請願駅
「何だこの書類の山は」
鉄道省での執務を終え、昼食を挟んで国鉄総裁室にやって来た昭弥は、自分の机に置かれた書類の山を見て思わず呟いた。
通常書類仕事が溜まるのは仕方がない。
昭弥でないと決裁できない書類も多いからだ。
だが、それらの書式は全て決まっており、書類を一瞥しただけでどのような無いようか解る。
「全部請願、外部からの嘆願書じゃないか」
国鉄の内部ならば専用の書式や印章があり直ぐに分かる。しかし、置かれていたのは請願、外部から国鉄へのお願いだった。
「お客様センターに通すべきじゃないのか?」
利用者からの苦情はお客様センターに通す。
電話が普及して直接掛けてくると事が多く駅の事務を圧迫していたのでお客様センターを作って対応していた。
また、一箇所に苦情を集める事で統計を作り、問題点の優先順位を作ることが出来る。
巨大組織となった国鉄の収入は膨大だが必要な支出はそれ以上に多い。
ヨブ・ロビンの放漫経営によって国鉄は赤字状態であるため、昭弥としては優先順位を決めて各個に対処するしかない。
「お客様センターで対応できるならそうしているよ。けど、国鉄総裁じゃないと対応できない案件もあるんだよ」
「諸侯からの請願か。また駅を作ったり特急を止めろというのか」
昭弥は痛む頭を抑えた。
鉄道によってリグニア帝国は大きく発展した。
国力は飛躍したが、ミクロ単位、市町村単位で見ると格差、発展の度合いが違う。
どうしても鉄道が通った地域が先に発展してしまい通っていない地域との格差が大きくなっている。
「結構改善されたはずだよ」
ヨブ・ロビンが諸侯や議員に良い顔をするため、帝国全ての町村に鉄道を通すと宣言し実行したため、鉄道は帝国全土に伸びている。
しかし、国鉄の重要幹線と支線では発展の度合いが大きく異なる。
また幹線沿いでも駅のあるなしでも違う。
トマ・ピケティが<二一世紀の資本>で述べた如く、国力の発展より格差の拡大の方が大きい。各国の税収データを元に作られた経験則に過ぎないが納得出来る部分が多い。
考えて見れば当然で、商売がし易い場所に更に人と金が集まってくる。
鉄道が物流の大動脈なのだから、鉄道の周辺に金が集まるのは当然。鉄道の集まる大都市周辺に集まるのは当然だ。
だから、各地から鉄道を通してくれと請願されることが多い。
沿線にあるのに目の前を通過していくだけで自分たちは豊かになれず、駅のあるお隣は発展することに不公平感を抱いている市町村は多い。
そのため新たに駅を作ってくれと元老院議員を通じて請願してくる。
「そう言って請願駅を作ってもまた文句が来るんだよな」
蒸気機関車の時代は加減速性能が低いため、所要時間短縮の為に駅と駅の間が長かった。
日本の古いJR幹線で駅と駅の間隔が広いのはそのためだ。
だからこそ間に新しい駅を作り、利便性を向上させている。
だがそれを見た市町村から自分の所にも駅を作ってくれと請願しに来る。しかし、国鉄にも限界がある。停車駅が増えると所要時間が増加し乗客の利便性が損なわれるからだ。
何より請願駅を作っても乗降客があるかないかは利用者次第だ。
鉄道会社は利用者の移動を売っている、利用者が行きたい場所へ送るのが商売だ。ここで下りろ等と言えない。
なのに折角作った駅の利用者が少ないと文句を言い始める。
「で、優等列車――急行や特急を止めろと言い始めるんだよな」
利用者は素早く移動したいために特急を利用する。通過駅は止まらないため、特急停車駅で下りて各駅停車に乗り換える必要が出てくる。
しかし乗換というのはかなり不便だ。なので停車駅で出来る限り済ませようとする事が多い。
そのため各地で近隣駅を特急停車駅にして欲しいとの嘆願が増える事になる。
「止めてあげれば」
「速達性がなくなるからやだ」
特急が作られたのは、目的地までの所要時間を短くする為であり、通過駅が多いのも停車時間を無くして所要時間を短縮するためだ。
増えた駅に一々止まっていては、終着駅へ行くのに時間が掛かる。そこで通過駅のある急行や特急などの優等列車を設定している。
その優等列車の停車駅を増やすと所要時間が増えてしまい、本末転倒となる。
沿線の陳情を受け容れてしまった結果、優等列車が鈍行並みの停車駅と所要時間になってしまった事のいかに多いことか。
「一部の列車が止まるようにしてあげれば」
「種別やダイヤが複雑になるよ」
