労働団体ミールレフォリウム支部
「同時共産主義革命は絶対に達成しなければならない。我々を搾取する資本家、金だけを出し労働をせず我々の給与から剰余利益をむしり取る連中を排除しなければ我々は奪われ続ける。奴隷制はなくなり平等な社会が生まれたと言われているが、金銭という鉄鎖によって我々は縛られたままだ! この状況を打破するために我々は末端から革命を起こさなければならない! だからこそ我々はこのミールレフォリウム支社の革命から始めるのだ。そしていずれ帝国を、世界をプロレタリアートの物にして完全なる自由で平等な共産主義社会を実現するのだ! 国鉄は莫大な金銭を帝国銀行や資本家から受け取り利子を連中に貢いでいる。我々の神聖なる労働で得た金を奪っているのだ。このような略奪行為は何としても打ち破らなければならない!」
『共産主義万歳! 労働団体万歳!』
演説者が拳を振り上げて宣言すると、講堂の中に入っていた大勢の労働団体組合員も拳を振り上げて賛意を示していた。
「ここまで酷いことになっているとはね」
開け放たれた講堂の扉から中を眺めた昭弥は、蒼白な表情となった。
「共産主義は否定されたと思ってたんだけどね」
「いや、かなりの人が未だに信じているみたいだよ」
傍らに控えるティーベが報告する。
昭弥の居た二一世紀の日本ではソ連の崩壊により共産主義は失敗だった、というのが共通認識だ。隣に未だ社会主義、共産主義を標榜している国があるが、資本主義を徐々に取り入れつつある。
「未だ経験していない共産主義は労働者である彼等にとって希望のあるイデオロギーだからね。まあ、これだけの巨大な組織で収入があるんだ。それが給与に回って来ないのは途中で搾取していると彼等は考えているんだろうね」
「全く、酷い偏見だ」
確かにリグニア国鉄は関連会社を含めれば職員一〇〇万を超し、軍隊を除けば帝国最大の巨大組織だ。
収入も国家予算並みで非常に巨大で資金は潤沢のよう見える。
「支出が多いのに無理だよ」
だが巨大組織は維持するための支出も巨大だ。収入の多くが設備投資や借金の返済に充てられている。
「その借金は資本家に回るんだろう」
「借金しないと通貨は増えないし帝国の発展もなかった」
確かに借金の多くは帝国の資本家や銀行から社債として借り入れている。
借金による信用創造、銀行に預金し、銀行はその預金を貸すことで通貨が増える。
一見魔術だが、銀行からの借金の多くは元は預金だ。
例えばAさんが自分の持っている一〇〇万の現金を銀行へ預金する。銀行はその預金からBさんに七〇万を貸し出すことで減ってはいない。銀行から借りた金七〇万も偽物では無い。
この時点でAさんは一〇〇万の預金とBさんには銀行からの借入金七〇万の現金がある。
合計で一七〇万、元はAさんの現金一〇〇万が七〇万に増えている。
これが信用創造で、通貨を増やすための基本的な方法だ。
国鉄は金の余っている資本家や帝国銀行から金を借りて線路を作り、運行して利益を稼いで返済している。もし、借金をして金を集めなければ鉄道事業は起こせなかったし、帝国が発展することもなかった。
「だが、借金を返さないと信用収縮が起こって滅びるぞ」
しかし、もしBさんが借金を返せないとなると銀行は七〇万を得るアテを無くす。
そうなると手元に残った三〇万だけではAさんが預金を全額引き出すとき渡す事は出来ない。
そうなると銀行は信用を失い誰も預金を預けず引き出してしまう。
これが信用収縮で、通貨がドンドン減っていく状態だ。
こうなると銀行から借りる事も出来ず、経済は回らない。
特に国鉄は莫大な借金をしている。だが開業によって輸送コストが下がり多くの人が利用したことで営業収入が入り、滞りなく返済できている。
帝国と国鉄が発展した理由に借金による信用創造と需要喚起がある。
「そもそも剰余利益と言っているけど、利益が出ないと仕入れも出来ないし、給与も払えないし、借金も返済できない。というより商売なんて出来ないぞ。剰余利益なんて全ての商品に入っている。人間に手足がある事を非難するのと同じだ。奪っているというのは少し語弊があるぞ」
