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魔物祭2

 昭輝を連れて、貴賓席を立った昭弥は選手の控え室へ向かう。


「よお、昭弥じゃないか! 待っていたぜ」


「よお、レホス。久しぶりだな」


 腰に二本の剣を下げたレホスが声を掛けた。

 レホスは大迷宮をねぐらにする冒険者だ。かつてトンネル工事の時、昭弥と協力して以来、友人付き合いをしている。


「で、電報で知らせたとおり、息子の昭輝を連れてきた。いつも鉄道の話ばかりでは申し訳ないからな」


「そうか。なら十分に楽しんでくれ。それよりどうだった俺の剣捌き、スコーピオンキングの殻を破ってやったぜ」


「すまん、仕留めるときに観客の視線が集まっていたんで、脱出するのに使わせてもらって見ていない」


「何だよ。見ていないのかよ」


「まあ、魔物祭なんて会うための建前さ。それよりこの子が話していた息子のテルだ」


「ははは、そうだったな。よし、じゃあ、紹介しよう。おいミデア! 来てくれ」


「はーい、パパ」


 ミデアと呼ばれてやって来たのは、最初の演目でゴブリンの集団を仕留めたエルフの少女だった。


「俺の娘のミデアだ。ミデア、父さんの友達の息子のテルだ」


「テル君っていうの? 宜しくね」


「こ、こちらこそ」


 片目をつぶって挨拶してくるミデアに昭輝はぎこちなく挨拶を返した。


「俺たちの出番は終わったから、二人で帝都見物に行ってこい」


「え? 良いの?」


「ああ、思う存分遊んでこい。テル君の面倒も見ろよ。お小遣いも出す」


 レホスは高額紙幣の束をミデアに渡した。


「ありがとうパパ、行って来る。ほらテル君も行こう」


「は、はい」


 ミデアは昭輝の手を握ると、引っ張り出すようにコロッセウムから出て行った。


「活発な子だね」


「元気過ぎて困るよ。単身で迷宮の深部に潜ってオークとか狩ってくるようになってきたからな」


「そうか。少し話したいことがあるんだが、外に出ないか?」


「いいぞ。けど賓客が席を立って良いのか?」


「構わないよ。これは鉄道省主催の魔物祭で僕が主催したものじゃない。第一、これは大臣の示威行為だ。国鉄が私鉄に負けていることを隠すための行為だ。何より国鉄の力を見せつけたいから魔物を運んできただけ」


 帝国中に路線網を持つ国鉄ならば、帝国内外の魔物を帝都に集めるのは容易だ。

 帝都に魔物を集めることで、国鉄がどれだけ巨大で充実した路線網を持っているかを知らしめることが出来る。

 コロッセウムの近隣にある帝都環状線がこから引き込み線が引かれており、モンスターを運び込むのは容易だ。

 それは私鉄、特にチェニス田園都市鉄道に押され気味の国鉄ひいては鉄道省の存在を誇示することになる。

 何より、先日の災害復旧で遅れを取った国鉄のイメージアップ、悪く言えば目くらましのために開かれた祭だ。

 ただ、あまり激しくやり過ぎるとチェニス田園都市鉄道と対立しているとみられてしまい、問題となる。だからライバルのチェニス田園鉄道株式会社の社長である昭弥を招待して融和ムードを演出した訳だ。


