昭弥の姿
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襲撃されてから昭弥は一旦王都に戻り、後始末の指示を出してから自室で休んでいた。
三日経って目覚めるとユリアからの呼び出しがあり、目覚めたら直ぐにお連れするようにとのことだった。
アダムスの事が頭から抜けず、気分は最悪だった。
既に夜でもあり断ろうとしたが、女王陛下がどうしてもと言うので、身だしなみを整えてから、指定された庭に向かった。
「今夜は明るいな」
現代日本の街路に比べれば暗いが、星明かりでも十分な光になる。
夜に走る鉄道の写真を撮るために、街路の無い夜道を歩いた経験もある昭弥にとっては何でもない。
ましてランプがあるのだから。
しかし、いつもの東屋に来たとき驚いた。
東屋の中に置かれたランプが建物の中と、そこに居たユリアを照らしていた。
いつもの白い肌に金色の髪、白いドレスがランプの火の揺らぎで寄り美しく彩りを与えていた。
いつまで見ていただろうか放心して時が経つのを忘れたときユリアが気が付いて、昭弥に声を掛けた。
「あ、昭弥様」
「は、はい」
柔らかく、可愛らしい声だ。
つい先日見せた、鬼神のごとき戦いぶりからは想像できない姿と声だ。
「今日はお疲れのご様子なのでお茶でねぎらおうと思いまして」
「あ、ありがとうございます」
それだけをようやく言い、昭弥は東屋に入り席に座った。
注がれた紅茶を飲むと確かに落ち着く。
だが、近くでユリアを見ると余計に美しく見えて、緊張してしまう。
「まだお疲れのようですね」
「え、いや。月が綺麗だな、と思って」
昭弥はしまったと思った。
「仕方ありません。襲撃されたのですから」
しかし、ユリアは少し、頬を膨らました。
別の意味でまずいと思い、昭弥は話題を変えた。
「犯人はわかったんですか?」
「残念ながら全員亡くなっており、聞けませんでした」
そりゃ全員殺してしまったらな。さすがに声に出せない台詞を思いついてしまい、昭弥は沈黙した。
先日息子を拘束されたオートヴィル男爵あたりが、腹いせに襲撃した可能性が高いが、証拠が無い。
「しかし、大丈夫です。宰相のアントニウスに命じて既に襲撃犯の黒幕を討伐するように指令を出し、現地に向かっております。近日中に討伐するでしょう」
「はあ、そうですか」
仇を討ってアダムスのフッカー駅長が帰ってくる訳ではないが、それで少し気が晴れた。
「あの……昭弥様」
「はい、何でしょう?」
言いにくそうにユリアが尋ねてきた。
「今回の事で、その……鉄道会社をお辞めになるのですか?」
昭弥は少し考えてから答えた。
「それも、考えました」
「!」
「もし、私が鉄道を建設しなければフッカー駅長を始め、駅員は死ぬことは無かったでしょう」
「それは違います。殺したのは逆賊であって昭弥様ではありません」
「はい、けど駅を護るよう命じていたのは私です。それに私には鉄道に関する全ての責任があり、その結果を受け入れなければなりません」
昭弥は静かに語った。
「けど、やめません。皆が幸せになると思って作った鉄道で、今回のような事が起こって全員というわけではないと知り、絶望しました。けど、それでも多くの人が幸せになっていますし。それに既に鉄道会社を始め幾つもの会社に十数万人も働いて家族を養っています。もし私がやめたら彼らの生活が保障される可能性は少ないです。彼らのためにも、もう少し働かせて貰おうと思います」
「はい、是非お願いします!」
ユリアが大きな声で、頼み込み昭弥は笑った。
「それにしても昭弥様は鉄道の知識が豊富なのですね」
「ええ、好きですから。子供の頃からずっと」
「どうしてです?」
「どうも昔から乗り物が好きだったんですよ。乗り物に乗らないと気が済まない性格みたいで。初めて乗った記憶があるのは四歳くらいかな。両親に連れられて見たこともない遠くの駅に連れて行って貰って。近所にある駅から電車、列車に乗って、降りたら知らない土地で。普通なら怖がるはずなのに、自分を知らない世界に連れて行ってくれる魔法の乗り物だと思ったんです」
恥ずかしそうに昭弥は話し始めた。
「それで、鉄道に興味を持って、乗りに行ったり写真に撮ったり、色々しました」
「あははは」
ユリアは笑った。嘲笑ではなく、可愛い子供を見るような笑顔で話した。
「素敵な子供時代ですね。でも、乗っているだけで鉄道のことが、政治や経済も含めて知ることが出来るのでしょうか?」
「乗っているうちに、どうして鉄道はここを走っているんだろう、と思うようになったんです。どうしてこのルートじゃないとダメなのかな、と。僕の家の前を通ってくれないのかな、と。そしてどうして鉄道が建設されたのか。どうして人があんなに多く利用しているのかを調べるようになって、建設や経営のこと、鉄道の技術、鉄道の歴史を調べるようになったんです。それで、何処に鉄道を建設したら儲かるかとか、便利なのか解るようになったんです」
「凄いです。そこまでやるなんて真面目なんですね」
「いや、そこまでやらないと気が済まないんですよ。自分が納得するまで調べないと気になってとことん調べて、納得してようやく満足するんです」
「それでも十分凄いです」
ユリアは正直に感嘆した。
「あの」
「はい」
「元の世界に戻りたいとは思わないのですか?」
「と、言いますと?」
「それほどの実力と知識があるのであれば、元の世界でも、こちら以上に活躍出来るのではないかと。いえ、ルテティアでは十分に活躍出来ないのではないかと思って」