人間には原罪が有ると行って生まれてきただけで人々を非難したキリストと剰余利益がけしからんと言ったマルクスは同じだ、と昭弥には見えてしまう。
利益を出すことを目的としている商売でそれが間違っているというのは酷い話だ。
だが内部留保という形で利益を社内に溜め込むのも良くない。誰かが溜め込めば経済は回らないからだ。
そこで国鉄は収支決算の報告書を出している。
どのように会社の金を使ったかを明示し検証できるようにすることで、不正会計を防止できるようにしていた。
利益が出ていても、搾取するようなことには使っていない。
「でも、ヨブ・ロビンが公表するのを止めたんだよね」
「本当に困ったことだよ」
だが、国鉄や鉄道省の予算を私的に流用したりするためにヨブ・ロビンは会計を非開示にした。そのためどのような支出があるのか判明せず、膨大な赤字を抱えていることが判明してしまった。
「そこで赤字になっているローカル線を廃止する必要があるんだよね」
昭弥としては本当に苦渋の決断だ。どんなローカル線でも残したいが、収入がなければ維持できないし他にしわ寄せが行く。
最低限必要と思われる路線を除き廃止しバスへ転換。存続路線に浮いた人員と予算、車両を集中させフリークエント――高頻度運転で利便性を高め、利用率を上げ黒字にする。
これ以外に方法は無いと信じていた。
昭弥としてはこのほかに方法は無いと考える。あるかもしれないが、思いつかなければ意味が無い。
「納得してくれるかな」
「納得させるしかない」
しかし、この方針を労働団体に認めさせ無ければ絵に描いた餅でしかない。
昭弥は意を決して、労働団体ミールレフォリウム支部の支部長室へ向かった。
「お待ちしておりました」
昭弥達を向かえたのは眼鏡を掛けた長い黒髪の女性が向かえた。。
リグニア国鉄の一般女性事務員の服装、リボン付のブラウスにベストスカート&キュロットを隙無く着込んだ知的な女性。
やり手のキャリアウーマンと言った感じだ。女性の雇用も進めているリグニア国鉄だが、伝統的に男尊女卑が多いリグニアでは、このような女性はまだ少ない。
サラ達の方が異端なのだ。
「私がリシェスコリーヌ。ミールレフォリウム支部の支部長を務めさせていただいております」
「国鉄総裁の玉川昭弥です」
昭弥は自己紹介をした。
会う前に一通り執事であり元盗賊のセバスチャンに盗賊時代の伝手を使わせて情報を収集し報告を受けていた。
国鉄労働団体の中でも最も過激なミールレフォリウムを率いるリーダーと言うからには戦場の猛将のような偉丈夫を想像していた。
だが会って見れば事務のお姉さんのような人で驚いた。
しかし、昭弥は表情を変えずに話を始めた。
「単刀直入に話させて貰います。国鉄の改革案に賛成して頂き協力して貰いたい」
「お断りします」
昭弥の提案をリシェスコリーヌはあっさりと拒絶した。
「組合員の雇用を守るために団体は存在しています。首切りを容認する訳にはいきません。故に配置転換を認める訳にもいきません。現在も不当に配置を外された組合員が居ります」
「余剰人員を動かさなければ国鉄は回りません。転換先での生活保障は行います。それと配置を外したのは技量不十分な運転士であり、禁止された運転中の飲酒を行ったからです」
「我々の勝ち取った権利を奪って黙っていられません」
現代日本では職務中の飲酒は禁止されているし酒気帯び運転は禁止されている。
しかし、近代への過渡期であるリグニア帝国では中世や近世の風潮が色濃く残っており、職場での飲酒に寛容なところがあった。
昭弥の職務中の飲酒禁止は、時代の先を行きすぎていて過剰に思っている人間が多いのも確かだ。
「しかし、飲酒しての乗務は判断能力に著しい悪影響を及ぼします」
アルコールを摂取しているか否かでの判断能力を昭弥は事件していた。
流石に実写での運転はさせられなかったが、筆記テストやシミュレーターでの試験でアルコール摂取時の運転が危険なことを実証していた。
「当局による職場環境への過度な干渉はこれ以上控えて頂きたい」
しかしリシェスコリーヌは再び拒絶した。




