守る代償
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「敵を撃退しました!」
「よし、そのまま押し込め!」
好戦的な台詞を吐くイリノイ駅駅長。
志願して武装した駅員を中心に、駐屯軍の増援や自警団が居るとは言え、臨時編成の寄せ集めを指揮する様は歴戦の指揮官を思わせた。
部下達も、指揮によく従っている、というより闘志剥き出しで前進している。それも素早く、遮蔽物を盾にしたり地面に伏せたりして前進して行く。
心技体が揃っていなければ出来ない動きだ。
皆訓練や実戦を経験しているそうだが、どれだけ積んでいるんだと言いたかった。
「皆凄いね」
機関室で周りを見た昭弥は呟いた。
「いえ、社長が作ってくれた装甲列車がなければ上手く行きませんでした」
機関助士と共に石炭をくべているセバスチャンが答える。
機関区にあった機関車にボイラー修理用の鉄板を列車の周囲に括り付け即席の装甲列車にした。多数の銃眼を設けた貨車を機関車の前に設け攻撃力を持たせつつ、後ろの貨車と客車に乗った部隊を降車させて周囲に展開させつつ、駅に接近して突っ込ませる。
それが昭弥の考えた作戦だ。
予想通り銃弾を跳ね返しつつ前進している。マスケット銃程度ではボイラー用の鉄板二枚重ねは貫通できないようだ。あとは接近して圧力を掛けつつ、降伏をさせたいのだが。
「突入します」
銃撃音で戦意高揚した機関士が、勝手に前進を始めた。
「って、このまま入ったら危険だぞ!」
昭弥の声は銃声と鉄板に当たる音にかき消されてしまい、届かなかった。
機関車は重い音を上げながら、前進をし続け、駅構内に入ってようやく停止した。
「撃ちまくれ!」
敵の立てこもる駅舎に向かって次々と銃弾を撃ち込んでいる。
「折角建てたのに」
銃撃で蜂の巣になっていく駅舎を見て、半泣き状態になる昭弥。
怖いからではなく鉄オタとして鉄道関連施設を破壊されることが、非常に悲しい。
この作戦を考えたのも、鉄壁の装甲列車を見て威嚇で追い出せないかと考えたのだが、どうも連中は逆に駅に立てこもることを選んでしまったようだ。
盛んに駅舎から反撃しているが、木造建築のためあっという間に、削られて行き防御の役に立っているように見えない。
銃撃も散発的になり始め、抵抗が薄れてきた。
交渉の機会だと思い、話そうと思ったら。
「突入!」
戦意が高揚していたイリノイ駅長が突入命令を通達。同時に部隊が降車を開始して敵に向かって突入を始めた。
「突撃!」
だが、相手もこちらが突っ込んでくるのを見て、逆に突撃してきた。
「うそ……」
昭弥は知らなかったが、マスケット銃は一発ずつしか撃てず、熟練者でも再装填に一二ほど数える間が必要だ。
なので、敵が迫ってきたら銃を撃つのではなく突撃した方が勝率が高いのだと。
そして双方が突撃したため、激しい乱戦、混戦となり喊声が響き渡る。
「危ない!」
機関車から覗いているとセバスチャンに引っ張られた。
先ほどまで頭のあった場所を銃剣が通り過ぎた。
「ひっ」
混戦で敵がこちらにも突入してきたのだ。
すぐさまセバスチャンが前に出て、隠し持っていた短刀でのど元を一突きで絶命させるが、数が多かった二、三人に囲まれて動きが取れなくなりその間に一人が昭弥に迫ってきている。
慌てて昭弥は、反対側のドアから飛び降りたが、足を挫いてしまった。
何とか脇に寄るが敵が降りてきて、昭弥に銃剣を構えた。
そして、振り下ろした瞬間、
敵が吹っ飛んだ。
金色の影が、低い位置から接近し下から上への鋭い斬撃を浴びせ、敵は吹き飛んだ。
吹き飛んだ敵は、両断された身体が数十メートル飛んでからも地面をバウンドし、更に転がってようやく止まった。
そのあまりの速さに、音がやってきたのは大分後から来たと昭弥は感じた。
あまりの勢いと音に構内で乱戦を行っていた、敵味方全員の動きが止まり、金色の髪をたなびかせた、彼女を見た。
「ゆ、ユリアさん」
現れたのは、ルテティア王国女王ユリア・ルテティアだった。
昭弥自身より小さい体格にもかかわらず自身の身体より大きな金色の剣を片手で持ったまま、周囲を圧している。
しかし、それも束の間、切羽詰まったような顔で昭弥に振り返った。
「大丈夫ですか。昭弥様」
「は、はい」
あまりにちぐはぐな光景に昭弥は片言の返事をするだけで精一杯だった。
その隙を見た敵が二人ほど女王に突撃してきたが、ユリアは振り返ることなく剣を振り、二人を両断した。
姫は勇者の血が流れています。
かつてマイヤー隊長に聞かされた話だが、この光景を見たら信じざるを得ない。
「直ぐに片づけるので待っていて下さい」
そう言うなり、素早い足捌きで敵に接近し次々と斬って行く。
