昭弥 大臣再就任
「ラザフォード宮内大臣、私には全く身に覚えの無い事です」
議員の告発の後、宮廷に呼び出されたヨブ・ロビンはずっと自己弁護を続けた。
「今回の事は私を貶めようとしている輩の悪辣な陰謀です。決して騙されてはなりません」
「しかし、あなたが議員と金銭の授受を行っていたという録音記録がありますが?」
「そ、それは私が議員に今回の暴動を収束させるために議員へ協力を要請したときの言葉の綾でして、金銭の授受を行ったという事実はありません」
「ですが、銀行に貴方の秘密口座があったという報告が届いております。そこで複数の議員から金銭の授受を受けていたことは既に明白です」
「そ、それは議員達より求められて行った事です。鉄道建設のために、資金を獲得するために、やむを得ず、行った事であり、決して私服を肥やすために行った事ではありません。物事を進めるには根回しが必要であり、決してやましいことでは……」
「あなたが複数の自宅を購入していることは既に明らかとなっています。何より国鉄への過度な干渉が行われ、ここ数年赤字が増えていることが問題です。現場の士気崩壊も著しく、暴動による被害の拡大は職員の職場放棄によるものだ、と報告を受けています」
「それは国鉄の問題であり、これは鉄道省の問題では……」
「指導監督を行うのが鉄道大臣の役割です。かねてより貴方が無理強いしたという話がかねてより出ています」
「大臣として必要な指導を行ったまでです」
「ヨブ・ロビン大臣」
ラザフォードはヨブ・ロビンの声を遮った。
「過度な鉄道建設により国鉄が赤字を計上し始めているのは事実です。今でこそ借入金によって支えられていますが、いずれ破綻するのは目に見えています。あなたが大臣の職に就いている事を許容してはおけなくなりました。辞任して頂きます」
「お、お待ちください」
ヨブ・ロビンは引き下がらなかった。
もし今、大臣の職を失えば、検察に逮捕され、取り調べを受けて有罪を言い渡されるのは確実だ。
何としても避けようとラザフォードへの説得を続ける。
「私以外の何者が鉄道大臣の職を全うできるというのですか?」
十年に渡り、鉄道大臣の職にあり続けたヨブ・ロビンであり、議員への根回し、何より有能な調整役としての地位を得ている。ヨブ・ロビンを失って困る議員連中は多い。
「貴方と関係の深い議員の呼び出しも行われており、あの議員も貴方以外の方が良いと言う意見が多くなっております。それに既に後任は呼び出しております」
「一体誰ですか?」
その時、部屋の扉が開き数人の男性が中に入ってきた。
「これは昭弥殿下。お待ちしておりました。急な参内要請に来て頂き感謝いたします」
「それで用件は何ですか?」
昭弥とラザフォードは義理の親子の関係だが、公的には準皇族で、帝国内の国王と宮内大臣であるため、昭弥が格上でありラザフォードが頭を下げた。
「この度、新たな鉄道大臣への就任を求めて参りました」
「馬鹿な。鉄道大臣の職を、暴動を招いた責任者に与えるというのですか」
「しかし、ルテティア王国時代より鉄道に関わり、帝国各地で私鉄経営の助言を行っている昭弥様です。余人を持ってしても代えがたい方であり、この度の混乱を必ずや解決して貰えるでしょう。少なくとも暴動とストを頻発させている方より遥かに適任です」
「ですが……元老院が認めるというのですか」
「あなたを支持していた議員達はこの度の事を知り、辞任を認めました」
実際にはラザフォードが証拠を議員達にちらつかせて脅して認めさせた。特に汚職が酷かった議員数人は逮捕していたが、比較的罪の軽い者はヨブ・ロビンを辞職させるために協力するよう取引している。
「最早あなたを支持する人はいません。お引き取りを」
ラザフォードが言うと、昭弥と共に入って来た一人、スコルツェニーが前に出てきてヨブ・ロビンに逮捕状を突きつけ、連行していった。
「脇の甘い人間が地位に留まれるほど甘い世界ではありません」
スコルツェニーに連れられ、昭弥の脇を通り過ぎるときヨブ・ロビンは吐き捨てるように言った。
