表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
602/763

粉飾決算

「さて、収支決算はどうかな」


 昭弥はようやく纏まりはじめた今月の収支決算に目を通し始める。


「やはり、少し赤字か」


 ヨブ・ロビン時代の資料が見つけられなかったため、毎月の出納を記録させている。

 月々のイベントでの収支は分からないが、毎月の固定費――人件費、車両整備費、税金の額は出てくる。

 これを毎月の固定収入から差し引けば良い。

 収入は運賃がメインであるため旅客数の増減によって毎月収入が変わる。例えば、年末年始の休暇や夏季のバカンスシーズン、転属異動の時期は収入が増える。

 それ以外の月は収入が落ちる。それでもビジネス客を中心にこれ以上下がらない収入額がある。

 その最低収入額の範囲内に経費を納めれば赤字にはならない。他の月で圧倒的な利益を出せる。

 今は最低の収入額より経費が多く赤字である。

 他の月の利益で補填している。

 ボーナスをあてにして月々の赤字を甘受しているサラリーマンと同じだ。


「まあ、半年に一回の定期の収入があるから大丈夫だけど」


 鉄道において圧倒的な収入源は定期の収入だ。

 沿線にあるオフィス、学校への通勤通学で確実に入ってくる。

 朝夕のラッシュが酷くなるが、半年に一度確実に入る収入はありがたい。

 他にも貨物だと長距離の食料輸送列車、鉱物輸送列車が有り難い。

 技術の進歩によって工場の稼働率が上がっている。同時に原材料を大量かつ定期的に補充する必要があり定期貨物列車は一日に何百本と走っている。

 確実で有益な収入源なので何としても維持したい。

 問題なのは一年に一度の支出がまだ出ていないことだ。

 税金や資材の支払いなど纏めて支払う費用を確認していない。

 固定費として幾ら出て行くか確認しなければ。

 既に決算日は過ぎていて前期の収支を計算している最中だ。


「期末で追加注文があるのか、黒字にはなりそうだな」


 その分、翌月は収入が減り気味だが大丈夫だろうと昭弥は思っていた。


「大変や!」


 その時駆け込んできたのは財務担当理事で決算書の作成と財政監査を行っていたサラだ。

 ルテティア王国時代からの財政の専門家で昭弥の頼れる仲間だ。

 数字に強く財政一筋でやって来ており、熱血でテンション高めでも動揺などしない。

 だが彼女は血相を変えて昭弥の執務室に入ってきた。


「どうしたんですか」


「これを見てほしいんや」


 差し出されたのは期末に入って新たに入って来た注文票だ。


「新たな注文で別に問題は無いと思いますが」


「そしてこっちがそのキャンセル票や」


 注文しても規定日以内であればキャンセルすることが出来る。


「何処も問題は無いように思えますが」


「よく見てみい。同じ企業なんやが国鉄側の責任者のサインが同じや」


 言われて確かめてみると確かに書き方に癖があった。


「どういう事ですか?」


「架空計上や。注文した後、決算日を跨いでキャンセルして前期の収入が多いように誤魔化していたんや」


 多くの企業や部門で売上目標を立てているだろう。しかし、目標に足りないとき決算日近くで取引会社を装って発注を掛け売上に計上する。そして決算日に売上目標を達成したように見せかけた後、キャンセルをして発注を無かったことにする。こうして目標を達成した様に見せかける事が出来る。

 粉飾決算の一種だ。

 だが、次の期の損失に計上されるため売上が下がってしまう。そのため、前期より更に金額を上乗せして計上する必要に迫られるため、非常に不味い。


「他にもグループ会社に不良資産を購入させて次期で買い戻していたわ」


「飛ばしか」


 会社の資産を表す会計手法には原価法と低価法の二つがある。

 原価法は資産を取得時の価格を計上する。記録が残っていてシンプルで簡単だが、時価ではないため、株などの場合、含み損を反映しないため正確な資産を計れなくなってしまう。