敵は対応できず、倒されるだけだ。
「陛下に遅れを取るな!」
王都の方角から黒い制服に身を包み、鷲の彫り物を先頭に立てた軍隊がやって来る。
「近衛軍だ!」
「馬鹿な! どうして近衛軍がやって来るんだ!」
「に、逃げろ!」
敵に動揺が走り、次々と戦意が崩壊し退却していく。
だが、それをユリアは許さなかった。次々と切り伏せて行く。
「ば、ばか。持ち場を離れるな! 集まれ!」
隊長と呼ばれた男が声を掛けるが、一度始まった戦意崩壊を止める事は出来ない。
彼が最後に見たのは頭上に高々と剣を振りかざし、自らに降ろしているユリア女王の姿だった。
「間一髪でしたね昭弥様」
「え、ええ」
剣を鞘に収めて、左手に持ったユリアが昭弥の元にやってきた。
「敵は全て殲滅しました。もう大丈夫です」
穏やかな笑顔を昭弥に見せた。王城に居たときと変わらない美しさで、微笑まれ、昭弥の心を落ち着かせた。
少しの傷も血もない美しさだが、逆に言えばあれだけ斬っても一太刀も浴びず、返り血も受けなかったという、超絶な強さの証明でもあり、このことに気が付いた昭弥を改めて震撼させ、恐怖から身体を震えさせた。
「! エリザベス、昭弥様が震えています。直ぐに宿営地を設定してお茶を出して心を落ち着かせて」
しかしそれを、ユリアは敵に襲われて震えていると思い気遣った。
「解りました」
いつものメイド服に帯刀した姿で現れたエリザベスがやってきて昭弥の脇を上げて、支えるように身体を立たせた。
「あ、ありがとうございます」
「お気になさらずに」
その姿にすこしユリアの眉間に皺が寄ったが、直ぐに消えた。
駅の近くに近衛軍の宿営地が既に出来つつあり、そのなかのテントの一つに昭弥は運び込まれた。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
渡された紅茶を飲んで昭弥はようやく人心地が付いた。
「美味しいです」
「お気になさらず、仕事ですから」
エリザベスは、淡々と給仕を続けた。
「あんな盗賊相手に女王陛下自ら行くんですか?」
先ほどのアクスムとの紛争では行かなかったはずだが。
「滅多にありません。それに陛下の戦い方もあんな戦い方はありません」
「どういうことです?」
「普通なら、剣戟に膨大な魔力を込めて地面をえぐるほどの威力で敵を丸ごと殲滅します。今回のように手加減はしません」
あれで、手加減していたのか!
両断された敵の姿を浮かべて戦慄したのに更に強いのか。どこまで天井知らずなんだ。
「どうしてですか?」
「恐らく、鉄道を傷つけたくなかったのでしょう。鉄道は今や王国の中心事業。それを壊すのを躊躇ったと思います」
「そうですか」
昭弥には嬉しかった。ユリアにも鉄道愛が生まれて本当に良かった。
昭弥は満足そうに頷いたが、エリザベスは溜息を付いた。
「本当に鈍いのですね昭弥様は」
「え?」
エリザベスの言っている意味が分からなかった。
「って、そうだ駅員達は大丈夫か!」
昭弥は、慌てて駅事務所に向かった。
無数の銃弾が撃ち込まれて、無残な姿になっている。激戦は駅の外かホームだったから、先ほどの突入で付いた弾痕ではない。
一縷の希望と共に事務所に入ると、それは打ち砕かれた。
何人もの駅員達が折り重なるように銃を持ったまま倒れていた。
一瞬身を引こうとしたが、昭弥は前に進んだ。
あの駅長は、アダムス駅の駅長は何処だ。
幾つ者死体の中から探すと、そこに倒れていた。
「!」
胸と首に銃剣で突き刺された無数の跡のある、見るも無惨な姿となっていた。
「ああああっ」
遂に、昭弥は倒れ込み胃の中の者を吐き出し、中のものを出し切ると、涙が止めども無く流れた。
「何故……何故……」
「社長!」
セバスチャンが駆け寄り、背中をさすったが、昭弥は泣くだけだった。
「どうして……」
「駅長は、自分の職務を遂行したんです」
「何故だ……降伏して命を守ることも……」
「貴族や盗賊の中には容赦なく命を奪う者もいます。なにより、自分の持ち場を、居場所を護るために戦ったんです。それは誰でもそうです。彼は、自分の場所を我々の会社を護ろうとしたんです」
「……そうか」
自分が、彼を駆り立てたのだろうか。死を強要してしまったのでは無いか、と昭弥は自分を責めていた。
「彼の名前は……」
「ジョセフ・フッカー駅長です」
「……彼の名前をとって、フッカー功労章を創設して今日付で授与するように。他の駅員達も同じだ。あと、今回の襲撃に遭った駅員達にも鉄道功労章を創設して授与。彼らに労い金と亡くなった者には弔慰金を。負傷者は病院へ」
昭弥はそれだけ言うと、その場を離れた。
そして王都に着くまで一言も喋らなかった。