「よく分かるよ。でも自分の我が通るほど鉄道は甘くない。鉄道だって法則の集合体だ。摂理を曲げてまで欲望を通そうとすれば破綻する。実際、破綻した。絶対安定なんて夢幻だ」
ヨブ・ロビンからの返答は無かった。昭弥も期待はしていなかった。半ば自分に向けて言ったことだからだ。
「それで何をしろと」
昭弥はラザフォードに改めて尋ねた。
「国鉄を再建して欲しい」
「ここまで酷い状況になった国鉄と鉄道省をどうにかしろと?」
予想していた言葉だったが、明確に言われて昭弥は呆れた。
赤字に、暴動を起こすほどの乗客の不満、さらに職場放棄を行うほど職員の勤務態度の激しい劣化。
「たった十年で強靱だったリグニア国鉄の組織がボロボロです」
「強靱だったから今日まで耐えられたのだろう。復活させる事は出来るだろう」
「まあ、総裁、理事が即刻全員クビになっても列車は動くでしょう」
そのような組織になる様に昭弥は国鉄を作り上げてきた。ヨブ・ロビンは言わばガンのような存在だったが、それでも国鉄が持ちこたえ、曲がりなりにも列車をダイヤ通り運行できていたのは昭弥の組織作りが的確だったからだ。
しかし、日本国鉄のような酷い有様になったリグニア国鉄と鉄道省を直せというのは酷い命令と言えた。
腐敗と汚職まみれの赤字会社を立て直してこいと言われるようなものだ。
ラザフォードの部屋に入ってから、昭弥の心は冷めていた。
十年前に昭弥からヨブ・ロビンへ大臣の椅子を渡した張本人を前にして昭弥は冷静ではいられなかった。
だがラザフォードは昭弥の視線を受けても飄々とした態度を崩さなかった。
「それでも昭弥はやるだろう」
「何故」
「鉄道が酷いことになっているのに背を向けて逃げ出すのか?」
ラザフォードの言葉を聞いた瞬間、昭弥は血が再び沸き立つのを感じた。
鉄道が悲鳴を上げている。
先日の暴動を見てもリグニア国鉄が危機的状況に陥っているのは明らかだ。
それを立て直せる人材が何処にいる。
いない。
自分以外は。
「分かりました。鉄道大臣の件は承りましょう」
鉄オタの血が騒いだ昭弥は直ぐさま考えを改めて大臣就任を引き受けた。
「ありがとうございます」
ラザフォードは提案を承諾した昭弥に対して恭しく臣下の礼を取った。
その後はラザフォードの手回しもあり、昭弥の大臣再就任の手続きは迅速に進んでいった。
御前会議により昭弥の大臣再就任は決定し、元老院への提案も終了。あとは元老院での承認を得るだけだった。
しかし元老院内では昭弥の就任に否定的な意見も出ていた。
「今度の大臣は大丈夫なのでしょうか。初代とは言え一〇年以上も職を離れておりました」
本会議場の外で話し合う議員達の話題は昭弥と鉄道の問題が中心だった。
「私鉄を経営していても国鉄はまったく別であり、辞任当時と変わっている」
「博物館から骨董品が出てきたということか。何処まで活躍出来るやら」
「なら、あなたが大臣を務めてみてはいかがでしょうか?」
急に話かけられて議員達が振り向くと、そこには昭弥がいた。
「正式な就任はまだ先です。なり手がいないので直ぐ就任できるでしょう。今なら私が皇帝陛下に上奏いたしますが」
「い、いや」
「陛下の決定を覆すなど畏れ多い」
近年は遅延やスト、デモが多く今回の汚職事件で鉄道省が危険な状態である事は露見している。今大臣に就任すれば省内部や国鉄で問題が確実に発生する。
そして大臣は元老院の場で責任追及される可能性が高いことを誰もが知っていた。
だから誰も鉄道大臣を求めず、昭弥がすんなりと再就任できた。
議員達は昭弥から離れて行く。
その態度を見てセバスチャンが話しかけた。
「昭弥様、元老院も協力的とは言えません。必ず足を引っ張るに違いありません。自分たちが火中の栗を拾いたくないだけでヨブ・ロビンに鉄道大臣を任せていただけです。今の鉄道省も国鉄も能力が低下していることは明白です。お引き受けにならない方が」
「確かに言われたけど、最終的には僕が決めたことなんだ。今更辞退する気は無いよ」
