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総二階建て

 数週間の緊急工事の末にグランデ・ドゥオ線に新型車両が投入された。

 前の車両より縦長、高さ五メートルにもなる大型車両が駅に滑り込んでくる。

 そして一両あたり片側一〇箇所、一階と二階にそれぞれ取り付けられた扉が開き二層のホームへ大勢の乗客が降りてくる。


「何とか上手く行ったな」


 目にクマを作った昭弥が無事に工事が終わったことに安堵して呟く。

 工事を陣頭指揮して不眠不休で作業をしていた。

 リグニア国鉄から技術者を集め、工場をフル稼働させ、現場で大車輪で作らせた総二階建て通勤車両だ。


「本当に単純な解決法だね」


 傍らで見ていたティーベがあきれ果てて、いたが同時に感心していた。


「全ての車両を総二階建てにするなんて、しかも二階からも下りられるようにするなんて」


 リグニア国鉄は主要本線上をアメリカのスーパーライナーが通れる規格で作られており、二階建て車両でも通れる。

 これまでも主要路線に二階建てを作り投入してきた。

 だが、これまでの車両は全て扉が一階にしかない。

 今回作った車両は二階にも扉を付けた新型だ。

 一階のみだとドアの数が足りず乗降に時間が掛かり停車時間が延びてダイヤが遅れてしまう。一時期一部列車に五扉や六扉車両が導入された理由は駅での乗降時間を短縮することによりダイヤの遅延を防ぐ為だ。


「けど扉の数が倍になれば乗り降りが楽になるだろう」


 そこで昭弥は二階にも扉を付けることにより乗降をスムーズにして乗降時間を短縮させ停車時間を短くした。

 ある鉄道研究家が提唱し某女知事が通勤ラッシュ解消の秘策として応援していた方法だ。


「確かに上手く行っている。しかし簡単に改造したね。延伸予定の路線の開業を遅らせただけの事はある」


「まあ初めから想定していたからね」


 昭弥もこの方法読んだときその合理性を認めていたが、非現実的として見ていた。

 都心の地下鉄の駅で、高架までの狭い空間に二階を作るなど不可能。第三軌条にしてもぜったに屋根を擦る。

 地上線でも何カ所もある高架橋の改修などの費用と時間をどうやって捻出するのだ。

 二人とも車両限界と建築限界という言葉を知らないようだ。

 結局、完全新規の新線以外では採用不可能というのが昭弥の結論だった。だが、こちらの世界に来たとき万が一の時のために温めていた秘策だ。

 元々、スパーライナーや縦積みコンテナ車を通すためにルテティア王国時代から建築限界は高くしてある。

 グランデ・ドゥオ線も万が一の時のバイパス路として機能するように設計していた事もあり、建築限界は元々高い。

 そのため、線路の上にある高架橋や渡り廊下の位置が高く、スーパーライナー規格の車両を通すのに何ら不自由はしていない。

 今回の最大の難関はホームの増設だった。

 元々一階にしかないホームの上に二階のホームを作り上げるのだ。

 プレハブ方式により工場で作り上げ、列車で運び込んで組み上げる。この方式で数週間の内に建設することに成功した。

 数百人の作業員を動員して一駅ずつ、運転が行われていない夜中に行った。

 車両は、元々耐用年数が数十年に及ぶ頑丈な車両の天井に軽量素材をつかった車体を積み上げて固定したお手軽設計。

 この程度の作業を簡単に行ってしまうのだからリグニア国鉄も捨てたものじゃない。


「しかしこんなことなら初めから総二階建てにすれば良いじゃないか? 前の大臣時代もチェニス田園鉄道でも行わなかったのはどうしてだ?」


「……総二階建てにするとホームも二階にして扉も増やさないといけないから、車掌や駅員の増員が不可欠だ。人件費も掛かるけどドアの開閉時にお客様を巻き込む危険が大きくなる」


 テレビが電子銃を発明した昭弥の次女によって実用化されつつあるリグニアだが、普遍的に利用できるほど普及していない。

 そのためホーム監視用のカメラとモニタを設置することが出来ない。

 カーブの少ない直線だらけで監視がしやすくても最大で四〇〇メートルの間に八〇もの扉がある列車の開閉を一人の車掌が行うのは現状でも駅員の補助があっても困難だ。

 それが総二階建て、二階にも同数の扉が付くとなればなおのことだ。


「なにより、車両の汎用性が喪われる。流石に全ての路線で総二階建てを採用するのは無理だろう。どう考えたって田舎のローカル線で二五メートル級総二階建て一両はデカすぎる。一両でも過大なのに出来ないよ」


