表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
605/763

監査と改良型

「あかんわ。金が出せんわ」


 数日前、予算を出すと請け負ったサラが申し訳なさそうに昭弥に言った。


「どうしたんですか?」


「実は財務省の方から監査が入ったんや」


「粉飾決算のことで入って来たんですか?」


「そうや」


 ヨブ・ロビンがおこなった会計不正を口実に財務省が監査に入って来たらしい。


「でも、鉄道特別会計で国鉄の予算は独立していますよ。財務省が鉄道省の予算に口出ししてくる権限はありません」


 元老院などに好き勝手に予算を弄くられたくなかったので、昭弥は国の一般会計から国鉄の予算を独立した特別会計にしている。

 独自財源を持つため、財務省に対しても自由に予算を組めるはずだった。


「粉飾決済で、税金の納税額を誤魔化していないか調べると。シロと判定できるまで予算の執行を許可制にすると」


「なるほど」


 国鉄はリグニア帝国に納税している。国策会社なのだから免税特権を与え補助金を貰って運営しても良い。

 しかし鉄道は歴とした事業であるので補助金や特権に頼らず黒字にして納税した方が良いと昭弥は考えていた。諸外国の鉄道の多くが補助金頼みで赤字になっている。鉄道を国のお荷物にしたくなかった。何より鉄道経営が黒字になる利益になる所を見せつければ民間の鉄道会社が多数参入してくるという目論見もあった。

 現に国鉄の成功を見て多くの会社が参入している。

 それに多額の税金を納めれば国鉄と鉄道省の発言権を強く出来ると考えてのことだ。

 だが、それが今は逆に財務省の介入、粉飾決算による脱税容疑での監査を呼び起こしてしまった。

 脱税の疑いがある場合、国の予算執行で横領の疑いが有る場合は財務省が介入する口実となる。その権限を活用して鉄道省へ財務省は斬り込んできているようだ。

 死してなお昭弥を苦しめるヨブ・ロビンだ。


「しかし予算の執行が出来ないと燃料も皆への給料も出せませんよ」


 鉄道は莫大な金が掛かる。

 人件費もそうだが、機関車の燃料代、電車の場合は発電の燃料代、車両の維持費、車両基地や線路の管理。

 古くなった機械は新たに購入しなければならない。古い施設はそろそろ大規模な取り替えを考えなければならない時期だ。


「日常業務に必要な予算は凍結しないと言っているわ。そこは大丈夫や。従業員の給与を支給しないと暴動が発生するのは財務省も分かっているやろうからね」


 国鉄以外の国策会社で不正経理の問題が発生したとき、財務省が調査の為に差し押さえを行ったところ、給料の支払いが出来ず暴動になった事があった。

 財務省の役人が襲撃を受けて、逃げ帰る事となったし、他にもその会社へ納品していた取引先の民間企業が支払いを求めて訴訟を行うなど、財務省の汚点となった。

 その轍を踏まないよう、一部の取引や支払いは認めているのだろう。


「新車両の購入はどうなっています?」


 チェニス田園都市鉄道に移ってからはずっと新型の電車を製造していた。

 現代日本に比べてまだまだ改善の余地があり、昭弥は田園都市鉄道に作った研究チームに新型車両を研究させていた。

 その成果を生かして国鉄で新たな車両を作り出す事になっていた。


「すまん。膨大な予算がかかる新造は無理やて。許可できんと財務省が」


「マジか」


「自分たちが獲っていく現金を余計な事に使って欲しくないんやろな」


 納税は現金が良い。現物だと売却する手間と含み損が出てくる。

 土地を相続しても売り手が見つからず物納しようにも役所が嫌がるのと同じで、現金を消費しないように現金を抑えようとしているのだろう。


「車両基地の売却も不可能ですか?」


「何かあまり良くわからへんわ。担当者ごとに売却を認めるとか、認めないとか対応がかわっとる。まあ、新しい基地の建設は渋っとるけどな」


 新しい車両基地の建設に予算は使うなと言いたいのだろう。

 財務省は新たな金櫃として鉄道特別会計を手にしたいらしい。国鉄や鉄道省が使い切らないよう財務省は今のうちに手綱を握っておきたいようだ。


「あ、貨物新幹線なんやけどな。何とか改造費は認めさせてやったわ」


「上手い手を使ったんですか?」


「ああ、そうや。そろそろ手入れをしなければもうじき使えなくなると脅してやったわ。連中も使っている車両を改造するくらいなら新造より金は掛からないと思っている見たいや」


 サラが笑いながら報告すると昭弥は少し思案顔になった後、どす黒いオーラを放ちながら薄ら笑いを浮かべた。


「……どうしたんや」


「いや、一寸した事を考えただけですよ。新型車両の製造はダメなんですよね」


「ああ、そうや。新幹線を除いてな。新幹線の方は、新型車両も許してくれたわ。元老院の地方議員共が新幹線を寄越せと五月蠅いからな」


 リグニア新幹線は昭弥の方針で在来線を通れるようにしてある。在来線も新幹線も同じ標準軌で線形の善し悪しの違いによる速度制限と軸重制限さえクリア出来れば乗り入れも可能だ。