 一方低価法は帳簿価格と原価のいずれか低い方を採用する。

 このため含み損を抱えた資産を一時的に子会社に安い値段で買わせて、帳簿上はそんを表面化させないようにする。決算が終われば原価プラスαで買い戻す。

 オリンパスがやった粉飾決算の方法だ。


「グループ決算で防げると思ったんだが、ヨブ・ロビンの奴、国鉄本体のみの決算しか発表しなかったからな」


 以上の事からグループ全体、株式関係のある会社の決算を全てを纏めて発表するグループ決算を昭弥は行っていた。

 しかし、決算の会計作業が膨大になるためと言ってヨブ・ロビンは国鉄単体の決算しか発表していない。


「他にも領収書の日付を空白にして貰って翌期の日付で計上する連中もいたわ」


 領収書改竄も経費の誤魔化しのためによく使われる手だ。


「いずれにしても粉飾決算は不味いですね」


 会社の経営状況を知るためには正確な財務諸表が必要不可欠だ。

 なのに正しい数字を出していない財務諸表が出されたら間違った経営方針しか出て来ない。

 統計の不正と同じで過ちは正さなければならない。


「急いで正確な数値を出して下さい。あと関係者の処分を」


「勿論や。しかし、他にも色々あるで。貴族の商売ちゅうか、商売する気がないのかって言うくらいいらない経費を使いまくっているで」


「安全の為に必要な福利厚生を削る訳にはいきません」


 昭弥は福利厚生を重視していた。鉄道はお客様を運ぶ運送業であり、目的地までの安全を確保しなければならない。そのために運賃を受け取っているのでありその義務を果たさなければ受け取る権利は国鉄にない。

 安全を担保してくれるのは職員の職務に対する姿勢だ。彼等が疲労困憊で職務不能になる、その手前の能力低下さえ大事故に繋がる。

 仕事の疲労を残さず、次の職務をこなせるよう昭弥は福利厚生に金を掛けていた。


「そんなのはわかっとるよ。けどな、余りにも酷すぎるんね。三等で行けば良いのに一等を使ったり、行く必要もない視察を行ったり、休暇の規定をオーバーしたり。酷いところだとある駅の駅長が管理下にある車両を無断で改造して自家用にして家族で近くの川へ遊びに引き込み線へ走らせていたわ」


「何とも羨ましい、いや、酷い話だな」


 個人専用の車両はある事はある。

 貴族や大資本家がプライベート用に製造し、通常の列車の後方に連結させる形で運用する。

 昭弥としてはダイヤや作業が繁雑になるのでやりたくないのだが、地方線の赤字を埋めるためにやむを得ず認めた。

 だが、国鉄の車両を自分の管理下にあるからと指摘に流用するのは認められない。

 百歩譲って部下の福利厚生のために使うならまだ納得出来るが、私的利用など言語道断だ。


「自分も専用列車持っているやろが」


「あれは皇族専用で自分専用ではありません」


 そもそも昭弥は普通の列車に乗ることが趣味で視察の度に一般乗客に交じって乗っている。流石にやる事が山積みで車内にも書類を持ち込んで事務仕事をやらなければならず、個室に乗り込むことが多いが、専用車両などは作っていない。

 昭弥の行動力の前にダイヤは無意味だ。全国を股に掛ける昭弥の行動に合わせていたら国鉄のダイヤは乱れてしまう。

 ただでさえ乱れ気味の国鉄ダイヤをこれ以上、乱す訳にはいかなかった。


「ごほん。つまりサラさんこれだと収支は?」


「完全な赤字やろうな。黒字の可能性もなくはないが、どれだけの債務を抱えとるか分かったもんじゃないわ。赤字と考えて行動せえへんと終わるわ」


 支払うべき、いや穴埋めすべき赤字が多すぎて会計処理に必要な金額が分からない。

 いや、収支が完全に赤になっていると見るべきだろう。

 これほど日本国鉄のように地方に路線を延ばしまくり、大きな収益になる都市交通は麻痺寸前。機会損失が大きいとみるべきだ。

 幸い原料輸送による大口輸送が多い貨物の収入が大きいのが不幸中の幸いだ。

 ワンマイルトレインによって鉱山から何千トンという鉱物を運んだり、穀倉地から穀物を遠隔地へ輸送している。日本だとどうしても距離が短くなるし、何より鉱業が安い海外輸入に押されて壊滅状態で貨物の道はない。農作物の輸送が何とかなりそうだが、今度は輸送するための車両や専用の積み込み施設がない。結局コンテナ輸送で行う事になるが自動車と競争することになり、鉄道のメリットを生かし切れていない。

 その点リグニアは国土が広く、遠距離大量輸送が出来るため、莫大で定期的な収入を得ることが出来る。

 しかし自動車の台頭が大きく何時までも黒字でいられるという保証はない。

 下手をしたら、粉飾によって経費が小さいように見せかけたり、収入を過大にしている危険もある。

 こんな状態のリグニア国鉄で黒字を達成出来ているとは思えない。


「兎に角、正確な数字を出して下さい。大口の契約と経費から優先的に」


「分かったわ」


 割合の大きな案件から見直して行けば、最初は大きく修正する必要が出てくる物の、後から修正される事は少ない。

 会計の見直しと共に再建策を同時に実行しなければならない状況では、最善の方法だ。

 見直してから再建した方が良いのだが時間が足りない。時間をかけると、借金の利子が雪だるま式に増えて利払いだけで収入を全て持って行かれてしまう。


「こうなると収入を増やす方策を考えないと不味いな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