リシェスコリーヌの裏切り
それからの昭弥は精力的に動いた。
DMV導入は鉄道省的には順調に、内務省的には脅迫被害者という形で。
軌道法で新幹線を運用して大事故を起こした過去もあり、内務省側が折れるしかなかった。
「少しは譲歩して下さい!」
丸呑みをしたら干されるのは確実な三人の子供を持つ内務省側担当者は、昭弥にマジ泣きして懇願し、何とか燃料税を折半という事で合意した。
他は全て丸呑み、DMV免許取得者は公道も走れる。勿論、大型二種に準ずる訓練と試験を受けることになるが、免許が一つに纏められたことで、ハードルはなくなった。
他にもDMVの公道走行を許可させ、省庁間の根回しは終わった。
ミールレフォリウム支社の労働団体支部に関しても、今回の改革案受け入れを条件にストは行わない事を約束させた。
ローン漬けの職員にこれ以上負担を掛けさせないためにもDMVで黒字経営に持っていきたいので、支社を跨ぐ広域異動は行わない方向で調整中だ。
流石に勤務態度が悪かったり、技量未熟な職員は再訓練後の再試験で技量良しで無ければ配置換えさせることにしていた。
こうした苦労を経てリグニア国鉄にDMVが導入された。
輸送人員は少ないが、各集落へ乗換無しで行けるところが便利だと歓迎され、利用者は増えた。
各ローカル線もDMV接続のために高頻度運転を行い、利便性を高めている。
それでも駅での列車との接続に時間が掛かってしまうが、山間部故に車の通行量が少なく渋滞に巻き込まれず定時で運行できるため、待ち時間は最小限で済んでいる。
少なくともDMV導入に関しては成功であり、他の支社への導入も始まり、収支の改善も始まった。
また貨物部門からの依頼でトラック型のDMVも製造されコンテナを積み降ろすには規模が小さすぎる山間部での貨物輸送に活躍している。
ローカル線はDMV運用の定時運転路線となり、自動車とほぼ対等に対抗できる希望が見えてきた。
「一体どういう事だ!」
DMVが軌道に乗り始めたとき、国鉄本社では昭弥の怒号が響き渡った。
監査部から届いた報告書を一読して、一瞬にして怒り心頭となって叫んだ。
「あの飲酒運転の社員が何故残っているんだ!」
ミールレフォリウム支社で運転席で飲酒したまま乗務していた運転士の懲戒解雇。それが労働団体と結んだ協定だったはずだ。
なのに未だに解雇されていない。
「労働団体支部が職員の首切りに反対して実行できなかったようだね」
怯んでいる報告者に変わってティーベが静かに答えた。
「解雇に賛成したはずだろう」
「組合員の雇用を守るためにやはり首切りは譲れないと意見を翻した」
「安全の為に必要な規則に反した職員を処罰しなければ規律が乱れ安全に運転できない。そもそも自分が約束を守る気は無いのか」
自分の都合や思い込みで約束を反故にするどっかの国か、と昭弥は怒り心頭だった。
「どうして約束を守らないんだ!」
「これの為だろうね」
そう言ってティーベは国鉄労働団体の機関誌を見せた。
「全国大会? 委員長の改選選挙だって? な、リシェスコリーヌが出馬して当選だと!」
「各支部が投票して決めるらしい。票数は組合員の数で決まる。技量未熟な運転士でも組合員だから票数に入れられる。組合員を無慈悲な国鉄総裁から守り切った支部長というキャッチフレーズに使える。勤務態度劣悪で解雇しても不当解雇だと主張して組合に残すだろうけど、守り切った頼りになる支部長という宣伝効果を得たようだね」
「……つまり、僕は彼女が委員長になるのを手伝ったという訳?」
「結果的にはそうなるね。他の支部でも同じような要求が増えるだろうね」
「DMVの導入については構わないよ。だが技量未熟な運転士を残すのは」
ローカル線の経営改善の為の切り札としてDMVを導入したので、普及させるのは構わないしある程度予算も出す。
しかし、技量未熟、勤務態度最悪の運転士を乗務させるのは、鉄道の安全に直結する。断固として拒絶しなければならない。
「……技能試験に問題のある運転士は解雇するように伝えるんだ。それと補充の運転士を、組合員ではない運転士をね」
「国鉄内の運転士の殆どが加入しているよ。チェニス田園都市からの運転士でないと」
「給与に関しては良くしているよ」
好景気によるインフレを名目に運賃の値上げをかなりに強硬に実施した。