 公共機関と目される鉄道だが、収入と支出からは逃れられない。何より、使われない鉄道など不要という信念を持つ昭弥にとって、過大な投資は害悪だ。

 日中ほんの数人しか乗っていない区間に定員四〇〇人のワンマン総二階建て車両などシュールすぎる。

 今のは極端な例だが、都市部でも日中の電車は人が少ない。朝夕のラッシュ時が異常に込んでいるだけだ。

 ラッシュに合わせて総二階建て車両を用意するのではなく、一階建て車両を多数用意して、日中は間引いた方が採算が良いと判断して実行していた。

 国鉄でもチェニス田園都市でも、ラッシュ時は列車の増便で対応。そのために三複線を用意して速度別に運用していた。少しでも多くの列車を通すためだ。


「けどここは複線のみ。複々線にしたくても土地は無いし時間も無い。しかも周辺は都市計画法が甘すぎて建築容積が甘くてドンドンマンションが建っている。お陰でスプロール現象が起きて人口が異常に増加している」


 スプロール現象とは、都市が拡大していく際、無秩序に開発され広がっていくことを指す。こうなると異常に増殖した部分が負荷なり都市機能を麻痺させたり、住みにくい町にする。

 やたらと小道が多かったり枝分かれしていて九龍城のような迷宮みたいな町が出来てしまう。

 チェニスの場合は昭弥が都市計画法を作り、地区ごとに容積率を定め、鉄道の許容量以上に町が開発されないように抑えていた。

 だが、ヨブ・ロビン達は帝都の官僚と結託して容積率を徐々に緩和、制限を解除して放置。

 結果、様々な業者や地主が勝手に自分たちの土地でマンションを建てまくり、一挙に人口が増大。

 大量の通勤客が生まれ通勤ラッシュという地獄が生まれた。


「開発を止められないのかい?」


「一応、帝都の官僚に言って制限をかけ直しているけど、見直し前に認可された地区は適用外だよ」


 法の不遡及――法の成立前の事案に関してはその法律は適用外の原則に照らして、放置される。何の手立てもない。


「けど、酷い状況で地価とか家賃とか下がって開発が止まるんじゃ?」


「ところがどっこい。その地価と家賃が下がっているので、人口が次々と流入してきている」


「どうして」


「家賃が安いから賃金の安い労働者層が入って来ているんだよ。家賃が安い方が過分所得が増えるからね。それに鉄道沿線だと自動車の取得も不要だし」


 バブル前の日本のサラリーマンが豊かになったのは定期代と通勤地獄と引き換えに自動車を取得する費用――免許取得、車購入、車検料、自動車税等々を毎年支払う必要がなかったからだ。

 勿論、車を購入するのはサラリーマンの夢だが、仕事の必需品では無く娯楽としてだ。

 もし、鉄道が無ければ仕事で車が必要となりその費用は莫大なものになっていた。

 経費で落とすにしても今度は会社の負担が大きくなってしまう。

 だが、鉄道ならば僅かな運賃で遠距離でも移動できる。

 余程の長距離でなければ鉄道の方が安い。

 営業で車が必要な人もいるだろうが、それは極少数。社内の経理や総務あるいは工場の労働者ならば職場との往復に車はまず不要であり、電車通勤で事足りる。

 自由気ままに移動できない不便はあるが、都市部なら数分間隔で運転されているので待ち時間も殆ど無い。


「だからみんな鉄道周辺に集まってくるんだよね。駅近くの方が良いから」


 昭弥は溜息を吐きながら答えた。


「他にも同じような処置を行う路線が必要になるんだろうな。あんまりやりたくないのに」


「けど必要な処置なんだろう」


「そうだけど、まあ現場の苦労を考えると列車当たりの収容人員を増やすしかないんだよね」


 鉄道の運営は設備によって制限される。線形が悪ければスピードが出せないし、レールの本数が少なければ、列車本数が増やせない。

 複々線に拡張できない状況ならば、列車の収容人数を増やすしかない。


「お陰で運転士達の苦労は減っただろう」


「うん。運転本数が減って運転士の必要数は減った。彼等には休暇を出すことが出来るよ。あと骨休めに配置転換とかもね」


 特に疲労の激しい運転士には教官職など疲労の少ない部署への配置を行うように指示していた。


「問題があるんだよね。これだけデカい車両だと重くて電力消費も大きいから」


 昭弥がそこまで言ったとき、目の前の列車が止まり、車内が暗くなった。

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