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災害時の運転4

「し、信じられない」


 えー、皆様、いつもご利用ありがとうございます。チェニス田園都市鉄道会社社員の吉野桜です。

 一応、自分の会社である田園都市鉄道が凄い会社である事は知っています。

 しかし、所属しているにもかかわらず、まして目の前で起きている事を疑うほど信じられない事態です。


「三〇秒毎に列車が来るなんて……」


 地震発生後の現在、チェニス田園都市鉄道は大規模災害時のマニュアルに従い緊急輸送を行っています。

マニュアルでは三〇秒に一本の割合でターミナル駅から列車を繰り出す事になっています。ターミナル駅に集まるお客様を捌くためです。

 しかし本当に三〇秒毎に列車を発車できるのか、途中で遅延せず運行できるのか疑問でしたが、出来てしまいました。

 まあ、ターミナル駅では乗車のみに限定、途中駅は降車のみに限定したので理論上、書類上、出来ますけど本当にやり通せたのが凄い。僅か四分間で一線あたり八本、三複線ですから四八本の列車が出て行きます。

 それを事故無く出発させるなんて凄い。

 私は補助要員として最後尾の車両で身体の不自由なお客様のお世話をさせて頂いたのですが、駅に着く度に流れ出てくる人の流れに恐怖すら抱きましたね。

 本当に凄いですよ。

 しかし、途中駅は降車のみに限定は良い考えでしたね。

 乗り降りしていたら混乱して余計に時間が掛かっていたでしょう。乗降の遅れが遅れを読んで後続列車に波及し、迅速な発車を止めてしまっていたでしょう。


「本当に凄い……」


「おい、吉野!」


 その時、ホームに入ってきた列車に乗っていたクラウスさんに声を掛けられました。


「あ、クラウスさんお疲れ様です」


 運転士が足りないので運転士をしていたクラウスさんが臨時に乗っています。他の運転士の方々はダイヤや勤務シフトがあって人数が足りません。


「そんな事はいい。兎に角乗り込め! これで帰るぞ」


「運転室に入って良いんですか?」


「しょうが無いだろうが。客室は一杯なんだから」


 入場制限が解除されて、途中駅からもお客様が乗れるようになり列車は満員です。


「分かりました。失礼します」


 いやーまたしても運転室に乗れるとは嬉しいです。


「……あの、運転室狭くありませんか?」


 列車の先頭部分、横幅一杯に広がる運転室。通常は運転士一人しか乗らず、私が乗ったところで広いのですが、今は満員です。


「仕方ないだろうが、補助要員として乗り込んだ連中をターミナル駅へ帰す必要があるんだから」


「客室よりギュウ詰めになっていませんか」


「運転台は広く確保する必要があるからな。運転に支障が出ないように、近づくな。倒れて操作をミスって事故になったら更に混乱は拡大する」


「緊張させないでくださいよ!」


 クラウスさんの脅しもあって私たちは運転室の片隅に纏まり、客室以上の人口密度を維持してターミナル駅に戻ってきました。


「いやあ大変でしたね」


 ターミナル駅に着いてようやく密着から解放された私は、閑散としたホームを見て呟きます。


「何とかなりそうですね」


「おかしいぞ」


「どうしたんですか?」


「ラッシュ時、しかも混乱しているはずなのにホームに居るお客様の人数が少なすぎる」


「そりゃ、僅か四分間の間に四八本もの列車が出発したのですから」


 郊外に向かう列車だけでも二四本、各列車の定員を三二〇〇名として七万六八〇〇人が出て行ったんです。

 その後も続々と列車が到着してお客様を乗せて出て行くのですからお客様も存分に出て行ったでしょう。


「だとしても少なすぎる。確認するぞ」


「って、待って下さい」


 待つように言ってもクラウスさんは待ってくれません。猪人族の進t無い能力を生かして広い構内を走り抜け、階段を登っていきます。

 タダの人間である私に追いつくことなど出来ません。

 息を切らして改札前の階段を上り切って立ち止まったクラウスさんにようやく追いつくことが出来ました。


「!」


 走りすぎによる息切れによって肩で息をしていた私ですが、改札口の光景を見て息を呑みました。




「国鉄から振り替え輸送要請だと!」


 吉野桜がターミナル駅に着く数分前、昭弥は本社の運転指令室で受けた報告に驚いて立ち上がり、叫び声を上げた。


「はい、国鉄より要請が来ています」


 大声を浴びせられたエリカだったが冷静な声で答えた。お陰で昭弥も冷静さを取り戻し、椅子に座って状況を纏めた。


「ああ。国鉄はまだ線路の安全性を確認できないために運転再開できない。だから溢れたお客様をこちらで引き受けて欲しいと言う事か」


「はい」