元々、高めに運賃を設定していたが帝国が好景気に沸いているため、どうしても各種物価が高くなり、国鉄の各種支出が増大。運賃は据え置きのままだったため、相対的に収入が下がっていた。
同時に職員の給与水準も下がっていたため、インフレに対応する形で基本給を上げていた。
ボーナスだと一時的で今後も増える保証は無いが、基本給の場合下がることはまずない。下げるのは職員との協議されも激しい抗議の中、代替案や痛みを伴わせて行わなければならないので下げにくい。
しかも基本給は各種手当てや年金の基本となるので、人件費全体が上がる事になる。
つまり今後人件費は上がっていく。
それに耐えられるように運賃の値上げを元老院からの反対を押し切って断行した。
「労働団体に入るのが国鉄職員の義務だと言って入社して直ぐに囲い込んでいるよ。駅員見習いどころか、就職口を探している若者を見つけ出して駅員にしてそのまま加入させている」
「無理矢理加入させるのは違法じゃないのか?」
「下手したら監禁だね。労働団体側は勤務の為の教育だとか、新人の勧誘と言っているけど」
「労働団体の規模を拡大させるためのものだろうが。なんて荒廃しているんだ」
「そりゃ、優秀な職員はチェニス田園都市鉄道に移ってしまったからね」
ティーベに指摘されて昭弥は頭を抱えた。
確かにあの時は自分の会社を作るので精一杯だったし、優秀な職員が付いてきたことに感謝感激した。
だが、彼等は国鉄を支える屋台骨だった。彼等がいなくなった後に入って来たのは労働団体の組合員。しかもイデオロギー闘争優先で鉄道員の技量も誇りもない連中だ。
そんな連中でさえ雇わないと維持できない程リグニア国鉄から人がいなくなってしまった。
その悪影響をもろに昭弥は受けていた。
「……出来る限り優秀な人材を集めて管理職に。新人も国鉄独自に、組合を通さずに採用するようにしよう。それとミールレフォリウム支社の管理職を異動させるんだ。組合の影響のない職員にね」
「労働団体が反発すると思うよ」
「約束を守らなかったのは連中だ。約束をしても守ろうとしないなら強制的に守らせるまでだ」
「ストを起こすぞ」
「構わない」
一言だけだが、鉄道経営に必要な人事権を蔑ろにしてはたまらないという思いで昭弥は命じた。
明確に運転士の資格基準を決めているのにそれを労働団体のトップ一人がイデオロギー闘争のためにねじ曲げられるのを見過ごす訳には行かない。
実際に乗車して技量が不十分であるのは明確なのだから配置転換、それがいやなら解雇するしかない。
強圧的な命令を下す企業とブラック企業と言って世間では騒がれているが、技量の無い人間に任せる方が問題だ。
資格基準が間違っているならともかく、何の科学的根拠も無く、めいじせずタダ口だけで不当と言うのは無責任な政治家やマスコミと変わらない。
安全の為に断固とした処置を執るべきだと昭弥は考えて命じ、ティーベは苦笑しながらも従った。
「必要な処置だけど、あのリシェスコリーヌが何をやらかすか」
人はそれぞれ違い、一人一人常識も違う。
このリグニアと昭弥の居た世界では常識、特に鉄道に関する常識も違うのだろう。
だからこそ昭弥がこちらに召喚されて、鉄道が大きく変わり帝国が変わった。
しかし、鉄道を別方向、イデオロギー闘争や政争の道具とみている連中も多い。
それらが昭弥に対して何をしてくるかティーベは考え、同時にどのような対策を昭弥が見せるのか、不謹慎ながら楽しみにしていた。
昭弥の近くに居るのは、今までにない見たことも無い事を見せつけて、ティーベ自身を楽しませてくれるからだ。時折突拍子もないことをしでかしてくれるが、それもまた楽しい。
自分以外も昭弥の元で仕事をして居る連中も大なり小なり似たところがある。
ただ昭弥は鉄道の為なら何をするか分からない。
リシェスコリーヌはそれを知らず、虎のを踏んでいるように思えて成らなかった。
確かに国鉄職員の半分近くを組合員として取り込んでいるが、上層部や中間管理職は昭弥が手塩に掛けて育てた子飼いで、チェニス田園都市鉄道から移ってきた連中も多いし、国鉄に在籍していて経験も豊富な連中が多い。
何より鉄道に関しての知識や発想は昭弥の方が豊富だ。
その昭弥に正面切って喧嘩を売ろうとしているリシェスコリーヌが何をするかもティーベとしては楽しみだった。




