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アントニウスの策謀

ここから長めの戦争パートに入ります。

年内に終わらせたいな

 帝国宰相が北方に派遣される前、王都の一角で複数の人物が集まった。

 その部屋は真っ暗だった。

 窓一つ無く、内部で何が行われているのか解らない様になっていた。逆もまたしかりで外が見えないためその部屋が何処にあるのか解らない。

 だからこそ、室内に居る人々は安心することが出来た。

 これからの議題を考えると、その方が好都合だからだ。

 そして今回の会合を主催したルテティア王国宰相アントニウスが口を開いた。


「皆さんは昨今のルテティアをどう思いますか?」


「近年の国力増大が著しいですね」


 サラの父親でありマラーターの大商人イブン・バトゥータが答えた。


「商売上は望ましいのですが」


「脅威でしかない!」


 言葉を荒げたのはアクスムの大使ムガベだった。獣人の国と言われるアクスム出身者でその中の有力部族、熊人族から着任している大使だ。

 好戦的な発言が多く交渉ごとに不向きと見られている。だが、一歩も引かない強気な姿勢で交渉に粘り勝つことが多く、侮れない相手と見られている。


「国力が増大した後は、侵略に移るぞ」


 ルテティアの南西にあるアクスムは、常に帝国と王国の侵略により幾度も戦火を交えていた。

 周辺国でも特に有力な軍事大国と目されているのも、ただただルテティアに対抗するために軍備を増強してきたからだ。

 幸い、ルテティアの中心であるルビコン川の河口から離れているため、滅ぼされずに済んでいるが、状況が変わった。


「連中は鉄道を建設し、自由に物資と兵を動かすことが出来るようになっている。このままだと、何万という兵力が国境から攻めてくることになるぞ」


先日の国境紛争で緒戦こそ優位を保っていたが、王都からの援軍により敗北を喫しただけに、思いは強い。


「確かに危険ではあるな」


 周の大使林が話した。

 東にある大国で国境付近でルテティアと紛争を幾度か繰り返してきた。幸い帝国と反対側にあるため、距離の防壁を使っているので本格的進行は受けていない。


「そう、脅威でしょう。だからこそ、正さねばなりません。元の状態に」


 アントニウスが端的に言った。

 彼らがルテティア王国宰相を前に、これほどルテティアへ好戦的な言葉を述べるのは今日の会議を主催し、討議内容をルテティアへの武力侵攻としたためだ。

 大使達は驚いたが不思議なことでは無い。アントニウスは貴族の一人である。

 王国と言っても貴族と国王の関係は対等であり、契約関係だ。国王は数多いる貴族の第一人者という立場でしか無い。そのため、契約が反故にされたと思ったら契約を破棄することも出来る。

 事実そうして有力貴族が国王に反旗を翻すことがこれまで数多あった。

 そして、外国がその反乱に力を貸すことも。


「だが、弱める手段はあるのか?」


「敵の力を弱めるのは力しか無いでしょう」


 静かにアントニウスが喋ると、全員が静かになった。


「戦争を起こすというのか?」


 林が呟くとアントニウスは黙って頷いた。


「無理だ! あのバカ力女王が居るぞ!」


 ムガベがユリアの悪口を言った。

 これまで行われた幾多の紛争であの女王に煮え湯を飲まされてきている。

 十年ほど前の戦いでは、圧倒的多数で包囲したのに、彼女一人が突撃してきて司令部壊滅。四倍の味方で包囲したのに負けるという屈辱的な敗戦を迎えた事さえある。従軍したムガベにとって、思い出したくない出来事だ。


「負ける戦いを挑むわけにはいかん」


「確かに。ですが、いくら女王でも幾つもの戦場に同時に立つ事は出来ないでしょう」


 アントニウスの一言が席に着いていた全員にざわめきが起きた。


「……確かに、複数の戦場に立つ事は出来ない。だが、軍勢を出すことは可能だぞ」


「ええ。ですが軍勢を出したとして、その軍勢を維持することは可能でしょうか」


 ムガベに答えたアントニウスの言葉に全員が黙り込んだ。


「軍勢は戦わずとも飯を食う。それも莫大な量を。無くなれば崩壊する」


「しかし、それはこちらも同じ事」


 林大使が、答えた。


「大軍を動員すれば、こちらも飯を必要とする」


「それならば協力できるでしょう」


 口を開いたのはバトゥータだった。


「何しろ、我々は通商国家です。膨大な数の商船を保有しております。沿岸部に関しては十分に物資をお届けできます」


「……だが、それでも不十分だ」


 しかし、ムガベが更に不服を申し出た。


「と、申しますと?」


「戦争を飲めない理由が二つある。一つは、帝国の動きだ。いくら限界があると言っても王国の背後には帝国が居る。帝国が本格的に参戦してきたら我々は叩きつぶされる。次に、本当に他の国が参戦するか保証が無い。個々に開戦して各個撃破されては元も子もない」


