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郊外移転

「……ちょい待ちや!」


 昭弥の言葉にサラは待ったを掛けた。


「車両基地や操車場、貨物ヤードを売り払うって本気かいな?」


「ええ」


「気は確かか! 全部鉄道会社の資産や。なくなったら車両の整備や列車の組み替えをどないするんや!」


 鉄道というと大勢の人々は車両、駅を思い浮かべ、ついでに線路が付け加えられるだろう。

 だが、その車両を整備するのは車両基地であり故障しないよう点検するためにも必要だ。

 その時使わない車両を一時的に溜めておく場所も必要であり車両基地は鉄道会社に必要な場所だ。

 それを昭弥は売却しようと言うのだ。


「別に全ての車両基地を売却する訳ではありませんよ。必要な車両基地は残します」


「じゃあ売るのは何処の車両基地なんや」


「市街地にある車両基地や操車場ですよ」


「何でそんなところに車両基地があるんや」


「車両基地の周りが市街地化したためですよ」


 中世の都市は人口一万人以内であり五万を越える事はまず無い。これは都市への食料供給が周囲の農地に依存するため周辺の農地が送り込める食料に上限があり入り一万人を超える事は少ない。

 例外は河川や海辺の近くで遠隔地から食料が送られてくる場合だ。

 そのため都市の大きさも制限され古い町はいずれも小さめだ。都市の防衛に有利なこともあるが精々直径二キロ程度の範囲に収まる。

 当然それらの町には道路や街道が通っているが新参者の鉄道は通っていない。

 そのため鉄道は、町の外縁部か郊外を通るようになっている。

 しかし、鉄道が今までより遙か彼方の遠隔地から運んでくる食料品が町の人口を増やす。

 駅周辺に新たな市街地は人々を呼び込み成長し、旧市街地を飲み込むように拡大していく。

 鉄道に必要な施設、車両基地や操車場も当然郊外にあるが町の成長と共に周辺が市街地化していく。

 例えば日本初の鉄道の始発駅である新橋、(旧汐留駅)は東京郊外にある汐留に作られた。周辺には車両基地が作られ、、品川の車庫や田町の車両基地が出来上がった。

 しかし東京の拡大により周囲は市街地化していった。

 そのため町中に広大な車両基地が残されることとなった。

 帝国の諸都市にもそうした車両基地や操車場が沢山あった。


「町中にあって便利やないか」


「確かに荷物の積み込みや、置いておいた車両を引き出すのには便利です。でもただ車両を置いておくだけに広大な土地を使うのは勿体ない。それも市街地にですよ」


 車両基地は車両の留置や整備に必要不可欠であり欠かすことは出来ない。だが、町中に必要かと言われるとそうでもない。

 車両自体は異動できるのだから何処か遠くへ、例えば町から離れた路線の沿線に車両基地を作ってそこに置いて置けば良い。


「固定資産税の支払いが大変でしょう」


「まあ、地価に応じて課税されるからな。どうしても高くなるわ」


 土地の台帳に記載された地価に応じて所有者に課税することで国は収入を得る。土地の善し悪しが地価に反映されるので、役所が土地を査定する必要もない。

 一方、所有者は台帳に載せることで国から土地の所有者として認められ、保護される。

 互いにウィンウィンの関係である。

 だが、これだと便利な土地は地価が上がりやすくなる。

 ことに利便性の塊である鉄道駅の周辺は地価が上がりやすい。

 東京の銀座もそうだが、渋谷や新宿、大阪の梅田や難波、名古屋の栄など鉄道駅周辺は地価が高い。

 他の地域でも駅の近くの地価は上がりやすい。

 そして駅の建つ土地自体の地価も上がってしまう。

 線路周辺も同様であり、車両基地も同様に地価が高くなる。

 鉄道会社は鉄道の会社であると共に多数の不動産を保有する会社でもある。

 故に多額の固定資産税を納税しなければならない。

 特にリグニア国鉄は初期に鉄道を建設したため、都市中心部となっている駅が多数あり、莫大な固定資産税を出さなければならない。

 国営なのだから、納税は免除されても良いのだが、特権で免除されるのは経営的には自立できないので良くないので昭弥は、支払っている。

 勿論、納税することでリグニア帝国に対する発言力を維持するためでもある。


「その高い地価と価値を持つ車両基地を売り払います。そして沿線沿いにある地価の安い郊外に広大な土地を買って大規模な車両基地を作って移転します。移転費用と建設費を差し引けば、黒字になるくらいの価値はあるでしょう。いっそ自分たちで都市開発に遣っても良い」


