災害時の運転5
「吉野! この列のお客様をご案内しろ!」
「はいいいいっっっっ」
えー皆様吉野桜です。叫んでおりますが吉野桜です。
本当に大変です。運転再開して最初の四分間で七万人以上を送り出したはずだったのですが、国鉄が再開せず、振り替え輸送を行う事になり我がチェニス田園都市鉄道にお客様が殺到。田園都市鉄道の能力はパンク状態になっています。
入場制限を掛けてお客様の進入を阻止せざるを得ない状況です。
「吉野次のお客様をご案内しろ!」
「はい!」
で、私は機動駅員隊員としてお客様を誘導しているのですが、大変です。
まず隣接する田園都市デパートの本店の入って貰います。そして方面別、種別毎に各階へ別れて貰います。
そして列車の用意が出来たら各ホームへご案内しています。
こうして改札にお客様が殺到するのを阻止し、改札内のお客様の数を減らすことで混乱を避けています。
今は運転再開して下りるお客様もいるので、交通整理は死活問題です。事故が起きれば通行が阻害され、次から次にやって来るお客様の流れを阻害し新たな事故を引きおこしてしまいます。
そうしたトラブルは各種イベントで交通整理に出動している身にはその時の悪夢が刻まれており、ミスらないよう私は必死に動きます。
しかし、何事にも例外がありますし事故もあります。
「すみません、アクスム行きのホームはどちらですか」
自分の列か集団からはぐれてしまったお客様が尋ねてきました。
「一番線からの発車になります。あちらの階段になります。おーい、こちらのお客様を案内して」
ホームから戻る途中の駅員を見つけてお客様をご案内させます。
私はこの後の各駅停車に乗るお客様を無事ホームへ送り届けなければなりませんから。
このようなときでも丁寧にご案内しなければならないのですが、無理です。体が一つしかない身では、何事にも限度というものがあります。
お客様を先導する私が颯爽と前を歩かなければ後に続くお客様が止まってしまって混乱し、バラバラになってしまいます。だから、毅然と歩かなくては。そのため一人のお客様を蔑ろにしてしまいます。
出来る限りの事をやってもどうしようも無い事があります。
何とか無事に各駅停車のホームへ誘導し、駅員室へ戻ります。
「済みません。下りの列車に乗りたいのですが何処に行けば?」
ですがその途中で、駅に下りたばかりのお客様に呼び止められます。
「上りの各駅停車に乗っていたのですが、途中で急行に種別が変更されてここに来てしまったのですが。下りようにも人が多くて下りれずこの駅に」
ああ、『行けるところまで行っとけダイヤ』に巻き込まれたお客様でしたか。
田園都市鉄道ではターミナル駅の混雑解消を目的に途中駅で種別を運転主任の独断と偏見で変えられてしまうことがあるんですよね。それに巻き込まれてしまいましたか。
さらに混雑により身動きが取れず流されてしまったようです。
「下りはあちらになります。急行と各駅停車は階が別れているのでご注意して下さい」
「ああ、ありがとうございます」
「済みません」
一人、案内を終えたらまた一人お客様がやって来ました。
「国鉄の運転状況はどうなっていますか」
「一五分前の情報ですが運転再開の見込みは立っておりません。最新情報は駅員室近くの掲示板及び放送をお聞きになって下さい。宜しければ駅員室までご案内しますが」
「お願いします」
私はお客様と一緒に駅員室に戻ります。
『現在国鉄は運転再開の目処は立っておりません。職員の指示に従い、落ち着いて順序を守って行動して下さい』
若い駅員が拡声器を持って集まってきたお客様に情報を伝えています。
掲示板にも大きく書かれているが、最新の情報を知りたいお客様が次から次へと殺到してくるため、声を張り上げる必要があります。
不安なのは分かりますが、お客様に一斉に殺到されますと駅員としては非常に大変です。
出来れば掲示板などで最新の情報をご確認下さい。
私は、お客様を掲示板の前に連れて行くミッションを終えて、駅員室へ戻ります。
中では丁度クラウスさんが他の駅員達に伝達事項を伝えていました。
