアントニウス家はない。帝国内での地位を提示したら簡単にかかってきたな。反乱が成功しやすいように帝国軍の進出を遅らせる約束もしてやった」


 いくら精強でも帝国の支援が無ければ、王国は滅びるしかない。

 例え王国が滅んでも帝国はセント・ベルナルドさえ確保していればいくらでも増援を送れる。近年は鉄道があるのだから兵の輸送は簡単にできるだろう。

 王国があとは、無敵の帝国軍が進出しユリアを殺した仇として、反乱軍と侵攻軍を攻め、皇族殺しの罪で滅ぼせば良い。

 王国軍は数が少ないとは言え精強。大軍でも何割かが失われるはず。

 疲れ切ったところを討てば簡単に勝てる。後は勢いに乗って、何処までも攻めれば良い。


「王国のみならず、周辺国も奪えるとは良い話だな」


「はい。しかし、隣国に帝国を攻めさせるとは利敵行為にあたりませぬか」


「余は皇帝ぞ。帝国の頂点に立つ者。故に余の意志は帝国の意志。隣国に攻め込ませることを決め実行したからには帝国の意志。故に利敵行為はあり得ぬ」


 自分こそ帝国という矜持から、フロリアヌスに不遜な態度をとらせていた。


「そもそも、この策は宰相の策であろう。他に穏便な策は無かったのか」


「下手な策を用いても容易く切り返される恐れがありました。また、帝都の手形を換金される可能性も。全てを短期間で一撃で潰すには、これが一番の策でした。戦時下であれば、陛下の戦時独裁権をもって治安維持の名目で手形の換金を停止する事もできます」


「確かに、ちまちまとした小細工は気に入らん。ルテティアには派手に滅んで勝利の祝宴の花となって貰おう」


 前祝いの祝杯とばかりにワインをあおっていると、兵士が入って来た。


「報告します! セント・ベルナルドの鉄道と街道が崩壊しました!」


「何だと!」


 驚きのあまりフロリアヌスはたち上がった。ガイウスも驚いて絶句していた。


「どういうことなのだ!」


「はい、山道の数カ所で崩落があり完全に塞がれております。爆発音を聞いたとの報告があり、破壊工作の可能性が大きいです」


「復旧はいつになる!」


「大規模ですので、通れるようになるには最低一月。大軍が動けるようになるのは三月かかります」


「三ヶ月だと……」


 軍の移動は準備も含め時間がかかる。

 復旧を待っていては敵に王国を滅ぼされた上、セント・ベルナルドも包囲されてしまう。

 いくら最強の帝国軍でも、狭い通路の先の出口を塞がれては、勝つことなど出来ない。

 他にも通り道はあるが、どれも狭く険しい道で復旧と同じくらい時間がかかる。

 王国とは言え四〇〇年前から徐々に広げてきた帝国の領土。それが奪われてしまう。

 これにはフロリアヌスもガイウスも絶句した。

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