 国鉄とチェニス田園都市鉄道はライバル同士だが災害時の振り替え輸送に関する協定を結んでいる。非常時まで互いにいがみ合い、混乱を助長するのは避けたいからだ。

 だが、安全への取り組みに関しては国鉄は劣る。

 近年進めた合理化、地方へ路線を延伸するために都市部の人員を減らしている。

 必然的に現場は最小限の人員で回すこととなり、緊急時の安全対策、現状確認、安全確認が迅速に行えない。

 田園都市鉄道が機動駅員隊が出来る程人員を余分に抱え迅速に運転再開が出来るようにしたのと対照的だ。

 路線長が田園都市鉄道より国鉄の方が圧倒的に長く、確認に時間が掛かるという理由もあるが、それでも時間が掛かりすぎだ


「身勝手なことを言って来るっすね」


 一緒に報告を受けたブラウナーも憤慨した。国鉄は自身の不始末を常日頃からライバル視している自分たち田園都市鉄道に押し付けるように見える。


「……いや、要請が無くてもこうなっただろう」


 しかし、ブラウナーの意見を聞いて、昭弥は更に状況を改めて認識した。

 お客様は国鉄が使えないと聞けば、運転を再開した田園都市鉄道に殺到する。

 並行し運転中の路線があるなら誰でも利用しよう、と考えるのは当然だ。昭弥も転移前は事故が発生すると直ぐさま振り替え輸送の路線を見て、どの路線を使えば早く行けるか考えたものだ。


「まあ、国鉄の対応力が低下していることを見落としたのは社長の責任でもあるがな」


 昭弥は自嘲気味に言った。追い出されたが自分自身が作った国鉄の対応力がこれほど低下しているとは予想外だった。

 チェニス田園都市鉄道と同時に復旧か、多少遅れる程度だと思っていた。

 思った以上に国鉄の中は酷い有様なのではないか、と昭弥は考えてしまう。


「どうしますか社長?」


「そうだな」


 ブラウナーに尋ねられて、昭弥は思考を中断した。国鉄の対応力よりも、今は目の前の状況を何とかする必要がある。


「……とりあえずターミナル駅への入場制限を掛けるんだ」


「折角、捌けたのにですか?」


「無制限に人を入れたら、あっという間にホームは人で埋め尽くされる。下りる人と乗る人が押し合いへし合いで身動きが取れなくなって、列車が発車できなくなる。それだけなら良いけど」


「良いんですか?」


「ホームに人が落ちて事故を起こして運転中止になるよりマシだ。他の駅のお客様さえ捌けなくなるぞ」


「確かに」


 事故が起きれば、現場保存、検証、後始末で最短でも一時間は掛かる。その間、運転は不可能。当然お客様を輸送する事は出来ない。

 必要な処置とはいえ、お客様が殺到している状況ではそんな事を行っていては混乱を助長するだけだ。


「改札で入場制限を行うように指示をしろ」


「お客様から文句が出ませんか?」


「構内や階段での将棋倒しも怖い。三桁単位での死傷者を出したいか?」


「直ぐに手配します」


 昭弥の言葉にブラウナーは直ぐに命じた。死傷者が出るより、言葉責めを受けた方がまだマシだ。

 軍人時代、戦死者の遺族へ弔問に訪れた時に受けた重苦しさを今でも思い出す身としては、文句を言うだけのクレーマーに対応する方が余程、気が楽だ。


「それと、改札口も方向別、種別毎に列を形成するように命じるんだ」


「ホームに案内しやすくするためですか?」


「それもあるが、何処に向かうお客様が多いか確かめるためだ。ターミナル駅のお客様の目的地を見て列車の配分を決める」


「場当たり的ですね」


「それ以外に方法があるか。“列車を行けるところまで行かせておけ”」


「“逝けるところまで逝っとけ”ですか」


「そうだよ。とりあえず列車を出させる。まあ、ターミナルを出た時に決めた終着駅までは走らせる。その後は到着地の運転主任に任せる」


「ターミナルから列車が無くなりますよ」


「各運転区には出来る限りターミナル駅に列車を送らせるように命じるし、車両基地には留置中の列車を出させる。兎に角、列車本数の確保とお客様の安全確保は最優先だ」


「分かりました。下手をすれば徹夜ですね」


「それで済めば良いんだけどな。翌朝まで混乱が続いて朝ラッシュがやって来て普段より人が多い状況にもなりかねない」


「そんな事がありますか?」


「俺の世界ではあったよ」


 三.一一や豪雨、豪雪時の東京の混乱ぶりを思い出して溜息を吐く。

 全員が戦慄して無言になったところへ昭弥は言う。


「だから言っただろう。メシを食っておけ、二四時間は食えないぞって」


 冗談のつもりで軽い口調で言ったのだが、部屋に居た全員が昭弥の言葉を深刻に受け取り黙り込んでしまった。


「……まあ、そうならないように手を打っておくか」


 昭弥はそう言うと、電話を手に取って各所に掛け始めた。

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