慌てるユリアだったが、昭弥は少し考えてから答えた。
「いいえ、思いませんね。ここの方が良い」
「どうしてですか?」
肯定的な言葉を聞いたユリアが期待に満ちた目で尋ねた。
「元の世界では僕は落ちこぼれだからですよ」
昭弥の言葉にユリアは、固まった。
「な、何でですか!」
ユリアは、初めて腹の底から起こり、テーブルを叩いた。あまりの勢いで大理石で出来たテーブルにヒビが入ったほどだ。
「昭弥はこんなに、鉄道の知識があって王国に鉄道を敷き、豊かにして、人々を幸せにしました。どうしてそんな人が落ちこぼれなんですか!」
「だから落ちこぼれなんですよ」
昭弥はユリアを落ち着かせるように穏やかな言葉で話し始めた。
「私の世界では学校があって教育カリキュラムに従って勉強します」
「はい」
「ですが、そこに鉄道は、ほんの僅かしかありません。なので評価されないんです。カリキュラム通りにやっているか、その中でテストされ評価されるんです」
「だからといって、こんなに優れているのに」
「カリキュラムでは満遍なく良い成績を収めなくてはなりません。一部の成績が突出していても、いやだからこそ目立って、文句を言われます。特定のことしか出来ない無能と。まして、カリキュラム外の事なんて非難されこそすれ、褒められることはありません」
「でも、それは学校の事でしょう? 鉄道関連なら評価されるのでは。昭弥なら鉄道を建設すればあっという間に大会社に出来るのでは?」
「既存の鉄道会社で一杯で、儲かる路線はほぼ建設され尽くしています。なので、作る余裕などないのです。鉄道会社に就職しても、会社の駒の一つとして使われるくらいが精々です」
「でも、圧倒的な知識が」
「私の世界では、私程度の知識を持っていた人が数多く居ます。私程度、取るに足らない存在です」
「違います!」
ユリアは大声で叫んだ。
「昭弥は凄い人です! 私たちのルテティア王国を豊かに幸せにしてくれました。私も、誰もなしえなかったことをしてくれました。もうすぐ滅びようとしていたこの王国を救ってくれた救世主です! それが取るに足らない存在だなんて誰にも、昭弥にも言いません!」
「ユ、ユリアさん……」
「私決めました!」
突然ユリアは立ち上がって宣言した。
「な、何を?」
「昭弥を離しません! 向こうの世界なんかに帰しません! 帰してくれと言われても断ります! ずっとこの世界に居て貰います! もう絶対に離しません! 私たちの救世主を大事にしない世界に帰しません!」
そこまで言ってユリアは、引いている昭弥を見て正気に戻り、椅子に座った。
「あの、ユリアさん」
「は、はい」
気まずい雰囲気に昭弥は居たたまれず、話しかけた。
「どうして、私を信じたんですか。出会ったばかりの、それも異世界から来たよそ者を信じることが出来たんですか?」
「あなたが鉄道に関しては本当に情熱的で真摯な人だと信じたからです」
穏やかにユリアは話し始めた。
「あなたと初めて会ったとき、鉄道という言葉に反応して飛びつかんばかりに私の手を取りました。それはもう私を押し倒さんばかりに。私も倒されると思いました」
「いや、その節は済みませんでした」
「いいえ、でもあなたの熱い情熱は私に伝わりました。だから、あなたに任せても大丈夫だと思いました」
「ありがとうございます」
「あと、これは私の我が儘なのですが……」
躊躇いがちにユリアは尋ねた。
「鉄道に対する情熱の一部でも良いですから、私に注いでもらっても……」
「陛下!」
小さくなるユリアの声をかき消すように兵士が飛び込んできた。
「何でしょう」
穏やかな声だったが、恨みがましい目でユリアは兵士を見た。
つまらない情報だったらこの手で処刑する、とでも言っているような目だ。今はドレス姿で、剣を帯刀していないとは言え、ユリアの力なら人間の十人や二十人、纏めて素手で潰すことは可能であり、王国の人間なら全員知っている。
だが、兵士は義務感から恐怖を押しつぶし、大声で報告した。それは勲章物の行動であり事実彼は、このことで上官から勲章を授与されている。
「一大事です! 北方の貴族領が一斉に反乱を起こしました!」
「何ですって!」
先日の襲撃もあり、北方には不穏な空気が流れていた。だからこそ宰相であるアントニウスを派遣し、落ち着かせようとしたのだ。
「アントニウスは何をしていたの」
「はい! 今回の反乱の首謀者はアントニウス様です!」
「な!」
これにはユリアも絶句した。
鎮めるための責任者が、自ら反乱の首謀者となるなんて。
場合によっては武力制圧もあり得るので、一個師団の正規軍も指揮下に送っており、彼らも反乱軍になった可能性が有る。またアントニウスは公爵であり、自らも一万からなる私兵軍を持っている。
北方は大きな貴族も多く、反乱に加わる数も増えるだろう。
傭兵を雇えば、下手をすれば一〇万から二〇万の大軍となって、戦いを仕掛けてくるだろう。
「直ぐに閣議を召集して、それと宰相の地位剥奪と、反逆罪の適用を」
「申し上げます!」
別の兵士がやってきた。
「今度はどうしたのです」
「アクスムが国境を突破! 本隊は沿岸部を制圧しつつ移動中。別働隊は王都に向かっています」
「休戦協定は?」
「破ったようです。また、エフタルからも無数の騎馬集団が移動中という報告を受けています。さらに周も国境に大軍を動員しつつあり、越境も時間の問題であるとの報告が来ております」
ルテティアは戦乱の最中に放り込まれようとしていた。