各地の陳情の他に、利用者の増加などの理由で種別を増やしたり朝夕のみ停車するなどして列車の停車駅を多様化する運用する方法も編み出された。
だが、パターンが多かったり、種別、列車の種類が増えてしまう。
特急、急行、快速、各駅停車はまだ分かるだろう。
だが準急、準特急、快速急行、急行快速、快速特急、通勤急行、通勤快速、区間急行、区間快速など種別に新たな名称が重ねられてどれが速いのかわからなくなる。
ここまで行くと自社の従業員ならともかく利用者は分からない。特に初見の利用者など門前払い状態だ。
因みに国鉄やチェニス田園鉄道では新幹線、特急、急行、各駅停車の四種類。
新幹線は高速線を通る列車で最も速い。
特急は在来線を速く走る列車。
急行は三~四駅通過して止まる列車。
各駅停車は全ての駅に止まる列車だ。
〇〇急行という列車もあるが、遠距離への速達性と利便性を向上させる為の列車で〇〇という駅で各駅停車に種別が変わる列車だ。〇〇という駅まで急行でその先は各駅停車なので各駅停車に乗り換える必要が無い。
もっとも急行用の複々線を整備した区間でなければ使用しないが。
「途中の停車駅が何処になるのか分からないのは分かりにくいよ」
朝夕のラッシュや種類によって途中の停車駅が変わるのは分かりにくい。日常的に利用する通勤客には分かりやすいし便利だが、初めて向かう場所には判り辛い。
「普段利用している人にとっての利便性が重要じゃないのかい? 定期券客が鉄道の重要な収益なのだろう」
「確かにね。通勤客の利便性が高まるのは良いことだよ」
定期券の収入が鉄道会社、特に都市近郊の大手私鉄にとっては収入源である。
特に赤字の会社にとっては何としても増やしたい。
「だがそのために駅を整備する費用が掛かる」
新線建設時に作る駅なら簡単に作れる。
しかし、営業中の路線に作るとなると非常に金が掛かる。
まず土地の取得に金が掛かる。新線の時は線路のない土地の地価が非常に安いので取得に手間は掛からない。
だが営業中の路線だと利便性の向上により沿線地価が上がるため、費用も大きくなる。
何より営業中の路線だと列車が走行している時間での作業は、安全面を考えるとほぼ不可能だ。
工場で建材を作り現場に持ち込むプレハブ工法が進んでいるとはいえ、現場に設置する、建材をつなぎ合わせる作業は必要である。その工事が出来るのは事実上、営業時間外。終電と始発の間だ。
しかも作業前後の安全確認作業、作業後の撤収時間を含めなければならない。よって作業が出来るのはほんの数時間のみ。
乗降客が多い駅は更に利用客の安全を考えなければならない。
横浜駅の様に改修工事が続いているのは、そういう理由だからだ。
再開発事業や改修工事で駅の建設が一〇年単位の長期になってしまう理由の一つだ。
その分建設費も余計に掛かってしまう。
「その分の建設費を運賃収入で償還出来るかどうか微妙なんだよな」
「デパートとか入れれば?」
「あちこちに似たような施設が出居てきたからな過剰気味だよ。収益は低下している。他に方法を考えないと」
「余計に掛かるなら余計に運賃を加算したらどうだい?」
ティーベは気軽に言ったが昭弥は黙り込んだ。そして立ち上がって叫んだ。
「そうだよ! 加算料金を付ければ良いんだ!」
「加算料金?」
「そう、新たに作った新線の建設に掛かった費用を償還するまで一定期間加算するんだ。これで建設費を償還出来る」
新たな新線を作った場合、既存の運賃制度では建設費を回収出来ない。既存の路線と新線の建設時期が十年から数十年の差があると物価上昇により建設費に大きな差が出来てしまう。
そのため、新線区間だけ運賃に建設費費用分を加算する方法が用いられている。
実際、京浜急行の空港線は通常の運賃に建設費分を加算していた。
「利用者から不満は出ないかい?」
「受益者負担が当然だからね。利益を得るんだから支払って貰うよ」
「その駅だけ突出して運賃が高くならないかい?」
「あとは請願した市町村に建設費用を負担して貰うよ。その分加算運賃が安くなるように設定する」
「結局、金の問題かい?」
「口を出すんなら、金も出して貰わないと。実際に作るって運用するのは僕たち国鉄なんだからね。何もしないのは許されない」
こうして請願駅の設置を許したが、加算運賃と地元負担を求めるという手段を手に入れた。
無理難題を押し付けてくる市町村に対して冷や水を浴びせる効果を与えることとなり、駅の建設を抑制することが出来た。