「開会式に出席して義理は果たした。あとは好き勝手にさせてもらうよ」


「そうか。じゃあ、行くか。しかし、息子の方は大丈夫なのか?」


「お前の娘がいるんだろう。大概の事は大丈夫だよ。それに偶には一人にさせてやりたい」




「ねえ、何処に行きたい?」


「いえ、帝都はよく知らなくて……」


 連れ出されたミデアに尋ねられて昭輝は言葉に詰まった。

 鉄道関係や公務で帝都を訪れる昭輝だが、それ以外の帝都をよく知らず、特に年頃の女子が行く場所など知らない。何処に行けば楽しいのか分からない。


「じゃあ、私に任せて。とりあえず近くの屋台に行きましょう」


 ミデアは昭輝を引き連れてコロッセウムの通路を歩いて行く。


「ねえ、テルは普段家で何しているの?」


「家で勉強をしたり、手伝いをしたり、兄弟の面倒を見たりしています」


「へー、良い所の子なのね。大迷宮に籠もっているパパにしては珍しい友達ね」


「……僕のこと知らないんですか」


「ええ、パパの友達の子という事しか聞いていないわ。私もあまり大迷宮の外には出ないし外に友人は殆どいないの」


「そうですか」


 残念に思いつつも何処か昭輝は安堵した。

 前皇帝の息子であり、今をときめくチェニス田園都市鉄道グループ社長の息子。

 いずれルテティアとアクスムの王国の頂点に立つ王太子。

 多くの人がカエサリオンの事を知っており、その存在に人々はひざまずく。

 だが昭輝の事は知らない。

 公式行事に参加して写真を撮られたことがあるが、黒目黒髪の地味な顔つきであるため王冠やら衣服の方が映えてしまい、顔の印象は薄い。

 何より一歳下の弟マサ――マリウス・昭正・コルネリウス・ルテティアヌスがユリアに似て金髪碧眼で写真映えするため世間に知られており、対照的に兄である昭輝は影が薄い。

 弟である昭正の方が王太子と思っている人も多い。

 王族に近い上級貴族ほど事実を知っているが、一般には余り知られていない。

 そのためミデアは昭輝が王太子である事を知らずに接している。それが昭輝には嬉しかった。


「だからこうして知り合いが出来たのは嬉しいわ」


「僕もです」


 兄弟姉妹や家臣以外の知り合いが少ない昭輝にとって、年が近いミデアと会えたのは本当に嬉しい出来事であり、心から楽しんでいた。


「わあ、この髪飾り綺麗」


 コロッセウムから出てきたミデア達は外に建ち並ぶ屋台の一つ、装飾品を扱う店の前に足を進める。


「どうしようかな」


 今回の魔物祭の賞金でミデアの懐は十分に温かい。だが、この後の買い物で良い物が見つかったときの事を考えると迂闊に使いたくない。


「買いますよ」


「え?」


 ミデアが驚いている間に、昭輝は屋台の主人からミデアが選んでいた髪飾りを買う。


「無事に勝てたお祝いです」


 そして昭輝は髪飾りをそのままミデアに渡した。


「あ、ありがとう」


「付けてあげますよ」


「え、そんなの」


 遠慮しようとしたミデアだったが、昭輝は髪飾りを持ったまま手を伸ばす。だが、その手は途中で止まった。


「……どうしたの?」


「髪が乱れていますね。宜しければ梳いてあげますよ」


「え、でもそこまで」


「折角の綺麗な髪なんですから綺麗にしないと勿体ないですよ。大丈夫、慣れていますから」


 少し強引に近くのベンチにミデアを座らせると昭輝は持っていた櫛でミデアの髪を梳き始める。

 思った通り、ミデアの髪は金色で絹糸のように細く艶やかだ。

 ただ、先ほどのショーで乱れたのか所々絡まっており軽やかさを失っている。

 昭輝は力任せで無く、優しく櫛を流し梳かしていく。


「……上手ね」


「普段から姉や妹の髪を梳いていますから」


 姉であるクラウディアをはじめ多数の姉妹から昭輝は髪を梳くようにねだられている。

 兄弟とはいえ腹違いという事もあり髪質はまちまちだ。

 固かったり、くせ毛だったり、と千差万別で苦戦する事もある。

 だがミデアの髪は予想通り髪質が良く、姉であるクラウディアのように少し梳くだけで済む。多少ゴブリンの血が付いていたがハンカチと水で洗い流す。


「普段から整えていれば、もっと良くなりますよ」


「モンスター相手に戦っているからね。整えても結局乱れてしまうし」


「そうですね」


 ミデアの意見に昭輝は同意した。姉のクラウディアも髪は良いのだが、モンスター退治などに出ているため髪が乱れがちで、討伐から帰ってきた後、返り血に濡れた髪を梳くのは気を使う。

 そしてクラウディアはそれを口実に昭輝に髪を梳くようにねだってくる。最早昭輝に髪を梳いて欲しくて討伐に行っていると思える位だ。

 だから、ミデアのように血が付いていても慌てず対処できる。


「終わりました」


 昭輝が手早く梳き終わらせると、ミデアは名残惜しそうに自分の髪を見つめた。

 だが、直ぐに昭輝が先ほど買った髪飾りを付けると、驚いて顔を朱に染めた。


「やっぱり髪を梳いた方が似合っていますよ」


 昭輝が言うとミデアは顔を背けて立ち上がった。


「あの、何か不快なことでも」


「何でもない。お腹減ったしお礼がしたいから。何か奢ってあげる」


 ミデアは早口で捲し立て、昭輝の手をとって近くのピザの屋台に向かう。

 自分が得た賞金から高額紙幣を一枚出すと、テイクアウトを二枚頼み、出されたピザをひったくるように持っていく。


「はい、どうぞ」


 そして一枚を昭輝に差し出した


「一人一枚ですか」


「そうよ。普通そうでしょう」


「いや、一枚を切り分けて皆で分け合うのかと思っていました」



「そうなんだ。ここではこうして食べるのよ」


 ミデアは自分のピザを折りたたむと端から齧り付いた。


「テイクアウト用はこうして食べるのよ。わかった?」


「は、はい」


 ミデアの食べ方に昭輝は驚いていた。父である昭弥が日本に居た頃、鉄オタのオフ会でピザを一枚から取り分けていたため、チェニスの家でもピザを切り分けていた。

 家族が大勢居るので切り分けるのが良いという考えもあったが、昭輝もそれを当然と考えていた。だからミデアの食べ方は新鮮だった。


「どうしたの? 食べないの?」


「いえ、頂きます」


 ミデアに促されて昭輝はピザに齧り付いた。

 生地の間からチーズと具材があふれ出てくることに驚きつつも、今までにない食感に昭輝は驚いた。

 あとは夢中になって齧り付いて、一枚を平らげた。


「美味しいでしょう。ここは帝都でも結構いけているのよ。コロッセウム近くの屋台ではあそこが一番よ」


 自慢げに胸を反らしてミデアが言う。だが、昭輝は身での口元を覗き込み手を伸ばした。


「なに?」


「付いていますよ」


 ミデアの口の周りに付いていた食べクズを昭輝は拭った。

 小さい妹や弟が口の周りを汚すため、口元を吹くのは昭輝には手慣れた作業だ。うらやましがったクラウディアをはじめ、姉君達が時折ワザと口元を汚す事もあり、年上の女性であっても昭輝は自然と手を動かしてしまう。

 この時もミデアの口元に手が伸びてしまい、拭った後ミデアは顔を背けてしまった。


「あのまた何か間違ったことをしてしまいましたか?」


「いいえ」


 これまで父親に深く愛情を注ぎ込まれてきたミデアだったが、異性とそれも年下から世話を焼かれるは初めての経験だった。

 冒険者として自分の事は自分でやってきた自負もあり、こんなに甲斐甲斐しく世話を受けたことは無い。

 何か嬉しいことをして貰ったらお礼をしなければ成らないと母親から言われていた事もあり、顔の紅潮が収まると昭輝に振り返り混乱した頭で口走ってしまった。


「ねえ、良い場所に行かない?」

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