ユリアの姿
王城内にある従者控え室。
当直の待機所も兼ねているため、非番当番の従者が集まり会話に話を割かせる。
本当は仕事中なので褒められたことでは無いが、息抜きと情報交換に役に立つため上司に黙認されている。
「どうして陛下はあの異世界人に肩入れをするのだ」
親衛隊長であるマイヤーが、苛立った声で喋った。
先日、ユリア自ら昭弥を助けに行ったのが気に食わなかった。
反乱が発生して、昭弥が襲撃された上、途中駅を占拠し王都に引き返せない。その報告がもたらされると自ら剣を持ち、止める間もなく近衛を率いて出撃。
駅にいた反乱軍を殲滅した。
通常なら、軍を派遣するだけで済むのに、自らの出陣。
そのことがマイヤーには気に食わない。
「王国が召喚してしまったからです」
冷静に受け流しエリザベスは反論した。
「事故とは言え、無理矢理連れてきたのですから最後まで面倒を見るのは当然でしょう」
「そんなの周辺のどこかのへっぽこ貴族に任せておけばよいのだ」
「情報流出を懸念したのでしょう。帝国が王国を狙っていることは親衛隊長もおわかりのはず」
「ならば信頼できる貴族に」
「へっぽこで十分だったのでは?」
エリザベスの切り返しにマイヤーは更に苛立った。
「ああああ、あの異邦人のお陰で陛下のおそばにいられる時間が減ってしまうでは無いか」
「ようやく本音が出ましたか」
「お前はこの気持ちが、陛下を敬愛する気持ちが無いのか! あの白魚のように滑らかで白い肌、波打つ金髪、サファイアのような青い瞳、むしゃぶりつきたくなる小さなお口、時に赤く染まる柔らかい頬、慎ましやかな曲線を描く双丘、気品に溢れた愛らしい抱き心地の良い小さなお姿」
「また抱きついたのか変態」
このマイヤーは親衛隊長というのを良い事に陛下の身の回りを世話するという名目で身体をなで回している。
「それは敬愛では無く邪な心だ」
ここのところ、鉄道会社の社員教育に出ていたのでエリザベスの監視が緩くなったのを良い事に、好き勝手やったようだ。
かといって親衛隊長をクビにならないのは、彼女以上に裏切る可能性が無い人材がいないからだ。下手にクビにすれば何をするか分からないし、同じ性癖を持っている連中を見つけ出して、事に及ぶ前に処理する術に長けている。あとはこの変態さえ無ければ良いのだが無理か。
エリザベスのツッコミにもかかわらず、更にヒートアップする。
「にもかかわらず身の丈よりも大きな聖剣を振り回し、大軍を打ち破り、魔王さえも一撃で倒す圧倒的な力。最高の陛下では無いか」
「まあね」
何より陛下の圧倒的な強さにマイヤーは忠誠を誓っていた。力を絶対視する龍人族は、力関係が全てだ。その一員であるマイヤーも例外では無く、強い物に惹かれる。圧倒的な陛下に信服し、後にその愛らしさに打ちのめされ、この変態が出来上がってしまった。
「なのに、あんな力の無いへなちょこになびくなんて!」
「結果を出しているから」
「陛下に怪しい薬と技を使って調教したに違いない」
「それはあなたでしょう。それが無意味だと言うことも自ら知っているでしょう」
媚薬や体術を使って陛下を私しようとしたことがマイヤーにはあった。本人的には陛下がリラックスできるようにとやったことだが、勇者の血を引いているため、大概の薬物は抵抗があり効かず、体術も圧倒的な力の前には通用しなかった。
それ故、より変態もとい忠誠が深まっているのだが。
「ああ、どうして」
「滅亡寸前だった王国を昭弥さんの鉄道で滅亡回避した上、豊かにしたからよ」
「陛下のお力をもってすれば、国の一つや二つ打ち立てられる」
「まあ、力で従わせて建国することは出来るでしょう」
当時は征服によって国を打ち立てることが出来た。事実、この王国の始祖であるルテティア王もこの地を征服して打ち立てている。
「でも国を維持するのは大変だし豊かにするのはもっと大変よ」
しかし国の運営には様々な人間が必要だ。土地を耕す農民、商売をする商人、物を作り出す職人、国を護る騎士。
彼らをバランス良く配置して上手く行くように仕組みを作り考えなければならない。
特定の職種のみを優遇してもダメだ。
騎士を増やしても彼らが食べる食料を生み出す農民が少なければ飢えるし、武器を作ったり直す職人がいなければ彼らの装備はボロボロになる。
