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試運転

「畜生、なんてことだ」


 飲酒した運転士が走らせる列車を見て昭弥は怒りに震えた。


「直ぐに支社に乗り込む」


「次の列車が来るのに三〇分はかかるよ」


 昭弥と一緒に下りたティーベが話しかけて来た。


「大丈夫、その前に一本ここを通る列車がある」


 暫くして行き先表示を試運転にした列車が進入してきた。

 試運転列車は落成したばかりの新造車や検修を終えた車両に問題無いか確認するために営業線を走行させる。

 自動車の慣らし運転みたいな物で再び組み上がった部品同士をなじませるために行う運転だ。

 中には研修終了直後から営業運転可能なくらいに仕上げる超絶技巧をもつ検修工場がリグニア国鉄には存在しているが、流石に全ての工場がそんな技能を持っている訳では無い。

 試運転は安全運転の為に欠かせない工程であり、日常的な光景だ。

 ただ、昭弥はミールレフォリウム支社では自棄に試運転の列車の数が多いことを気に掛けており乗車しての視察を昭弥は考えていた。


「申し訳ありませんがご乗車になれません」


 やがてその問題の試運転列車が入って来たが、乗務員は頑なに昭弥の乗車を拒んだ。


「何で乗れないんだ」


「試運転中につき安全の為にご乗車頂けません」


 車掌はキッパリと昭弥に乗車を拒否した。昭弥の心は少し怒気を孕んでいたが努めて冷静に尋ねた。


「私は鉄道大臣兼国鉄総裁の玉川昭弥だ。現場視察のためにここにやって来ている。乗せたまえ」


 先ほどの運転士の時は余りにひどさに心理的衝撃で運転を止めることも忘れてしまった。

 一応支社に連絡して酒気帯び運転士を交代させるように伝えてはいた。しかし支社の返答がどうにもおかしい。

 直ぐに動いているようだが、昭弥に視察を止めるように言葉を選びながら話しかけて来ていた。

 何かあると思い、昭弥は支社の幹部が来る前に試運転列車に乗り込もうとした。

 普段なら国鉄総裁という事で殆どの施設に入ることが出来る。


「業務に関係の無い人間が入る事は出来ません。職員に無用の圧を掛けます」


「なっ」


 車掌の返答に昭弥は絶句した。

 確かに上司でも部下の仕事に必要以上に干渉して圧力を掛けるべきではない。


「これは視察であり現状把握のために必要な仕事だ。見せて貰いたい」


 だが、職場の現状を確認するのは上司の仕事だ。必要以上に視察するのはやはりダメだが、見なければ知ることは出来ない。


「それに車内には多数の人が乗っているじゃないか」


「試運転に必要な人々です」


「作業着ではなく私服を着ているが」


 試運転は歴とした業務であり、異音や異常を見るため検修員などが多数乗っていても何らおかしくは無い。

 しかし、一両に精々一人か二人程度であり数十人が同じ車両に乗り込むことなどない。

 何より業務中にも関わらず私服で乗車するのはおかしい。

 また、乗っている人員の中に明らかに検修員ではなく事務職系の雰囲気を纏わせている者も居る。


「試運転が行われているのか確認させて貰う」


「関係者以外は車両に立ち入らないで下さい」


「私は関係者だ」


「この列車の責任者は私です。国鉄総裁であっても拒否します」


「うっ」


 車掌の言い分に昭弥は強く反論できなかった。

 列車の安全の為の責任者は乗務員であり、その指示に例え上司といえど従わなければならない。

 上司が勝手に指示を出して混乱したり安全を損なうのを防ぐ為だ。

 アメリカで韓国航空会社の副社長が乗務員にクレームを付けて自社機をリターンさせて問題になったのは有名だ。

 日本でもある航空会社の社長が機長が体調不良で乗務に支障があると判断した乗務員を交代させる判断に介入し乗務員を乗務させた。しかも会社はその機長との契約を即日解除した。この事は国交省にも知られ厳重注意を受け問題となったことがあった。

 昭弥としても規定を作り上げ、職務を任せた責任上、彼等の指示に従わなくてはならない。

 <部下の部下は部下ではない>

 部下の部下だからといって指示を与えたら、言われた方はどっちの上司の指示を聞かなければならないか混乱してしまう。

 そのため車掌に対して強く視察を求める事は出来ず、昭弥は列車を見送る。


「さて行くぞ」


 列車が離れるのを見て、ティーベに声を掛けた。


「何をするんだい?」


「車で追いかける」


 鉄道大臣だが、車に関しても鉄道のライバルおよび代替機関として重要視しており、日々情報収集に余念が無い。

 何より鉄道では出来ない道さえ有れば自由自在に移動できる機動力で各地から人や物資を集められる点が優れているのを認め、

 そのため自動車の開発や道路整備の開花に尽力していたし鉄道技術、特に動力関係を流用して自動車の開発さえやっていた。

 自動車製造会社は独立させているが、国鉄内にはバス・トラック部門もある。


「車はどうやって調達するんだい?」


「国鉄のレンタカー会社がこの駅にもある。そこで借りるよ」


 JRで長距離の切符を買うと終点の駅でレンタカーを借りる時、割引運賃が適用されるトレンタくんというサービスがある。

 公共交通機関が発達していない地方や広大な土地に施設が点在する地域へ人を呼び込むために昭弥は国鉄グループにレンタカー会社を作り地方駅に進出させいた。


「直ぐさま借りて追いかけるぞ」


 昭弥は改札口を出ると直ぐさまレンタカー会社に入り車を借り上げると列車を追いかける。

 車の性能を確認する為に普段乗っているのと、工事現場などへ行くときに自らハンドルを握ることもあるため昭弥の運転技術はある。


「椅子に張り付いた気分だ」


 アクセルべた踏みの昭弥の運転をティーベは後に語る。


「試運転列車を追いかけるために全速を出していたんだ。制限速度は守っている」


 とは昭弥の弁明だったが、流石のティーベも白い目で見ていた。

 運が良いことに昭弥の運転は短時間で終わった。

 直ぐさま試運転列車に追いついたからだ。


「何であんな場所で止まっているんだ」


 国鉄のアパート団地の傍らで堂々と停車していた。

 しかも線路脇にある小学校の演説台のような建造物が置いてありそこから私服の人々が乗り降りしている。


「……ここは簡易乗り降り駅じゃないよね」


 地方などでは駅舎を作るほどでは無いが、沿線住民の需要がある場合、ドア一つ分の簡易ホームを作り乗降の便宜を図ることがある。


「まさか、帝都に近い都市部の路線だよ。あんな物なんて作っていない」


 簡易ホームはダイヤに余裕のあるローカル線が主だ。駅間が長く列車が来ることが少ない路線でしか使えない。

 朝夕のラッシュの激しい路線に使用するのは危険すぎる。


「にゃろう、労働団体の連中が自分たちの通勤用に使用しているんだ」


「どういうことだい?」


「試運転にかこつけて自分たちの通勤に使うんだ。ここは国鉄の経営する団地だから職員も住める。連中は自分たちの住処の近くに試運転列車を勝手に止めて自分たちの通勤に使っているんだ」


「そんな勝手な事が許されるのかい?」


「絶対ダメだし許していない。支社の中で勝手にやっていることだ。見過ごすことは出来ない」


 目に激しい怒りの炎を宿しながら昭弥は断言した。


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