「現在、国鉄の運転再開の目処は立っていない。現在運転を行っているのは我々だけだ。また未確認だが国鉄は混乱を避けるため翌日の始発まで終日運転中止を決定したとの情報も入っている。以上の事から今後もお客様が殺到してくるだろう」
予想していましたが改めてクラウスさんから伝えられる事実に私は打ちひしがれます。
国鉄はもう少し早く運転を再開出来ると思ったのですが、今後も改善しそうにありません。
「なお、状況を鑑みて上層部は終夜運転を行う事に決定した」
これも予想していました。これだけお客様が集まってしまっては夜通し運転しないと捌くことは出来ません。
しかし、保線とか大丈夫かな。三複線のため、一部の線路を封鎖し他の線路へ列車を回すことが出来るとはいえ、田園都市鉄道は保線員の安全の為、終電と始発の間に数時間の運転停止時間を設けています。
乗客のみならず職員の安全も考えての昭弥様の処置です。
二四時間運転が出来ますけど、安全の為にあえてやらない昭弥様のお考えです。
「以上の決定を踏まえて、これから呼ぶ者には特別任務を与える」
クラウスさんの言葉に全員が緊張します。一人一人名前が呼ばれて行きます。
「……あと吉野桜」
「は、はい!」
呼ばれて私は驚きの声を上げてしまいました。何を命令されるのか戦々恐々です。
「以上名前を呼ばれた者には特別任務、直ちに就寝を命令する」
「……え?」
突然の予期せぬ命令に私たちは驚きました。
「……あの? 何をするんですか?」
「直ぐに眠れ。で、始発の時刻まで休んでいろ」
「こんな時にですか」
「こんな時だからだ。もうすぐ通常ならば終電の時間だ。だが、夜通し運転の為の職員が必要になる。そしてその後には通常の始発、更に朝のラッシュがある。これに対応する要員が必要なんだ」
「なら、全員で対応すれば」
「これまでの混乱と対応のために疲労した状態で朝ラッシュを迎えられるのか」
「無理ですね」
ただでさえ人の集まる朝ラッシュは疲れてしまいます。いつも以上に働いた上に完徹明けで対応するなど不可能です。
明日はローテーションに従えば準待機、訓練しつつ緊急事態に備えて施設に常駐することになっています。ですがこの状況ですから出動することになるでしょう。だから、一時でも休めるのは有り難いです。
「だからお前達は眠っていろ。夜通し運転の対応は俺たちがやる」
「お願いします」
「なに礼は要らない。始発の時間になったら朝ラッシュが終わるまで俺たちが眠るからな」
ずるい、と思ってしまったのは悪いことでしょうか。そりゃ夜通し運転の対応に出て疲れているのですから休むのは当然の権利です。ですが、自分たちが朝ラッシュにテンパって対応している間駅員室の奥の仮眠室でぐーすか眠られていると何故か腹が立ちます。
自分たちもこれから命令により、クラウスさん隊に残りの仕事を押し付けて眠りに行くとはいえ、割り切れない思いがあります。
「なに、安心しろ。社長が何か方法を考えてくれているそうだ。休んでいろ」
「はあ」
私は割り切れず、他の駅員と共に仮眠室に向かいます。
殆ど眠れませんでしたが、横になって休めただけでも良しとしましょう。
「さあ、気合いを入れていきましょう」
クラウスさんと仮眠を交代して駅に出ます。地獄の朝ラッシュ。
前日の地震の混乱で更にお客様が殺到していることが予想されます。
精一杯頑張るぞっと。
「……今日は少なくないか」
と、気合いの入ったものの何故かいつもよりお客様が少ないです。
「一体何が起きたんだ」
「グループ各社の従業員に対する自宅待機命令は上手く行っているな」
「はい、乗客数の減少が各駅から報告されています」
朝の状況を纏めていたブラウナーが報告した。
「昨夜一晩掛けてグループ企業とその取引先に出来る限り社員の自宅待機を命令した甲斐があったな」
昭弥が昨夜やったのは田園都市株式会社グループの企業に対して全従業員の自宅待機を命令したことだった。
緊急時および必要最小限の人員、管理職、非常事態対応職員を除いて自宅待機。混乱が収まるまで電車の利用を控える。
三.一一など災害の後、通勤客が殺到して鉄道が大混乱に陥ったのを見て昭弥は人々が集中しないようにすることを考えていた。
その一つが無理に出勤をさせないことだ。