「ですが、今まで以上に困難な事態が待ち受けているではないですか。国鉄を復活させるのは無謀です。破綻しますよ」
「その時はレールを枕に討ち死にするさ」
振り向いた昭弥の目を見てセバスチャンは震え上がった。
顔は笑っていたが目は笑っていない。何かが据わったような目をしていた。
「さあ、行こうか」
昭弥は元老院の公聴会、大臣就任にあたっての質疑応答に向かった。
「どうしてこうなるまでヨブ・ロビンを放って置いたの」
大臣就任にあたり昭弥が議員達から質問されている中、エリザベスは傍聴席で隣に座るラザフォードに尋ねた。
「鉄道があまりにも巨大になり過ぎたからだ」
詰問口調のエリザベスにラザフォードは説明する。
「自動車や飛行機が発展したとはいえ、鉄道が帝国の国力の半分を占めていると言っても過言ではない。特に広軌鉄道の輸送力は異常なほどだ。しかし運用の為には多くの人の支持と協力が必要だ。土地や金、労働力。それらを集め運用する必要がある」
「確かに」
ルテティア王国鉄道とチェニス田園都市の創設の時に力を貸したエリザベスだからこそ支持の重要性はよく理解している。
「中でも権限の大きい元老院の支持は絶対だ。その元老院をヨブ・ロビンに抑えられてしまっては何も出来ない」
「昭弥が力不足だったというの?」
「だからこそ大臣・総裁の地位を追われたのだろう」
辞任したときの不甲斐ない義弟の為体を思い出してエリザベスは黙った。
「鉄道大臣とは言え帝国の一大臣、首のすげ替えは可能。利権がおおきくなり、群がる魑魅魍魎に対して無防備すぎた。何よりそんな俗物共に囲まれては昭弥の為にならない。下野して力を付ける必要があった」
「でも、もう少し早く手を差し伸べるべきだったのでは?」
「確かにな。で? お前は何をした?」
問い返されたエリザベスは席を立ち、ラザフォードの元を離れて行った。
ラザフォードの卑怯な手口と自分が無力だという事を再び思い知らされて恥じたからだ。
「怒っていきましたね」
代わって隣に座ったのはエリザベスの夫であり昭弥の友人でもあるティーベだった。
「怒らせたからね。実際、私は何も出来なかったよ」
予想以上に鉄道が大きくなり、事態の把握までに時間が掛かった。
スコルツェニーによる汚職議員たちの情報収集は電話盗聴もあり上手く行った。だが分析に多大な時間が掛かってしまった。
「何より誤算だったのは昭弥の新しい都市鉄道が上手く行くまで時間が掛かってしまった。もう少し早いと思ったのだが、予想以上だった」
「今までが異常だったのでは? 数両の車両を引くだけだった蒸気機関車から一キロメートルを超す長大な列車になるのに二〇年も掛かりませんでした」
「……確かに異常だったな」
昭弥がやって来る前から蒸気機関は実用化され、各所で使われていた。
昭弥が転移した時点で既に帝国中に鉄道は引かれていた。
しかし、その後の発展は異常だった。
昭弥の指導によりルテティアは強力な鉄道組織を作り経済は跳躍。帝国にも波及した。
かつては一時間に六本が限界だった列車本数が今では最大三十本と五倍にまで増強され、一時間で小国の人口と同じ数の乗客が行き交う。
二十年前なら夢物語でしかなかったことが目の前で起きている。何よりそれが日常の中に溶け込んでいることにラザフォードは改めて戦慄した。
「……正直、ヨブ・ロビンの一派に全ての悪事や都合の悪い事を負わせて追放する予定だったんだがな。想像以上に酷すぎた。今回ばかりは手こずると思うが、昭弥が何とかしてしまいそうに思える」
「全くです。ですが昭弥も苦労するでしょうね」
「ああ、こうなったからには全力で支えるよ」
公聴会でレールを枕に討ち死にする覚悟で熱弁を振るう昭弥を見ながら二人は固く誓った。
ひとまず、第五部は終了です。
ここ最近、リアルで忙しく、返信や誤字の修正が出来なかったので二週間くらい、その作業を行いたいと思います。
いずれ再開する第六部も御愛読頂ければ幸いです。




