DMVの問題点
「所属する運転士の組合員を説得し協力させて頂きます」
労働組合支部長のリシェスコリーヌから前向きな同意を得て昭弥は会談の場を後にした。
「本当に導入できるのかい?」
労働団体の建物から出てきた昭弥にティーベは尋ねた。
「何も問題無いはずだよ」
「結構、小さいよねDMV。鉄道車両の代替になるの?」
日本のDMVはマイクロバスを改造したため全長七メートル、幅二メートル、乗車定員は最大でも二九人だ。
リグニア国鉄の標準型車両は全長二五メートル、乗客定員は二〇〇人だ。
ローカル線用にレールバス――バスなどの自動車の装備を流用した、あるいはベースにした鉄道車両を導入してるが、それでも全長は一五メートル、定員一二〇名ほどが乗れる。
昭弥の作ろうとしているDMVは日本の物を参考にしており、ほぼ同じ大きさだ。
「ラッシュ時の乗客を捌けないと思うけど」
小さすぎて乗せられる乗客数が少なく、一番混む時間、朝夕のラッシュ時の輸送ニーズに応えられない。日本のローカル線の単行でさえラッシュ時の輸送人員をカバー出来ないのに更に小さい車両で対応できるのだろうか。
「台数でカバーするしかないね。これ以上大きくすると、道を曲がりきれない」
安易にDMVを大きくすると、道路を走行するときに支障が出る。
リグニアの国鉄車両はレールバスでも全長が一五メートル以上、幅も三メートル近いため一般道を走ろうとすると前後がつっかえる。
日本のバスの場合一番大きい特大車でも全長が一二メートル、全幅二.五メートル程度。輸入物でようやく一五メートル大だ。
しかも道路法上の規定を越える為、特殊車両として当局に運行申請が必要であり、決められたルートしか通れない。
かつて筑波万博で活躍した連節バスを東京シティ・エアターミナルがリムジンバスとして改造し運用したが、特定ルートしか通れないことが災いし、渋滞時に迂回路を設定できないことから姿を消した。
以上の理由から昭弥は山間部での運用を考慮し、マイクロバスと同じ大きさで製造することにした。
需要に対しては台数でカバーするのが昭弥の目論見だ。
「車両が増えると運転士が大勢必要だろう。いくら配置転換を最小限にするためとはいえ、合理化に反するんじゃないのかい?」
こうした小型の交通機関、乗客定員の少ない乗り物を投入すると乗客の人件費負担が増大する。鉄道が大量輸送機関として優れているのは運転士一人で数両から十数両の列車乗客数千人前後を走らせることが出来るからだ。
一人で最大でも二九人のマイクロバスとでは経済性があまりにも違う。
ローカル線が儲からない理由もレールバスの場合、乗客定員一〇〇人前後が限界となってしまい、収入源となる輸送人員が大都市部の通勤線の十分の一以下となってしまうからだ。
他にも理由はあるが、収入となる旅客人数が少ない時点でローカル線の経営は厳しい。
そのレールバスよりも更に輸送人員の少ないDMVを導入することにティーベは懸念を示した。
「問題無いよ。運転士が大勢必要なのは駅から離れた集落までの間だよ。線路上は機関車やレールバスと連結して総括制御して運転できるように設計している。線路上は事実上一人で運転できるから、必要な運転要員を削減することが出来る。全体としては人件費は安く済むよ」
自動連結器と制御ケーブルを装備させており、一台の機関車或いはレールバスで十数両のDMVを引いていくことが出来る。
昭弥が設計したDMVは、ハイブリッドカーと同じでモーターとディーゼルエンジンで動く。電力さえ提供すれば電車のような動力運転も各DMVがエンジンを作動させての総括運転も可能だ。
さほどの負担無く、長大な編成を引いていくことが出来る。
「安全性は大丈夫なのかい?」
「車輪の収納部分に関しては何度も収納テストを行って安全は確認済みだよ。設計時の想定を超してもクリアしたんで続けたら試験機の方が先に寿命を向かえたよ」
「車体の方は? 車だから脆弱じゃないの? 事故の時に耐久性や生存性に問題は? 焼却も出来るのかい?」
「元にしているマイクロバスは、国鉄バスで使われている奴だ。三〇万キロノンオーバーホールを前提に作らせている。ただ耐久性は確かに脆弱だけと、先頭車両を機関車やレールバスにすれば少なくとも事故で最も多い正面衝突には耐えきれる」
ハマの赤い奴と同じで先頭車両を重くして障害物を押し切る論理だ。横からの衝撃に弱い、DMVのみでの運転時は脆弱という弱点があるが、線路上の安全を保線で確保して切り抜ける算段を昭弥はしていた。
