改造車両
「他にも何かやっているんやろうな」
生き生きとした目で答える昭弥にサラは尋ねた。
「増えてきたレジャー需要を取り込むためにジョイフルトレインを作ろうと考えいたんだ」
ジョイフルトレインとは内装、外観が一般の車両と大きく異なる車両の事を指す。
これまでも長距離の旅客のために内装には気を使っていたが、帝国の国力増大、所得向上による中流階級の大幅増加により、大量輸送時代を迎えることとなった。
そのため画一的な大量生産の車両を作ることとなり、どの車両も同じように見えてしまう。
だが、人間は旅では非日常的な体験をしたい。
特別な旅行なのだから、通常使われる誰でも乗れるような車両で過ごしたくない。日常の一部が混じった旅行などしたくないと思ってしまう。
そんな人達の為に、日本国鉄が生み出したのがジョイフルトレインだ。
団体旅行用のお座敷列車が存在していたが、明確に定義されたのは一九八三年に製作された<サロンエクスプレス東京>だ。
登場の理由はお座敷列車は団体旅行に好評だったが若年層からの評価が今ひとつだった。そこで若年層をターゲットとした新しい鉄道旅行のテーマとして新たな車両を登場させることになり、ヨーロッパ風の内装と外観を持つ客車を設計。
七両編成で六人部屋のコンパートメントを持ち、列車両端には三面ガラス張りの展望室を設けるという、今までにない車両である。
ヨーロッパ風のコンセプトの元、マルーン色の車体に朱色と黄色のラインが入った優雅な客車で<欧風車両>と呼ばれた。
この<サロンエクスプレス東京>を切っ掛けに各地でジョイフルトレインが登場することになる。
バブル景気で人々の財布が緩み旅行需要が増加したこともあり、雨後の竹の子の如く次々とジョイフルトレインは生まれてきた。
だがバブル崩壊後は旅行需要が低下。ジョイフルトレインの乗車率稼働率も目に見えて下がり、廃車となっていった。
しかし、リグニア帝国は好景気の真っ只中。所得は向上しレジャーへの消費は増えている。
この流れを取り込むためにもジョイフルトレインの製造を行わない手は無かった。
「そんな特殊な車両を維持する余裕があると思っているんか? そもそも標準化を進めてきたのは昭弥やろ。その理由を忘れたんかい」
標準化すれば、部品が共用でき稼働率が上がる。
何より検修員が特定の形式の検修に専念すれば良い訳で、彼等の負担は少なくなる。
少量多種な車両の整備など悪夢だ。形式によって作業手順が違うという事があれば、間違いの元だ。間違いだけならともかく、重大事故に繋がる危険があり避けるべき事だ。
「大丈夫。全部既存の車両の改造だから」
国鉄、JRのジョイフルトレインも改造が殆どだった。
新造された車両もあるが、赤字続きで予算がない、車両形式が増える事を嫌った、旧式の車両が大量に余っていた、国鉄の設計が頑丈すぎて改造しても十分に使用できたなどの理由により既存車両からの改造が主だった。
昭弥も車両形式が増えないように台枠から下の部分はそのままにして内装外装のみを変えていた。
「元々、改造を前提に台枠を頑丈にしていたから余裕ですよ」
車両は共通化しないと運用しにくい。だが単一の目的にしか使えないとなると、社会からの様々な要求に応えられない。
そこで昭弥は車両の拡張性を重視して台枠を頑丈にし、各部をユニット化。必要に応じてユニットを交換することで簡単に改造できるようにしていた。
「で、出来たのがこれです!」
感極まった口調で執務室の窓から見下ろした先には、これまで見たことのない車両。
新幹線のような流線型でも、通勤電車のような箱形でも、特急の拳骨でもなく、まして蒸気機関車の様な鉄の塊ではない車両。
強いて言えば、先頭が大きなガラスで構成された車両。
白地に赤と黄色のラインの塗装で塗り固め、ガラスを嵌め込んだ車体だ。
「なんやアレは?」
「最新型の車両パノラマエクスプレスリグニアです」
昭弥が目に涙を湛えつつ、サラに説明した。
勿論、この列車には元ネタがあり一九八六年から国鉄とJR東日本が運用したジョイフルトレインで<パノラマエクスプレスアルプス>ある。
団体客向けだったジョイフルトレインを個人利用者向けの臨時列車としても運用出来るように計画された車両で、洋風和風に関係なく展望、車窓からのパノラマを楽しみ全年代が親しめる車両になるよう窓を大きく取り付けた。
いずれも急行型電車である一六五系からの改造だが、原形を留めないほど、ぱっと見新造というくらい改造され、塗装も一新されている。
特徴的なのは先頭車両で先端に三面ガラス張りの展望室でその後方二階に運転室。
このような配置は小田急ロマンスカーなどで採用されていたが、国鉄では初めてであり強烈なインパクトを放っていた。
人気は高かったが老朽化には勝てず二〇〇一年八月にJR東日本での運用を終了。富士急行に譲渡されフジサン特急として余生を過ごした。
だが二〇一三年頃から新宿~御殿場間を通る旧<あさぎり>コンビこと、小田急二〇〇〇〇系RSEとJR東海三七一系へ交代することとなってしまった。そして「ありがとうイベント」でリバイバル運転の為<パノラマエクスプレスアルブス>色を復元してラストランを飾っている。
昭弥が乗ったのもリバイバルカラーの時であり、その時の印象が強烈で何時か不可k津させたいと思っていた。
「あそこまでよく改造できるな。しかし、確かに斬新やけど飽きがくるんやないの?」
人々の関心は残酷なまでに移ろいやすい。登場時は、話題に上っても時間が経過すると忘れ去られていく。
「そこで新たなジョイフルトレインを投入して話題を維持します」