 臆病に見えるが、ムガベの言うことは確かだった。これまで幾度も王国と戦争をしてきただけに、有利不利の原因を理解していた。

 これまでの戦争で価値が少なかったのは帝国本土より増援が来たからだ。

 そのため、アクスムは一時的に優勢に立つことはあっても帝国からの増援によって負けていた。

 勝利できたのも、帝国の増援が来る前に短期間で勝利を掴めた時だけだ。


「それはご安心を帝国は増援の出撃を遅らせます」


「……それは本当なのか」


「はい」


「保証は?」


「帝国皇帝の言葉では足りませんか?」


 場の沈黙が増した。ことの大きさに、何より、王国に痛打を与えるという実現性の増大に。


「帝国がどうして王国を」


 ムガベが尋ねた。帝国の尖兵である王国を何故帝国が滅ぼそうというのか。


「帝国にとっても脅威と言うことです。このところ王国は、強大になりすぎました。そこで一度滅ぼすことにしました」


「帝国自らやれば良いでは無いか」


「帝国内の他の諸侯を刺激したくないのです。そこで周辺三カ国によって攻め滅ぼせば何ら問題無い。後は帝国を含め分割し相互不可侵としましょう」


「信頼できるか」


「ならば王国滅亡の機会は次に、いつ来るか分かりませんが」


 アントニウスの言葉にムガベは揺れた。帝国が手を出さないという魅力的な提案に目が眩み始めた。


「本当か?」


 ムガベが再び尋ねた。


「はい、それに少々策を講じて確実に遅らせます」


 強い意志を宿したアントニウスの言葉にムガベは決心した。


「わかった。それは信じよう。だが、同時開戦だ。大丈夫なのか。バラバラに攻めて各個撃破されては無意味だ」


「それに関しては、問題ありません。王国内で反乱が起きます」


「何だと」


「王国は征服国家です。内部に沢山の民族が居りますし、反乱の要因は至る所にございます」


 アルプスを越してきた王国は何年もかけてルテティアを拡大していった。だが、その過程で幾つもの民族と国家を滅ぼし吸収した。その中には貴族に取り立て内部に取り込んだ家もあった。


「それに、鉄道への反発は貴族を中心に高まりつつあります」


 また、現在の政策、特に鉄道に不満を持っている貴族は多い。容易に合流してくるだろう。


「それらの不満を私がまとめ上げ反乱を主導いたします。これにより、王国は動き出すのが遅れるでしょう。何より、ジャネット師が入院しているため行動不能です」


「!」


 これにはその場の全員が色めき立った。

 これまでジャネット女史には何度も煮え湯を戦場で飲まされた。優勢かと思っていたら、変な魔動兵器がやってきて前線を切り刻んだと思ったら、陣の中で盛大に爆発し大損害を受けて敗北してきた。

 実際は、魔動兵器を投入したが暴走し敵味方巻き込んで自爆しただけなのだが、相手に自分たちの事情を知らせなかったため、いまだにジャネットに脅威を感じていた。

 故にジャネットが出てこないという一言は、彼らを動かすのに十分だった。


「わかった。アクスムは同意することにしよう」


「周も同意します」


「エフタルも略奪を許してくれるなら参加しよう」


 これまで黙っていたエフタルの大使コリ・ブカが発言した。

 遊牧民族のエフタルは牧草地以外は求めず、都市は交易か略奪が出来れば良いのだ。


「では、王国で内乱が起こることを合図に攻めて下さい。後は各国の御武勇次第。切り取り自由ということで」


 その言葉で三カ国の大使の目の色が変わった。

 内乱が起これば、王国から領土を得るチャンスだろう。だが、自分が負けを負うのは避けたい。だが、それでは他国に持って行かれる。

 全員が必ず攻め込もうと考えた。

 それこそアントニウスの狙いであり、三カ国が前向きに進むように仕組んだ罠だった。


「しかし、あなたがこのような仕事を行うとは意外ですな」


 他の大使が去り、一人残ったバトゥータがアントニウスに話しかけた。


「先方にとって都合が良かったのでしょう」


「それでも、あなたが反乱を主導するとは」


「……私は王国宰相である以前に、帝国貴族です」


 鉄道によって社会は大きく変わろうとしている。

 貴族の収入は以前より増えているが、商工業の事業主はそれ以上に増えており絶対的な金額では既に上回っている。

 商工の事業者の影響力が増大し、対照的に貴族の力が弱くなっている。

 このままでは滅びるしかない。


「ならば、貴族として己の矜持に従い、己のやり方で戦うのみ」


 アントニウスは宣言した。


「帝国への忠誠は?」


 バトゥータは尋ねた商人であり、貴族の事は分からない。だが、情報から分かる事もある。

 アントニウスは、リグニアが都市国家の時代からの名門氏族である。一目置かれるのは彼らが常に正義、正しさと筋を通すからだ。故に<公正なる者>という称号が、人々の間で付けられた。

 だが、公正である事は、敵も多いと言うことだ。

 妬まれ、時に敵対し武力で対抗される事もあった。

 そのため幾多の政争や争いに巻き込まれ、氏族は小さくなった。

 宰相の名前マキシマス・アントニウス、家名のない彼の名はアントニウス本家であることを意味している。帝国内の親族は既に、断絶するか追放、あるいは国外にいる。

 彼が、最後のアントニウス氏族の正統家族だ。

 故に帝国への忠誠は絶大だ。


「これは、帝国への忠義だ。何ら問題は無い。それよりバトゥータ殿も良いのか。息女のいる国を滅ぼすなど」


「アクスム商人は何処にでもいます。戦乱に巻き込まれるのは、年中行事みたいなものです。戦乱を利用して儲けることが出来なければ、アクスム商人ではありません」


 今回アクスムが参加することを決め物資や船団を供給することを決めたのは、戦後に商業特権、特にルテティア鋼の安価な供給を約束されたからだ。

 戦争が儲かるとみて参戦したに過ぎない。


「それは、娘であっても同じ事。身を守り利益を得られないのであれば、アクスム商人ではありません」


「商人だな」


「ええ、商人です。あなたが貴族であり、その義務を果たすように、商人は商人である義務を果たします。自らの役割をね」

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