 実際にJRは田町や汐留の車両基地を売り払ったり都市開発して収入を得ている。

 田町の車両センターにあった車両を国府津の車両基地へ動かして、跡地を品川ゲートウェイとして都市開発している。寝台列車を全廃して留置車両が激減したことで可能になったのだ。

 蛇足だが、ブルートレイン衰退に昭弥は憤りを感じているがそのような事が再び起きないように、リグニア国鉄では客の呼び込みを図っている。


「幸い、宅地化地区の外側はまだ土地が安く広く纏まった場所も多いので車両基地にするには最適です。貨物ターミナルも都心部の貨物取扱駅を残して全て移してしまいましょう」


「都心部に貨物取扱駅を残すのか」


「最近はトラックが増えてきましたが、自動車全体が増えてきているので、交通渋滞が酷くて帝国にトラックが着かないことが増えています。そこで交通渋滞のない貨物列車を走らせる事でトラックからの荷物を奪ってやります。小回りは利きませんが、定刻に貨物が届くのは有利な点でしょう」


 遅延の殆ど無いリグニア国鉄だからこそ出来るサービスだ。

 工業化と資本主義の進展により効率化が推し進められている。

 その効率化を求められ在庫を抱えないためにジャストオンタイムで荷物を届けることが求められはじめている。

 トラックは小回りが利くので工場に届けるのは楽だが、交通渋滞が激しくなった今は、あまり上手く行っていない。

 そこで渋滞の激しい郊外と都心部の間を鉄道でショートカット出来るサービスを昭弥は考えた。

 当然載せ替えの時間を考えるとコンテナしか使えないが、非常に便利なはずだ。


「都心部にも都市高速道路が出来ているはずやろ」


「ただ、建設費が足りないのか都市間高速道路と都心部を走る都市高速道路は出来ているんです。しかし郊外で都市間高速道路を繋ぐ環状道路がありません。で、乗換のために都市高速道路を使っているので酷い状況です」


 東名高速と東北道は出来たがその間を結ぶ高速道路がないため、首都高を接続して乗り換えやすくしようとしたら、首都高や環八が混んでしまったようなものだ。

 圏央道が出来た事で都心部を迂回できるようになり、ようやく渋滞は減った。都市郊外のバイパス路が必要という事を示す端的な例だ。

 しかし、高速道路建設が始まったばかりのリグニアではそんな事を道路建設担当が知るはずもなく、迂回路を作っていなかったために渋滞が発生していた。

 そこを昭弥は突いたのだ。

 リグニア国鉄の場合、都市の周りに武蔵野線、南武線のようなバイパス線を作り、貨物列車を迂回できるようにしてあり、都心部に余裕が出来るようにしてあった。


「まあ、その鉄道のバイパス線の周りも市街化しているため酷い状況ですが」


 市街地が拡大して、バイパス線周りにも住宅が建ち並ぶようになってしまった。

 丁度、東京の山手線や武蔵野線と同じ状況だ。


「だからそれらも全て外に移してしまいましょう。鉄道車両基地だけでも町は出来ますから問題は無いはず」


「移転に費用が掛かるけど」


「でも車両基地を余所に移さないと手狭で非効率ですよ。今は運用で何とか凌いでいますけど、広い場所に機能を集中させないといずれパンクしますよ」


「確かにな」


 倉庫と事務所が分散していると連絡に時間が掛かり仕事がやりにくいのは商人時代からサラは理解している。

 今でこそ電話が張り巡らされて声が即座に伝わるが、それでも不十分だ。実際の状況を見て判断することなど出来ない。

 列車を一纏めに管理、整備が出来る車両工場が是非とも必要だとサラは考えている。

 鉄道は大切な財産であり、乗客を目的地に運ぶサービスを果たすために十全な管理は必要だ。そのために必要な設備を調える事こそ鉄道会社の経営陣は求められている。


「わかったわ。それならかまわんよ。見積もりと周囲への合意を出してくるわ」


 サラは気楽に請け負って昭弥の部屋を出て行った。

 しかし、それがとんでもない状況に陥るとは知らずに。

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