といって昭弥が机の上に広げた設計図には新たなジョイフルトレインがあった。
角を切り落とされた長方形のような六面窓が特徴的な正面を持つ先頭車両は低面に運転席、その上部に展望客室のあるハイデッカー車両。
勿論元ネタは北海道で活躍した<アルファコンチネンタルエクスプレス>だ。
スキーブームが起こったとき、北海道ではスキーリゾートが出来た。石勝線沿いのトマムとサホロにスキーもリゾートが開発された。だが当時の道路事情は悪く、千歳空港に降り立ったスキー客は列車で移動していた。
しかし石勝線に使用されていたのは旧式ディーゼル車のキハ五六系で雰囲気がリゾートからは程遠くスキー客とリゾートホテル側から不評であった。
そこで、リゾートホテル側が国鉄に直談判。特別車両を開発しホテルが列車を借り切り、営業収入を保証するという前代未聞の申し入れをした。
従来なら拒絶するところだったが民営化前であり、増収増益のためホテル側の申し入れを受け容れて開発された。
旧式で余剰が出ていたキハ五六の車体、運転席側四分の一を切断して展望客室にした車両だ。
そのデザイン性は素晴らしく、後の<サロンエクスプレスアルカディア>、<ゆうトピア>に流用された。
昭弥もその例に倣って復活させた。
「しかし、投入しすぎやないの? 何か問題でも?」
サラが尋ねると昭弥が目を逸らした。
「正直に言いな」
「旧式の為にダイヤを組むのが難しいんです」
ピカピカの新品に見えるが所詮は改造車。足回りは旧式のため高速化する新型車両に合わせて速度を速くするのは無理でダイヤ編成を制約してしまう。
しかも旧式のために老朽化が激しく寿命が短い。
事実、日本のジョイフルトレインも旧式車両から改造したために、最高速度、加減速度が遅かったし、改造時でも新造から二〇年経過していたため老朽化が急速に進んだ。
以上のこともあり、バブル前半に生まれたジョイフルトレインは、九〇年代後半ぐらいまでに殆どが消えて無くなってしまった。
画一的な国鉄のなかで末期に花咲いた鮮やかなジョイフルトレインは写真を見た昭弥の心に残り、何時か復活させようと野望に燃えていた。
「でもご心配なく。車体を全て取っ払って新造したアルミ車体を乗っけて軽量化して性能アップを図ります」
因みに鉄製の台枠とアルミの車体を結び付けるのは、ボルトである。
溶接の方が強度はあるのだが、アルミと鉄では溶接など不可能。レーザーによる異金属間溶接など二一世紀の日本でもまだ大々的に使用されていない。
「しかし、こんなレジャー用の車両ばかり作りよって。地方で使う通勤通学客用の車両が足りへんわ」
都市圏に関しては電車の配備が進んでおり、路線容量以外は問題無い。
問題なのは地方の方で、車両が足りない。地方ではヨブ・ロビンの方針もありプッシュプル方式の客車がメインだ。
だが、一つの列車に高価な機関車を必ず取り付ける必要があり採算が悪い。
たった一両の客車で事足りる路線でも機関車を取り付けるのは具合が悪い。
何よりフリークエント、高頻度運転には多くの列車が必要だ。一時間に一本の長大な列車が来るよりも一五分間隔で一本の短い列車が来た方が乗客にとっては便利だ。
しかし利用客数は全体で少なく、機関車を増やして列車を増やすのは非効率だ。
だが単行出来るディーゼル気動車はまだ少ない。
「大丈夫です。そこは旧式客車にディーゼルエンジンを取り付けて気動車を増産します」
古い客車にディーゼルエンジンを付けて自走可能なようにするのは昔から行われている手だった。
だが、重い旧式客車に搭載できる小型ディーゼルエンジンは出力が貧弱でスピードが出ないことが多く初期の頃は失敗作が多い。
「しかし、新型の大出力エンジンを開発しました。これなら加速度は新型に劣りません。更に車体も軽量アルミ合金に切り替えました。問題ありません」
「そんな事するなら新造した方が早いんやないの」
「財務省が新造を抑制しているんですよ。それに減価償却済みなんで経費が少なくて済むんです。それに電車を普及させた結果、旧式の客車が余剰になって処理に困っています。まあ朝夕のラッシュ時に気動車に連結して増設し旅客人員を増やそうと思っていますが」
「しゃあないな。それで通したる」
嫌な予感を抱きながらもサラは昭弥の計画を認め実行に移した。
とりあえず昭弥の計画は成功した。
旧式の客車に大出力エンジンを搭載した気動車は各地のローカル線に投入されて成果を上げた。だが、大出力故に騒音が激しく車内設備を台無しにしてしまった。軽量の車体を採用するために防音設備が殆ど無いことも災いし苦情が多かった。
しかし、単行―― 一両で走らせることが出来る車両が増えたために高頻度運転が可能となり、利便性の向上に役に立ったこともあり功罪を相殺してしまった。余剰客車の有効活用先となったので各地で多数改造され、活躍する。
ジョイフルトレインは貧富の格差があるとはいえ中流階層の増加によりレジャー客が増え、リゾート感を味わいたいと利用客が増えていた。
これだけなら大成功なのだが、国鉄本社の成功を見た各支社が独自にジョイフルトレインを計画。支社内にある余剰車両を支社独自の権限で改造し投入していった。
その結果、あっ口にジョイフルトレインが溢れることになり供給過多になってしまった。
丁度、ゆるキャラと同じで新参者ほど知名度が低い、乱立しすぎてマニア以外覚えられない事態が発生。活用法も少なくなってしまった。
改造費も減価償却出来ない列車も多数発生し、昭弥はジョイフルトレイン改造抑制に動くため東奔西走する羽目になった。




