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災害時の運転1

 皆様、毎度チェニス田園都市鉄道をご利用頂きありがとうございます。

 チェニス田園都市鉄道会社社員である吉野桜が心より御礼申し上げます。

 はい、本当に皆様いつもありがとうございます。

 長い人生とはいえ日々の忙しい時間の中、皆様にご利用頂けるのは有り難い事です。

 人生は平坦ではありません。

 この吉野桜、東の果ての扶桑で生まれ、鉄道の存在を知り、海を渡ってリグニアにたどり着きました。

 たどり着いた後も鉄道員、国鉄職員になるため、郵便職員などを経験し、ようやく国鉄に採用されたと思ったら、何故か再び郵便職員に。

 オマケに尊敬する玉川昭弥様も鉄道大臣と国鉄総裁から退かれる事態に。私は暗黒時代の始まりかと思いましたよ。

 しかし、私の誠実さを神は見捨てませんでした。

 下野した玉川昭弥様はチェニス田園都市鉄道を創業。新たな社員の採用を始められ、私はそれに飛びつき、見事採用されました。

 まあ、平の駅員だったため駅長助役経験者がゴロゴロいる経験者採用ではなく一般採用でしたけど。しかし一般でも新人でも採用された以上、私は鉄道職員です。

 そして先日私は鉄道好きなら誰でも憧れる運転士、その採用試験を受験して見事合格しました。

 そして今は


「あはははははははははっっっっ!」


 ……今、両手を上げて、目を血走らせ、大きく開いた瞳孔の中に狂気を渦巻かせ、髪を大きく揺らし、大口開けて笑いながら子供を追いかける、背中に足跡の付いたチェニス田園都市鉄道の制服を着た女性が走り去りましたね。

 マニアに魅入られたショタとかいう男児愛好の女性ではありません。

 あれ、実は私なんです。

 先ほど吉野桜と自己紹介いたしましたが、正確には吉野桜から転げ落ちた吉野桜の良心です。

 何故こんな事になったかと言いますと。


「お待ちなさいな小さな利用者様! 何故にお逃げあそばしますかっ! 誇り高きチェニス田園鉄道の制服を足跡で汚したドロップキックを頂いた御礼にバックドロップをお見舞いして上げましょうというのにっ!」


 えー、チェニス田園都市株式会社の目玉になりつつある獣娘格闘技を見た小さな利用者様からドロップキックを頂いた拍子に私が出てしまいまして、本体の方はバーサーク状態となっております。

 …… って、追いかけられて当然ですよね。

 いきなり人様にドロップキックを食らわす子供には体罰という名の躾が必要ですよね。

 ここは教育という罰が必要と良心である私が言っているのです。

 正しいことですよね。


「へぶっ」


 おお、男児は見事にスッ転びました。丁度都合良く足をもつれさせたようです。


「はははははははは」


 ようやく追いついた私が、子供に覆い被さるように後ろから胴体を抱き上げます。


「この思い……」


 小さな利用者様を怨念と共に立ち上げ背筋を海老反らせ、バックドロップを決めようとします。


「抱っきっしっめってええええええええっっっっっっ」


「やめんか!」


「ぐほっ」


 重力に身を任せた瞬間、今の上司であるクラウスさんに後頭部を叩かれて、その反動で前に吹っ飛び、良心である私の上に倒れ込みます。


「へぶっ」


 叩き付けられた衝撃で良心と本体は再結合し、バーサーク状態から通常状態に戻ります。


「お客様になんてことするんだ」


「一寸待って下さいよクラウスさん!」


 良心を取り戻して少し冷静になった私はクラウスさんに反論します。


「このガキ、いや利用者様は私に靴跡が残るほどのドロップキックを食らわせたんですよ。鉄道職員であり法衣貴族である私を。雪辱をせねば、ヴェンデッタ、フェーデですよ」


「何を勘違いしているんだ!」


 私から取り上げた小さな利用者様を担いだままクラウスさんは私にデコピンを食らわせます。


「ぐはっ」


 中指だけとはいえ猪人族の体力だと人間のグウパン並みの威力があります。一撃で失神寸前です。


「いいか! 俺たちは国鉄職員ではなく民間の鉄道事業者、私鉄の社員だ。法衣貴族なんて国鉄ですら大昔の話だ。俺たちは法に基づいた権限しか与えられていない」


「ですからその権利を行使して」


 グワングワンと頭が揺れる中で、私は必死に理由を述べますが、クラウスさんは反論を許しません。


「どの法律でも私的制裁など許されていない。俺たちは鉄道法と警察法で特別司法警察職員としての権限を与えられているに過ぎない」


 鉄道という大勢の利用者が訪れる場所ですから、トラブルや犯罪も起きます。そこで社長が大臣時代に、そうした犯罪からお客様を守るために職員に逮捕権や臨時の捜査権を与えられました。因みに、私鉄も私鉄の施設内では講習を受けた社員が行使可能です。