 そのため、帝都や主要都市へ直接乗り入れる新幹線を地方は要望しており、財務省も度重なる要望に応えない訳にはいかず、国鉄に新型新幹線の製造を許した。


「相変わらず、財務省は元老院の圧力に弱いな。既存の車両の改造型はどうでしょう?」


「認めさせたわ。新造のラインが止まると余剰人員が出来て整理しないとあかんと言ったらライン維持を条件に認めたわ。労働運動が怖いらしいわ」


 ここ数年で帝国は豊かになったが貧富の格差が広がった。特に貧困層の生活は酷く、労働運動、共産主義活動へ流れて行く人々が多い。

 もし国鉄の製造ラインが止まったら、製造に関わる作業員を解雇しなくてはならない。

 そうした状況を見て財務省も生産ライン維持に理解を示して、既存の車両製造を許していた。


「既存車両の改造型改良型は許されるか」


「そうや、貨物新幹線も有効活用のためという事で許しているわ」


「新型の製造はダメ?」


「そうや、新たなラインを作るとなると莫大な金が掛かるだろうというのが理由や」


「だから既存の改良型を製造しろ、あるいは改造で済ませろ?」


「そうや」


「財務省からの正式な通達ですか」


「今のところ口頭や。でも近日中に出してくるで」


「通達が出される前にラインに置く機械の準備をしましょう」


「でも、直ぐにバレるで」


「なに、平気ですよ。寧ろ慌てさせて、通達を出させることが目的ですよ」


 義父であるラザフォードのような笑みを浮かべる昭弥にさあらは背筋に薄ら寒い物を感じた。

 同時に昭弥なら財務省に報いてくれるだろうという信頼と期待がサラに芽生えていた。




 昭弥が早速、新型の車両のライン構築と機械の発注を行った事を財務省はしり幻獣に抗議すると共に通達を寄越した。

 財務事務次官のスッラが通達に訪れ、監査が終了するまで新型車両の生産不許可と既存車両改良型のみの生産と既存車両の改造だけにするように言ってきた。

 その通達を受け取った昭弥の顔を見て得意満面だったスッラの顔は漠然とした不安から恐怖で蒼白となった。

 そして不安は昭弥によって現実化した。


「これが新型かいな。どう見ても二〇一系に見えるけど」


 今リグニア国鉄で普通に走っている通勤電車と変わらない車両を見てサラは言う。


「見た目は普通でも中身は違いますよ」


「中身?」


「ええ、車体に使われている材料を新型に変更。機材も変えていますよ。より効率的に動けるよう電気機器を新型に変え、モーターも強力なフェライト磁石を使った新型を装備しています。他にも軽量化強靱かを行っています」


「つまり姿形は同じでも、中身はまるっきり別物という訳か」


「そうです」


 設計図の形は同じでも使っている材料も使用機器も別物。


「それって新型じゃ?」


「設計上の名称は二〇一系九〇〇〇番。法律上は二〇一系の改良車両です」


 車両の分類には形式名と型番がある。形式名○○○系はデザイン・性能が同じ車両に与えられる番号で一つのグループを指す。

 その次の○○○○番は製造番号を示す。しかし、改良、改造が加えられた場合は千の位が一つ上がり、前の製造グループとは使用機器が違う事を示す。

 通常は、運転地区の違い、寒冷地なら暖房を増強したり、熱帯なら冷房を、海沿いなら塩害対策を施した改造を行ったと言う意味だ。

 だが昭弥のやったのはデザインは同じだが内部をそう取っ替えした車両であり、全く違う。

 ステンレスから軽量ステンレス軽量化したり制御系を低圧タップからサイリスタ位相制御に変更している。

 ジェット機で言えばボーイング七三七が開発当初の一九六〇年代と二〇一〇年代でエンジンも操縦制御も全く違うのと同じだ。


「財務省は新型の製造はダメが改良型は良いと言ったんだ。文句は言わせない」


 ホーネットの改良型と言って一回り以上も大きく全く別の新設計機体と言って良いスパーホーネットを導入したアメリカ海軍のような言い回しを昭弥は放つ。

 理系の用語や概念、技術的知識がない財務官僚の限界による横槍を逆手に取った昭弥の作戦勝ちだった。技術者、技術官僚の少ない財務省では十分な審査など出来るハズもなかった。


「こんな事なら素直に新造した方が安かったんやないのか?」


「新造の方が手間は掛かりませんね。既に新型車両の設計は終わって試験も終了。量産するだけでしたから。改良だと設計図の使い回しとはいえ再設計と再計算で予算も時間も掛かります」


 改良の場合の方が安く済むと思われがちだが、完成した製品、余分な部分をそぎ落とした製品に手を入れるため、何処かに弱点が出てしまう恐れがあり再検証に時間と金が掛かる。


「財務省も余計な事をしたもんやな。素人が下手に手を入れるから。それにしても生産設備も良く手に入れたもんやね」


「元々、新型車両を生産するための機材を購入していましたからね。その機材を流用しただけですよ」


 新型車両のためのラインは既に完成していたが、財務省が製造を許さなかった。そこで、昭弥はそのラインで既存車両の改良型を生産させた。

 工場の有効活用と機械の減価償却のために稼働させる必要があると言うと、財務省も許可せざるを得なかった。

 もっとも改良型車両の中身を知っていたら許可しなかっただろうが。


「あとで文句言われへんか?」


「維持費や運転費用が下がったんだ。経費削減になるのは良いだろう。財務省も文句は言うまい。それどころか財務省の不見識を追求してやる」


「哀れやな」


 昭弥に書類上の改良車両による消費電力量低減を纏めた紙を見せられてタジタジになる財務官僚の姿が目に浮かんだサラは哀れに思う。

 しかもより酷い目にあうことをサラは知っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