あえて出勤停止を命じて鉄道に人が殺到するのを阻止。これによって朝ラッシュの混乱を最小限に食い止めた。
「しかし、命令して出勤を停止させるなんて大胆な手を打ちましたね」
「こうでもしないと出勤する人がいるからな。それに全員が一斉に行わないと取引先との出足が揃わないことが多いしね」
「とりあえず、一安心ですね」
「ああ、だが後始末が残っているぞ。駅員・乗務員の勤務の見直しに、代休の設定、残業代の支給、車両の手配、保線のやり直しやる事は一杯だ」
終夜運転のために乗員へ臨時乗務を命令したのだ。
それに対する補償を行わなければならない。仕事だから、と蔑ろにしてはならない。経営者として社員に仕事に対する対価を用意するのは当然のことだった。
「一苦労ですね」
「なに、朝ラッシュが回避されたんだ。今日一日は間引き運転も出来るだろう。国鉄も今朝の始発から運転を再開している。利用者の数も少なくなるはずだ」
「確かに。しかし社長がこのような事態も予想していたとは驚きました」
「沿線価値を高めるためだからね」
「? どういう事ですか?」
「地震や災害が起きても直ぐに復旧できる。再開までの時間が短いことも魅力の一つだ。こうした安全管理、復旧の為の設備投資も重要なんだ」
「そのための予算確保に値下げに反対したんですね」
「ああ、値下げをしたら何時起こるか分からない災害に対する予算なんて確保出来ないからね。準備しておけるように駅員や運転士を増員したり、周辺の施設と協定を結んだりしたのもそのためだ。まあ、混乱時に人が集まらないようにするのも一つなんだが」
帰宅時に地震が起きたため下校、退社するお客様が駅に殺到していたのも混乱を助長した原因だった。
駅近くに会社や学校がある場合、引き返すように指導する事も必要だろう。
「さて、一区切りついたね。とりあえず非常事態体制は解除、皆交代で休んでくれ。一晩お疲れ様」
『お疲れ様です』
「休んだ後、報告書の提出を忘れずにね」
昭弥の一言に全員が凍り付いた。
発生したであろう膨大な被害総額と、混乱による事故例を書き上げ集計する地獄の作業を思い浮かべ凄まじい疲労感に襲われた。
「……まあ必要でしょうね。『行っとけ』いや、『逝っとけダイヤ』に巻き込まれて混乱しおかしな場所に連れて行かれたお客様もいたそうですから」
ブラウナーは溜息交じりに言う。大まかながら現場から報告が上がってきており突然の種別変更に対応できず、乗り過ごすお客様が続出していた。
「仕方ないだろう。輸送力確保の為には各区の運転主任に任せるしかない。お客様を捌けないと混乱するだけだ。今後も災害を止めることは出来ないからお客様を調教……もとい教育する必要がある」
「今調教と言いませんでしたか。言い直しも酷くありませんか?」
「今後も同じ事をやるからな。お客様には慣れて貰う」
「混雑し押しつぶされそうな列車の中で、アナウンスを聞いて瞬時に何処で乗り換えるか定める? 私が一兵卒の時でもそんな酷い訓練は受けていませんよ。隊列を整えて言われるがままに歩いた方が楽ですよ」
「そうか? 車内や構内のアナウンスを聞いてどの列車に乗るべきか考えるのは楽しいと思うぞ」
転移前、鉄道に乗っていたとき輸送事故や災害が起こって運転中止や振り替え輸送が行われるとき、どの列車がよいか昭弥は楽しみながら考えたものだ。
「そんなのは重度の鉄道マニアだけですよ」
「いやいや、ここでの考え方一つで家に帰れる時間が大きく違う。上手く行けば五分で、運が悪ければ一時間も違う。この差は凄いぞ。そんなのを毎回行うんだ。嫌でも覚えられるぞ」
「……どんな世界で生きて来たんですかあんたは?」
昭弥の歴戦の兵士のような経験と実感を込めた主張にブラウナーは立場を忘れるほどの悪態を上げて、再び呆れた。
幸いこの地震災害では鉄道への被害は殆ど無かった。だが揺れが激しく安全確認の為に全線で運転が中止された。
しかし、早期に運転を再開できたチェニス田園都市鉄道と乗客が殺到する事による混乱を避けるために終日運転中止を決定した国鉄との間に決定的な差が付いた。
災害に強い田園都市鉄道と脆い国鉄。
今回の一件により、この帝国民の認識は国鉄に暗い影を落として行く。