 当然、チェニス田園都市鉄道にも適用されており、私も機動駅員隊員になったとき講習を受けて資格を取得済みです。


「だから逮捕して処罰を」


「法に則って処罰しろと言うんだ。私的制裁は許されん。衆人環視の中で暴行など行ってみろ。翌日には暴力社員と記事に載るぞ」


「うっ、す、済みません」


 クラウスさんに怒鳴られて私は怒りを収め、謝ります。


「よし、よく我慢した。と言う訳で、こいつは法に基づいて警察にぶち込む」


 助かったと思ったら警察行きになった事を知った利用者様が絶望に顔を染めるのを見て私はようやく怒りを収めました。

 制服に付いた足跡も決め手となり、小さな利用者様はそのまま警察へ拘束されます。

 留置施設がないので警察に引き渡すしかないのは業腹ですが、まあ処罰して頂けるなら少しは気が晴れます。


「しかし大丈夫ですか?」


 少し心に余裕が出来たので私はクラウスさんに尋ねてみます。


「何がだ?」


「子供の逮捕拘束は、青少年のこれからの成長と更生に支障を来すから止めるように、とポーラ・ワトソンとかいう女性人権家が近頃訴えていますが」


「『帝国にもチェニスにも少年法など存在しないから無視してよし。というか子供の暴力など許さん。逃げ得など許すな』というのが社長のお言葉だ。暴力行為に対しては即時警察に送り刑罰を科せというのが総督、いや社長の考えだ。少年法というのは分からないが、まああの人は時折、分からないことを言うからな。兎に角、社員への暴行暴言は許さないというのが社長の流儀だ」


「そうですか」


 社員を思ってくれる社長に感激です。泣き寝入りしろと言われたら私泣いています。

 しかし、食らった腰の部分の痛みは消えません。


「吉野、帰ったら少しシミュレーターを使わせてやる」


「良いんですか?」


「これで勤務も終了だ。終わった後、少し残って動かすくらいなら構わないだろう」


「ありがとうございますクラウスさん」


「訓練の機会を与えるのも機動駅員隊の任務だ。それにイライラを発散させたいだろう。存分に動かせ。それと班長と呼べ」


「はい、班長!」


 えー、少し前置きが長くなりましたが私、吉野桜は運転士採用試験に合格して今機動駅員隊に所属しております。

 機動駅員隊とはチェニス田園都市鉄道独自の組織でして、主要駅に設置されております。

 主に駅員の補助や欠員の代替、管内の各駅への増員要員、緊急時対応を主な業務として活動しています。

 今日、派遣されたのは格闘技イベントが行われている会場の近くの駅。そこへ増員として派遣されてきたからです。

 ただ、このような出動は三日に一度だけです。二日目は準待機――予備として本拠地で待機しつつ訓練を受けます。

 この訓練が非常に宜しくて車掌、運転手としての訓練も受けます。

 チェニス田園都市鉄道は車掌も万が一の時、安全に列車を後退出来るように運転資格を取ることが求められています。

 そして各駅に派遣される機動駅員隊の隊員も、緊急時に電車を安全な場所へ移動させるために運転資格を求められています。

 機動駅員隊員として各駅に派遣され、業務の内容や緊急時の対処を実地で見聞して経験を積んで、上級駅員、あるいは車掌や運転手に育っていくことが期待されています。

 あ、因みにローテーションの三日目は休み、完全オフです。翌日は地獄の出動ですけどね。


「しかし運転士から離れて辛くありませんか?」


 機動駅員隊の班長及び上級隊員は運転士や主任保線員、検修員から選ばれます。後輩になる機動駅員隊員へ技術伝承や職域を越えた交流を期待されてのことです。

 ただ誇り高き運転士が電車の運転から離れるのは辛いのではと思ってしまいます。


「まあ運転出来ないのは辛いが、社長の命令だしな。それに運転士が多くて新米を育てる必要もあるとのことだ。老兵は離れるべきなんだろうな」


 玉川昭弥様が作ったチェニス田園都市鉄道には国鉄からの転籍者が多く居ます。そのため運転士の数が多いのです。ですが新人育成のシステムが出来ないと技術伝承が出来ない。次世代の育成を怠るべきではないとの考え方から新人育成にも力を入れています。

 ですが、新人が多くなるとベテランの方々の仕事が少なくなる訳で、余る方々も出てきます。

 そこでベテランの方々を活用するべく新たな職域を作り派遣しています。

 その一つが機動駅員隊の班長です。

 クラウスさんには悪いのですが私の様な運転士候補生にとっては運転士の話が聞けますので非常に有り難いです。


「さあ、行きましょう」


 派遣が終わって機動駅員隊の本拠地となっているターミナル駅に戻って参りました。


「あまり急ぐな」


「早くしないと訓練の時間が無くなってしまいます」


 シミュレーターを動かしたくて私は急ぎ足で歩きます。

 間もなく夕方のラッシュ。ラッシュ時には何らかの事故があり出動が命令されます。ほぼ必ず。僅かな時間でもシミュレーターに触りたくて私は本拠地に向かいます。

 ですが、途中でクラウスさんは足を止めてしまいました。


「? どうしました?」


「今、揺れなかったか?」


 クラウスさんが仰った直後、強烈な振動が足下から伝わってきました。


「伏せろ!」


 クラウスさんに抱き寄せられて私はホームの床に伏せました。


「皆様、伏せてください!」


 クラウスさんの声が駅構内に響き渡ります。

 揺れの時間は長く、数分間続きました。その間、クラウスさんはずっと声を出してお客様に伏せるように声を出し続けました。


『地震発生! 地震発生! 直ちに構内から退避してください!』


「吉野! 避難だ! 直ぐにお客様を外に出すぞ」


「え、ええと」


「パニックになるな! マニュアルを思い出せ! 地震が起きたら構内の完全確保の為にお客様を外に避難させることが決まっているだろう」


「あ、そうでした」


「避難誘導をしろ! 直ぐに出すんだ!」


「駅長の指示を仰がなくて良いんですか?」


「今の放送を聞いただろう。放送の指示で十分だ。放送の指示通りマニュアルに沿って動け」

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