「まあ国鉄で運転するのは問題無いだろうね」
ティーベはその点は認めた。なんだかんだと言って昭弥はこのような発想に掛けては天才的である。
これまでもずっとそうだったように元ネタがあるとはいえ、採算性を考えて基本構造を決定し、リグニアの技術水準に合わせて製造する。
下手な技術者なら完璧を求めて技術開発に固執し、何時まで経っても開発できない事態になりかねなかった。
だが昭弥は妥協を許し前進する。拡張性の余地を付けておき、新たな技術が開発されたとき直ぐさま導入できるように準備していた。
自分の手の内で行うのなら全て完璧である。
「国鉄の外、正確には道路の上を走れるのかい?」
リグニア帝国では鉄道は鉄道省、道路は内務省が管轄することになっている。
DMVは、軌道と道路を走る。
開発時、および線路上と国鉄敷地内は鉄道省の管轄だが、一般道路は内務省の縄張りだ。
「自動車を統括する内務省自動車局の車検に合格できるかどうか」
「法令で定められた自動車の適合に会うように設計している。元はマイクロバスで道路を走っていたんだから問題は無い」
「幅が違いすぎて、乗車が大変だけどな」
「そこは苦労したよ」
マイクロバスの幅は二メートル、国鉄の標準的な車両は幅三メートル以上。通常のホームに停車すると、マイクロバス改造のDMVだと隙間が空きすぎて乗客は幅跳びをしなければ成らなくなる。
ホーム用のドアを作ることも考慮されたが、マイクロバスの左右に乗車口を作ったため乗客定数が下がっており、これ以上の減少は避けたかった。
そのためDMV内に鉄道走行時にはミニ新幹線の如くホームへタラップが伸びる仕掛けを作っていた。
外側ではなく内側から伸ばすので車椅子用のタラップに似ている。
「だが、少なくとも乗客が線路の上に落ちるのは避けられる」
「他にも運転士自動車用の免許が必要だろう」
日本のDMVが普及していない理由の一つに異なる管轄を横断するため各種法規制をクリアする必要がある。
車両を大型にすると特殊な許可を必要とするのは勿論、DMVが公道を走るには車検を合格しなければならないし、運転士も自動車用の大型二種免許が必要だ。
他にも線路上を走るには動力車操縦者免許が必要であり、双方の資格と操作に慣れるための育成に時間と費用が掛かる。
道路と線路上の運転士を分ける事も行われたが人件費が二人分必要なので非現実的だった。
「今回はDMV用の新たな免許を作ってやるから大丈夫だ。それに余剰となる運転士に大型二種免許を取得させるから必要ない」
「内務省の説得が必要だな。それに税金、自動車税や燃料税の取り扱いをどうするんだい?」
DMVの燃料に使うのは軽油で自動車に使う場合は自動車燃料税がかかる。この自動車燃料税は目的税で道路整備に使われる。
しかしDMVは線路上も走る。
その際に軽油を使った場合は自動車燃料税は無税となる。しかし、線路で使った分と道路で使った分の線引きが難しい。
アフガン戦争時に自衛隊の補給艦がアメリカ軍艦艇へ燃料を補給し、その艦艇がイラク戦争に参加したのではないか、という疑いが持たれたときと同じ事になってしまう。
「DMVへ燃料を入れる時はDMV燃料税を新たに加えることになった。鉄道省と内務省で折半する」
「まあ、それなら良いんだけどさ」
それでもティーベは内心に不安を感じていた。
あのリシェスコリーヌの事がどうも信用できない。大家族主義で身内を信用しすぎるところがある。急速に拡大し一〇〇万以上の職員を抱える国鉄は一枚岩という訳ではない。労働団体が出来た事がその証拠だ。
しかも国鉄の経営を乗っ取る可能よな行動を取っている。
このまま放置するのはあ危険ではないかとティーベは考えている。
なのに昭弥は昔のように、ルテティア王国で鉄道を建設していたときのような気分、少数の仲間と共に鉄道を作ったときのような気分で今の国鉄を動かしている。
しかし、彼等の協力が必要なのもまた事実であった。
昭弥もそのことを念頭に置いて、支社長の自殺に目をつぶり協力しようとしている。ローンによる職員の縛りという暗部も見せつけられ、彼等の苦しみを少しでも軽減するためにあえて目をつぶっている。
「だからといって、それが上手く行くとは限らないが」
悪い方向へ向かないように祈るしかティーベには出来なかった。




