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ブラインドの向こう

「ミールレフォリウム支社か」


 帝国の内陸部で大アルプス山脈近い地域ミールレフォリウムを走る国鉄を統括する支社だ。

 ヨブ・ロビンの地方重視の方針により開発重点都市に指定され、路線の延伸が行われ、中核都市の周辺に新興団地が建てられた。だが、奥地はまだまだ未開発で山村も点在しており、都市化と農村の差が激しい地域だ。

 そして急速な都市化と国鉄の延伸により急速に必要人員が増大。職員を多く新規採用していたが、採用者の多くが労働団体に加入して今や労働団体の一大抵抗拠点となっている。

 昭弥は新帝都の慢性的なラッシュを考慮し、閑散とした地方路線を一部縮小。都市でのラッシュを緩和し効率化を行い、改善した収支で予算を確保して改めて地方の整備を行う予定だ。

 そのためには地方に居る余剰人員を帝都に回す予定だ。

 合理化、魔導式自動改札や機関車の一人乗務制などで人員は十分に確保出来ていると確信してのことである。

 だが労働団体の激しい反対運動に遭っており、事業は一向に進んでいない。


「手強そうだね」


 ミールレフォリウム行きの近郊型急行電車に乗った昭弥に同行したティーベは話しかけた。


「他にも問題があるよ。ラッシュが酷くて列車増発のためのダイヤ改正を行いたいんだけど路線容量が無いと言って中々実施されない」


「無いんじゃないのか?」


「いや、余裕はあるんだよ。でもやけに試運転が多い。しかも朝夕のラッシュ時に出ているし他の車両との間隔も広い。この試運転車両を別の時刻に動かせば問題は解決するんだけどね」


 やがて列車はミーレルフォリウム支社の運転区に入った。

 運転区が変わると乗車する運転士が変わるの普通だ。

 交代の様子を眺めていると、新たに乗り込んできた運転士がブラインドを閉め始めた。


「何をやっているんだ」


 思わず昭弥は運転士に窓越しに尋ねた。

 運転席の様子や車窓を眺められるように運転室のブラインドは開けておくのがリグニア国鉄では普通だ。


「安全運転のために当運転区では閉めております」


 昭弥の顔を知らないのか一般客と同じ服装の昭弥を見て運転士はぶっきらぼうに答えた。創設時からの採用者の殆どは昭弥の事を神のように信仰しているが、ヨブ・ロビンの時代に採用された職員は昭弥に対してそこまでの信仰心もなく興味も無かった。

 今までにない、ぶっきらぼうな対応に少々驚いた昭弥だったが、戸惑いを隠して尋ねた。


「どうしてだ?」


「客室からの光が入り運転に支障を来します」


「夜間の話だろう」


 外とが明るいと中からよく見えるが、反対に外が暗いのに中がるいと見えにくい。

 網戸と同じで昼間は外がよく見えるが夜に明るい部屋から外を見ると見にくいのと同じだ。

 そのため夜間は運転士の判断でブラインドを閉めることを昭弥は許している。

 しかし快晴の今日はブラインドを閉める必要はない。


「間もなく出発します。席に戻って下さい」


 面倒くさそうに運転士は言って運転室の扉を乱暴に閉めてしまった。

 昭弥はなおも話しかけようとしたが発車ベルが鳴ったため車内に戻った。


「まったく、取り付く島もない」


 吐き捨てるように言って昭弥が椅子に座ろうとする。

 必要以上に咎めてダイヤを乱す訳には行かない。鉄道大臣が運転士に文句を言って列車を遅らせてはスキャンダルも良いとこだ。

 だが、発車の瞬間、昭弥は自分の決定を後悔した。

 座る寸前に、列車は急発進し車体が大きく揺れ昭弥はティーベの身体に倒れ込んでしまった。


「大丈夫かい昭弥」


「大丈夫だ。しかし酷いな」


 周りを見渡すと衝撃で何人かお客様が踏ん張ったり、座り直している。

 思ったより転倒者が少ないのは、慣れているからなのだろう。多くの人はいつもの事という態で既に体勢を戻している、あるいは気にしていない。


「いくら何でも酷すぎるな」


 だがこれはまだ序の口だった。

 途中の運転も滅茶苦茶。ダイヤ通りに運転するために、こまめな速度調整を行うのだが、運転士は全く行わず、定刻から遅れたり進んだりしている。

 遅れると乗客が他の列車への接続に失敗するし、速すぎると先行列車に追突する危険がありやってはならない。

 勿論、ダイヤに余裕を持たせてあるが、定刻で運転するのが基本だ。

 しかも列車は駅に入っていくが頻繁に急ブレーキを掛けて停止。しかも停止位置を数メートルずれている。

 一応、ホームの長さは日本より余裕を持っているが、昭弥の要求しているレベルに達していない。


「明らかに技能不足。乗務禁止、運転士資格剥奪、再訓練コースだ」


 昭弥は怒りのあまり次の駅で運転席の扉を叩いた。


「おい! なんて運転しているんだ酔っ払いみたいな運転をするな!」


 叫んだところで昭弥は動きを止めた。

 恐怖ではなく驚きの余り唖然として止まった。

 運転士がマスコンを手放して持参したのであろうガラス瓶を煽っている。

 リグニア国鉄は、健康および体調を整えるために乗務員が飲料水を持ち込み適宜摂取することを許している。

 一種の紳士協定で、各自の自主性、プロ意識、節度ある行動を取ると信じての事だ。

 だが、食事はやり過ぎだ。しかも運転士がお供に飲んでいるのはソフトドリンクではなく明らかにアルコールの入った飲料だ。


「運転中の飲酒は禁止されているぞ!」


 昭弥は思いっきり叫んだ。


「職場環境の向上の一環でそんなルールは廃止されました」


「誰が決めたんだ」


「リグニア国鉄労働組合ミールレフォリウム支社支部が交渉して勝ち取った労働者の権利だ」


 酒が回り始めたのかぶっきらぼうな口調が更に酷くなっている。


「そんな事は承認していないぞ」


「ブルジョワジーがは黙っていろ。これは俺たちが運動して勝ち得た権利であり、戦利品なんだ。この快適な職場環境を得るために組合員がどれだけ交渉してきたかしるまい」

「酒気帯びで正常な勤務が出来る訳無いだろう!」


「うるせえな。黙っていろ」


「黙っていられるか!」


「これが見えないのか?」


 そう言って飲酒運転士はφの字の斜線をレールの断面にした胸マークを指差して見せた。 


「何だこれは?」


「リグニア国鉄労働組合のシンボルマークだ。労働者の為に資本家と戦う組織のマークだ」


「資本家と戦うまえに事故で乗客を殺すわ!」


「言い争っている暇はない、発車時刻だ」


 車掌からの発車ベルを聞くと運転士は、食べていたサンドウィッチと酒瓶を運転台に置くとマスコンを握る。

 加速へマスコンが動き走り始めた列車を昭弥は追いかけようとしたが、直ぐにホームの終端に到達してしまい、追いかけることが出来なくなってしまった。

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