貴族ばかり増えた結果、貧しくなった国が幾つあったことか。
「事実私たちは、王国の一員でありながら何ら有効な手立てを打てなかった。王国が衰退し滅びて行くのを見てゆくしか無かった。力に訴えても滅亡を早めただけでしょう」
「……まあ、一万歩譲ってあいつの手腕は認めよう。だが、どうして陛下は肩入れするのだ! 得体の知れない異世界人を!」
「あー」
エリザベスは心当たりがあったが黙った。めんどくさいことになるからだ。
「知っているのなら教えろ」
マイヤーが眼前に顔を近づけて迫った。
こうなると話さないほうが面倒だ。エリザベスは答えた。
「最初の茶会の時、昭弥さんが陛下の手を握ったでしょう」
「それだけでか」
「異性に初めて手を握られたから」
幼なじみであるエリザベスの知る限りそんなことは初めてだ。
「それで好意をもただと! その程度のことなら私はいくらでもするぞ」
「あなたはほぼ毎日だから意味ないわ。異性だった彼だから意味があるのよ」
「何故だ!」
「姫のこれまでの事を考えると不思議では無いわ。近寄ってくる人なんて僅かだから」
ユリアは幼い頃から勇者としての素質に溢れていた。
三歳頃から剣を持ち始め、四歳頃から魔法を無詠唱で使い始めた。五歳の頃には、城に忍び込んだ賊を自ら単独で成敗し、六歳の頃には遠征に加わり戦果を上げた。
人々は敬愛の念を抱いたが、同時に畏怖し距離を置いた。
同世代の子供は特に顕著で、本能的に距離を置いていた。エリザベスは王家への忠誠を教え込まれていたためメイドとなって義務感から側に仕えたが、徐々に姫の現状に気が付き、私的な時には友人として付き合うようになった。
「それに即位の時もあるから」
ユリアが女王になったのも、その力故に上に立つのが良いと判断されたからで、父であり先の国王も、臣下にしたら災いの元になると考えてのことだった。
だが、それでも不満の種は尽きず、即位時の反乱に繋がり、ユリアは自ら討伐した。
そして、反乱を行った貴族を処罰し新しい貴族を任命したが、統治は乱れた。
力はあっても、ユリアは統治の方法を知らなかった。そのため宰相を任命してアントニウスに任せることで解決した。
だが、鉄道が来たことによって変わった。
これまでと全く違った統治の方法が必要だったが、アントニウスを始め主だった貴族はそれまでの統治の方法しかしらず、王国が衰亡して行くのを見ているしか無かった。
鉄道を無くすことはユリアの力を持ってすれば簡単だが、帝国との戦争を意味し王国が滅びるため、出来ない。
「そんなとき、彼が現れた」
茶会の場で、これまで畏敬の対象になっても力になると言われた事の無い姫は、喜んでそれを受け入れた。これは手を握られたことと同じくらいユリアにとって嬉しいことだ。
そして対抗する手段を見つけ、計画し、実行して、遂に王国を救った。
「姫様、ユリアにとって彼は本物の勇者なのよ」
「あのひょろひょろした軟弱者が? 姫様の方が強いぞ」
「でも統治は出来なかった」
統治は方を作って守らせることでは無い。その結果、豊かで平穏な生活が出来なければならない。力を持って守らせることは出来るが、力で平穏をもたらしても、富、大地からの恵みを得ることは出来ない。大地を穿つことは出来ても、臣民を誕生させることは出来ない。
もし、ユリアがただの勇者ならどんなに良かったか。
一人気ままに悪を退治できた。
だが女王は大勢の人を使って、より大勢を幸せにしなければならない。そして彼女の力はそれには大きすぎる上、不向き。
「だからといって、奴に肩入れするなど」
「王国にとって有益な人物を受け入れ、登用し、献策を実行させるのは、国王、女王として当然のことよ」
「ああ、隔絶した力を持ちながら、あのような軟弱者の手を借りなければならないとは」
「世の中、上手く行かないものね」
ユリアと自分自身に向けてエリザベスは呟いた。
「こうなれば、陛下を慰めるため、床に閨をしに行かねば!」
「やめい!」
エリザベスは鋭くツッコミ、マイヤーを止めた。
「アクスムとの紛争解決のために派遣されて少しはユリア離れが出来ると思ったんだけど」
「陛下の御意に逆らう訳にはいかん。だが、あの不埒者が陛下に手を出しているのでは、と思うともう離れる訳にはいかない」
「不埒者はあなたでしょう」